流れてくれない感情
食堂と大浴場の清掃は小遣い稼ぎをしたい学生を募集してバイトのような形でさせている。
一日五百円貰える。
部活動にそう熱心な訳でない。中学の頃もしていたからと言う理由でまた高校でも始めたサッカー部にはそれなりに部員がいた。
薊学園、部員数が多い部活ランキングで言うとサッカー部は二位らしい。ちなみに一位は野球部。その割には坊主の生徒がいなくないですかと聞くと髪型を決められるのは嫌だと生徒から抗議が入り個性を尊重する薊学園はまあ校則違反じゃないから自由にさせようとして野球部だからと坊主になる生徒はほぼいない。
ちなみに三位はバスケ部。
容姿が良い生徒が何故か集まるのもバスケ部。
「何でですか?」
「知らん。何か自然に集まるんだ。だからバスケ部イコールがイケメンみたいな法則が出来てる」
この学園だとなと教えてくれるのがサッカー部の先輩で二年生の野木原雪先輩。
亜季よりも暗い色をした茶髪に前髪は長いらしくいつもヘアピンで落ちないように止めている。男子のヘアピンは校則違反とかにならないのか不思議だが野木原先輩は何も言われていない。何なら生徒会に所属している真面目な先輩だ。
「でも一昨年は美術部が人気だったな」
「え?美術部?」
「ハーフの生徒がいるなんて初めてだったらしいから近付きたくて入部した奴が何人かいたな」
「…野崎先輩ですか?」
「そう。野崎楓先輩」
ハーフの野崎先輩は有名らしく同じ美術部に入部している同級生から話を聞いていたらしい。何でも目立つ容姿の野崎先輩が美術部と入ると分かると先輩に近付こうと興味も無いのに美術部に入部しようとした生徒が何人もいたと。
「でも邪な理由で入部したもんだから当時の部長が怒って追い出したらしい」
「すごい人ですね」
「すごい人だよ。そもそも美術部が無かったのをそよ人が立ち上げてそれで何か…コンクールで賞を取ったとか何とか」
「めっちゃ上手い人なんですね」
「それで東京の国立の芸術大学に合格したんだとさ」
「詳しいですね」
「お喋りな友達がいるからな」
「へぇ…でも国立ってすごいっすね。将来芸術家になるんだ」
「まあそりゃ知らないけど…」
芸術を学ぶ大学なら皆そうなるんじゃないかと思いながら今日の部活が終了する。何だかお喋りばかりがはかどってしまったがそれを咎める先輩や先生もいなかった。
「おーい。忍、帰るぞ」
「…動けねぇ」
自分が野木原先輩と話している横で練習によって体力が力尽きている忍を起き上がらせる。どうしてこんな体力が無いのに自分と張り合って入部をしたんだろうかこいつは。
「さっさと帰って…今日の夕飯何だろな」
「和彦…お前何でそんな体力あるんだ」
こちらからしたらお前は驚く程体力が無いよ。
「帰宅部と運動部の違いだろう」
「絶対追い抜いてやる…」
「まあその気持ちは大事だな」
「今に見てろよ」
初めて会った時はヘアピンを付けていた長い前髪は新島先生によって紹介された二年の金髪パーマの女子の先輩、甲斐先輩によって額が見えるすっきりとした髪型になっていた。
本当はこんな短くなる予定では無かったがその時こんな事件があったのだ。
『安道。こいつ二年の甲斐』
『こんにちは二年の甲斐佐代子です』
『こんにちは?』
『こいつ美容師志望で前髪切るぐらいなら上手いから切ってもらえ』
『え?いいんすか?』
『いいよ~。二年だとあたしに任せる人もいるから変にはならないから』
『んじゃよろしくな甲斐』
『は~い。どれぐらい切る?』
『んじゃとりあえず邪魔にならない程度に』
夕飯を終えてのんびりしていた食堂で同級生が先輩に髪を切ってもらっているのをテレビ番組と交互に見ていると、確かに髪を切るのを任されている理由が分かる。プロみたいな手付きをしている
『上手いな』
『本当だな。こっちの美容院とか分からないから頼めるなら先輩にしてもらうか?』
『んー…でも先輩にそんな頼むのは気がひける』
あと女子の先輩だし頼みづらいなと亜季と話しているとゴールデンタイムに突入して始まったバラエティ番組に今話題のアイドルグループが映り皆が視線を動かす。
『あ』
それにつられて首ごと視線を動かした忍によって甲斐先輩が手が動き前髪を思い切り短く切り落とした。先輩は口を開けて固まっていたが忍はどうなっているか気付いていないらしく周りの視線に首を傾げてその視線の意味を察して前髪に触れて甲斐先輩と目を合わせる。でも目を合わせたところで甲斐先輩は悪くない。周りにつられて動いた忍が悪いなと思っているがさてどうしよう。
『亜季、亜季…』
『え?』
『忍に短いの前髪似合うって言ってやれ』
こうなったら事を平和に治めるために亜季に動いてもらおう。忍なら亜季に何か言われれば機嫌を良くするだろうと思い何とか頼み込む。
『え、俺…』
どうしようこの額が見える前髪はと狼狽えている忍を見て亜季は口を開く。
『…似合うぞ?』
『え?』
『忍。前髪短いの似合うぞ?』
『え。本当?』
『うん。似合う』
自分も便乗して話す。それを見た忍から視線を逸らしていた同級生も口々に“似合う”“そっちの方がいい”と褒めていく。分かりやすく照れていく忍に最後にもう一度亜季から。
『格好いいぞ。忍』
『先輩!思いっきり切って!』
扱いやすいなこいつ。
食堂の生徒専用の冷蔵庫から麦茶を取り出して飲みながらついそう思ってしまった。
「お疲れ様でしたー」
「はい。お疲れ様」
部活が同じなため忍と帰ろうとすると先に帰り支度を終えた野木原先輩が見えたので挨拶をすると振り返りひらひらと手を振って挨拶を返してくれた。
「…ん?」
「え?」
「先輩の隣」
「お」
先輩が誰かと肩を並べて歩き始めた。部活を終えるのを待っていたのか赤ネクタイの男子の先輩と赤ネクタイの野木原先輩が並んで帰っていった。
仲が良い、のだろうか。
「うーん…付き合ってる人なんだろうか」
「雰囲気からそうじゃね?」
「雰囲気で分かるのか?」
「かもしだす雰囲気…あれは恋人同士のもんだね」
お子様の和彦君には分からないでちゅかねと馬鹿にしたような表情で煽ってくるが何故だろう。忍には何も苛立ったりしない。普段の姿が遅刻して先生に謝ったり自分に張り合い負けているからだろうか。
「忍は誰かと付き合った事あるのか」
鞄を持って寮までの道を一緒に歩きながら聞いてみるとよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりにふんぞり返り話してくれる。
「小学校の頃に同じクラスのなーちゃんと、中学の時には隣のクラスのみぃちゃんと付き合った事がある」
「女の子か?」
「女の子」
「男と付き合った経験は?」
「まだ無い!だからここで見つけたいんだよ」
安道はバイセクシャルではあるがゲイ寄りの方であるらしい。
「ふーん……それで亜季に言い寄ってると」
「何で亜季が好きって分かるんだよ」
「逆にバレてないと思ったか?」
「何か俺…人に知られるんだよな…?」
無意識にあんな行動やあんな言動をしていたのか。
しかしある意味それが魅力なのだろうか、だから自分と違い誰かと付き合った経験があるのかもしれない。そうして今度は亜季にその好意を向けている。
「和彦は?」
「え?俺?」
「どうなんだよ」
「…いや別に…友達だし」
「ほーん?」
亜季の事をどう思っているかなんてまさかまさか。確かに仲良くさせて貰えるようになったが今はまだそう言う恋愛など考えた事が無い。初めての寮生活やら何やらで考える暇が無いと口からどんどん出していく。
「…俺は誰かと付き合った経験があるか聞いたつもりなんだが」
そこまで話して安道が若干呆れたような表情で自分の間違いを訂正した。
「……」
何だか恥ずかしくなり無言で安道の肩を叩いてしまう。
「和彦が勝手に勘違いしただけだろうー?」
「お前がちゃんと言わないから」
「ま、いいや。お友達ならそれでよし!これからどんどん俺が仲を深めていくんだ」
電話番号もメールアドレスも教えて貰ってるけど面倒だから何も連絡するなと言われているお前がどうやって仲を深めるんだよと言う言葉は置いておいて改めて理解する。
「…本当にここ、ホモとレズしかいないんだな」
「そう言う学校だろ?」
「何か、聞いてはいたけどどっか現実味が無くて」
「まあ俺も、そんな学校があるなんて思っても無かったな」
部活帰りに肩を並べて帰っていた野木原先輩とその隣にいた恐らく先輩。
あの二人が安道の言うように付き合っているなら手を繋いでドラマで見るようなキスをしてそして、裸になってセックスをしているのだろうか。
「…していいんだな」
「は?」
「恋愛。許されるんだな」
「そりゃそうだろ」
俺達は当たり前にそう言う権利があるんだと安道は胸を張って言う。
「昔は病気扱いだったんだってよ。俺達みたいなのは」
「そりゃ何か…嫌だな」
「それがそうじゃないって分かって普通の人間に扱われて薊学園があるくらいだからこれからどんどん変わるかもな」
ホモと言う呼び方がゲイと言う呼び方に変わっていく。前者は差別的な部分もあると言って徐々に変わり始めた。そのくせ学園に着いた時に歓迎した先輩達は自分達をホモ呼ばわりしたのは自虐の意味も込めてらしい。先生がしっかり怒っていたのはそれもあるらしい。
「んでもさ」
安道が疲れを解すように肩を伸ばしながら話す。
「地元に残って堂々としたかった気持ちもあるかな」
安道は。埼玉県に生まれ育ち自分の恋愛対象が男性でも女性でも両方に向けられるのを知り初めこそは女の子に向けていたがゲイ寄りのバイであったため男性の方に強く恋愛感情が向くようになり、それを両親に打ち明けたらしい。
それでどうしたか。
両親は驚いたが受け入れたらしい。
ただ同居する祖父母が病気だと言って入院させようと手に負えないため両親が逃がすようにここに入学するようにしたと。
「マジで?」
「じいちゃんのばあちゃんは好きだけど、考え古いんだよ」
「…受け入れたのは良い親だな」
「え?親だぞ?受け入れて当然じゃん」
「そんなもんか?確かに俺もそうだったけど」
「そうそう」
「…にしても俺にそんな事情話していいのか?」
ここに来るまでの経緯がどうなのか進んで話す者はまだ見たことが無かった。それをこうもあっけらかんと話す安道に不思議を覚えていると問われた彼は考えるようにして話す。
「別に大した話じゃねぇもん」
あ、そんなものなのか。
自分の恋愛対象についての受け取り方は全員が全員重く受け止めて悪い事のようには感じていない。安道のように大した問題じゃないとして受け入れて今を楽しもうとしている。
「…忍はすごいな」
「はあ?」
「強いと言うかなんと言うか」
「何言ってるんだが…早く帰るぞ」
「そうだな」
早く帰ろう。皆が帰っている寮へ。
今日の夕飯はカレーだった。実家で母が作る味とはやはり違う。味だけで言ったらきちんと料理の勉強をしている寮の食堂のおばさん達の作る料理は美味いがやはり落ち着くのは生まれた頃から食べている母の料理だ。
連休が来れば帰れるだろう。そうしたら久し振りに実家で羽を伸ばせる。
夕飯を終えて二年生と三年生は食堂から出ていきあの自分達一年生は使わせてもらえない談話室に行くのだろう。来年になるまでの辛抱で、食堂にある高い位置に設置されたテレビで今日は何を見るのか議論される。
バラエティ番組と音楽番組、クイズ番組とある中で多数決によりバラエティ番組が見られる事になった。
「八時からは見たい番組入るんだよな…見れるかな」
多数決により決まったバラエティ番組を見ながら次の時間の事を考えて呟くと隣に座る亜季が首を傾げた。
「…番組入る?」
「そう。見たいの入るんだよ」
「入るって?」
「だから見たい番組が入る」
「番組は入らないだろ?」
「番組は入るだろ?」
何だろうか。隣で話しているのに話が通じないぞとお互い首を傾げていると自販機で買ってきたのか缶ジュースを片手にした女子の同級生、北条が話に入る。
「近藤君。番組が映るとか放送するって意味?」
「そうそう…あれ?」
「テレビが入るって方言だよ。標準語の人には通じない」
「え!伝わんねぇの!」
「そうそう。あたしさ、仙台出身なんだけど…おばあちゃんが青森の人で同じ事言ってた」
缶ジュースの蓋を開けながら自分と亜季の間に生まれていた困惑の意味を解消してくれた北条はどこからどう見ても都会のコギャルのような容姿をしているのに東北の生まれらしい。訛りが無いから驚いてしまった。
北条の解説を聞いて亜季は自分が言っている事を理解したらしく頷いていた。
「へぇそうなんだ」
「うわ、恥ずかしい」
「何で恥ずかしいんだよ?」
「田舎者じゃん?方言なんて…もしかして俺は知らず知らずに訛っていた?」
「…まあ喋ってて発音と言うかイントネーションが違うのは分かってたけど…こうも食い違うのは初めてだな」
「別にいいだろ?方言、俺には無いし」
話を聞いていた都会の同級生が頷いている。
「…遼一にも月人にもこの気持ちは分からんだろうな」
ごく自然と名前呼びをするようになった同級生にそう呻きながらもしや自分のあの時やこの時の言葉は訛っていなかったかと思う。いやそもそもここは自分の生まれ故郷である日本最北端、北海道。
ここでむしろ訛りが無い同級生の方が異端なのでは。
「亜季」
「何?」
「お前も訛れ」
「無理だよ」
「くそぅ!」
「何なんだお前は」
標準語の都会っ子が。
同級生であるからそうは見えていなかったが話してみると分かる。違う土地で生まれ育ったのだと言うその話し方。家族は勿論周りの同級生にはそんな風に違う場所で育ったんだろうと言う者はいなかった。
そのため和彦の話し方は特徴的でこう言っては怒るだろうか。面白かった。
学校生活に放課後になり制服を脱いでも一緒にいる同級生との生活に慣れて来たと思ったが、まだ暇潰しのように自分を馬鹿にしていいと思っている知り合いからメールが届く。こう言う迷惑なメールが送られないようにする機能があればいいのにまだそれは実現しないらしい。
見ない振りをしてはいるが、時折自分を心配する兄からのメールも来ているためまったくメールを確認しないと言う訳にはいかない。
“ゴールデンウィークはどうする?家に帰らないで俺のアパートに来るのはどうだ?”
高校生活がどうか聞きたいのだろう。両親から自分の事情を聞いているとはいえ兄の一人暮らしのアパートに邪魔するのは気が引ける。
遠方から来ている生徒は帰るのが大変なため夏休みと冬休みは寮は閉めるがゴールデンウィークは寮にいるのは構わないらしい。その場合は食事が何人分必要か食事のおばさんに伝えるために残る残らないを期日までに申請しろとあった。
「…どうするかな」
とりあえずシャワーを浴びてしまおうと部屋から出ると丁度同じタイミングで和田、月人がいた。
「ん?シャワー?」
「そうしたいけど…空いてる?」
「空いてないよ。大浴場行く?」
「…いや、空くの待ってる」
「だぁよね」
月人はそうけらけらと笑う。先輩に聞いたらしいが早々一年生が大浴場を利用する事は無く、シャワーばかりを利用するのが一学期だが段々と湯船が恋しくなってそっちに向かうのが多いらしい。
「まあそうだろうな…先輩から聞いたのか?」
「そう。楓先輩」
「誰?」
「美術部の三年生。分かると思うよハーフのさ」
「あー、あーあの先輩ね」
色々と教えてくれるので助かるらしい。確かに話した事は無いが優しい雰囲気があり後輩の面倒を見る姿が容易に想像出来る。
「亜季はさ」
「ん?」
「ゴールデンウィークどうするの?帰る?残る?」
「考え中、月人は?」
「帰るのも考えたけど…親が二人とも仕事で忙しいから帰っても意味ないから帰らない」
「へぇ、そうなんだ親が……月人は」
「ん?」
「…やっぱり何でもない」
「別に聞いてもいいよ。嫌な質問なら答えないだけ」
「……」
月人は両親と仲は良いのか?
「親と?」
「そう」
連休に帰る選択肢がある事から両親との関係なのは良好なのだろうと思わせるがつい月人本人の口から聞いてみたくなり尋ねてしまう。
これで自分と同じ様な状況なら安心してしまうんだろうか。
「うーん…仲良いか悪いかは…まあ嫌な親とは思っていないから普通かな?」
「…そうか」
嫌だな。この回答に少し落ち込む自分。
「まあわが道を行く人だから、俺がどうしようか自由にさせてくれるんだ。その癖自分の趣味には振り回すけど」
「そうなのか?」
「うん。だから俺が実は男が好きなんだって言ったら“そうか!分かった!いいんじゃないか!”ってだけだよ」
「…変わったご両親だな」
「まあね。忙しくしてるしあんまり家に帰らないけどお金は出してくれる」
だから俺も割と自由に育ちこうして家から離れた場所で自分のセクシャリティを隠さずに生きる選択をしても何も言わない。
「でも破天荒な部分もあってそんな親見てたおかげで自分の恋愛対象で悩むのあほくさくて」
割と一世一代の打ち明けであったのにも関わらず大した事ではないように返されて拍子抜けをしたと言う。それを見て何だか悩んでいたのがそう、あほらしいと月人は笑って話す。
「まあ俺はそう思うだけだから、悩み悩んでいる人からは俺の事は理解出来ないかも」
「そうだな…月人が羨ましいよ」
「亜季みたいにここに来てからも思い悩む人もいるから俺を羨んでもどうにもならないよ。どうにかなるよ~」
柊先輩みたいな事を言うもんだな。
あまり悩まないようにはしたいがそうも簡単にはいかないな。
ようやく空いたシャワールームからタオルを肩にかけた和彦が出てきて「どうぞ」と譲られる。
持参したボディーソープやシャンプー類で体を洗いながら目をつむると思い出す地元で受けた数々の迫害をここに来てからあった同級生との何気ない話で埋めようとする。
ただどうしても嫌な記憶の方が勝りこのお湯のように流れてくれないそれに苛立ちながら俯いた。
あの子も結局親に見放されてないんだ。
薊学園九期生、安道忍
埼玉県出身。遅刻癖があり朝に弱い。起きれる時もあるが隣の部屋の東に起こして貰っているのが多い。
好きな事には一直線。身長160センチ後半。普通体型。誕生日4月16日。




