二人きり
2000年、携帯電話は普及しているが現在のスマートフォンとは勿論性能はまったく違う。
電話とメール。インターネット利用はかなりお金がかかる。
薊学園は携帯電話を授業中に鳴らすと放課後まで没収される。
亜季が三井と同じバスケ部に入ると伝えると三井は驚いた顔をした後すぐに破顔してお礼を言った。お礼を言われた亜季は大した事じゃないと言って顔を逸らしていたのがこの間の出来事。
そんな自分はどうしたか、絶対やりたくないと言う理由も無いのでサッカー部へと入部した。他の同級生はどうか、東は中学と同じテニス部に、和田は見学を経て美術部に入るらしく絵が描けるのかと尋ねると全く描けないらしい。それでも入部をするらしい。
そして亜季がバスケ部に入ると聞けば彼もそうするのではないかと皆が感じていたのに驚く事に彼、安道は自分と同じサッカー部に入部した。
「よろしく」
「よろしく?」
「同じサッカー部として、云わば俺とお前はライバルだ」
「ライバルなのか…」
「ライバルだ!来る大会に向けてレギュラー争いをしてやる!勝つのは俺だ!」
「サッカー部そこまで部員いねぇからそんな争うもんじゃないと思うぞ」
「やかましい!」
横で聞いていた三井が呆れながら話すがどうも安道はそうでもないらしい。
「てかお前…サッカーしてたの?」
「……」
「未経験か」
「教えてやろうか?忍君」
「いいや結構!俺は俺の実力で頑張る!」
「そりゃすげぇや」
早く入部届け書いておけよと三井が急かす。三井の向かいには亜季がおり亜季も入部届けを書き終えていた。
「…亜季、字上手いな」
「そうか?」
「本当だ」
「習字やってたからかもな」
「へぇ通りで」
「本当だ!字上手い!すげぇよ!亜季!」
「お、おう…」
だからその距離感の近さに引いているんだと三井が忍を注意していた。
「そう言えばさ亜季」
「ん?」
「携帯の番号、交換してもいい?」
「ん…ちょっと待って」
鞄から出してきた亜季の携帯電話は真っ黒な携帯でストラップもシンプルな物しか付いていない。自分のはシルバーの携帯電話でストラップは携帯を買って貰ってすぐに格好いいストラップは無いかと探していたが携帯の画面が拭けると言う画期的なクリーナー付きのストラップを付けていた。
「それじゃ俺の番号言うからかけて」
「分かった」
「090の」
「うん」
「…あのさ」
「うん」
「忍も教えて貰いたそうだけど…」
番号のやり取りをしている自分と亜季の事をひたすら見ているのを三井に制止されている。
「……三井、離してやって」
「いいのか?こいつ解き放ったら面倒だぞ」
「面倒な事なんてしないから!」
「なあ安道、電話もメールも一切してこないなら教えるけど」
「それ教える意味あるか?」
「教えて!」
「いいんか」
段々と忍への扱いが雑になっている気がする。
電話番号と一緒にメールアドレスを教えて貰い手打ちで登録する。登録を終えるとメールを亜季の携帯に送り確認してメールアドレスも登録して貰うとその後は同じ部活に入る三井とも連絡先を交換しており亜季が段々とクラスに溶け込んでいる様子に少し嬉しい気もした。
「お前さ」
「んー?」
学校の先生の名前も覚え始め先生達も自分達一年生の名前と顔を覚えてくれたなと感じる授業が終わった放課後に三井が忍を呼び止めて注意していた。
「亜季が引いてるだろ?もうちょういその強引に来るの止められないか?」
「んな事言ってもよ」
「引いてるの分かるだろ?嫌よ嫌よも好きな内なのは恋人になってからだろ…」
「そんな事言わなくてもいいじゃん?三井には関係無いっしょ?」
「近くで見ててどうも気分がよろしくない」
「え?そんななる?」
「そう。結構きつい。客観的に見ろよ自分の事を」
思わず隠れながら聞いているとその後ろに和田と東が同じ様に隠れて聞いていた。ここに須田がいないで良かった。入部届けを提出すると言ってさっさと行ってしまったから。
「……」
何でお前らも聞いてるんだよと目配せすると和田は何だか面白い物が見れそうだと笑い、東は何故いるのか理由が分からない。
「でもよ」
「でも?」
「高校生活なんて三年間しかないんだぜ?長い人生の中でほんの一瞬」
「まあ人生の期間で言うと一瞬かもな」
「だから楽しみたいんだよ?俺はここに最高の恋人を作るために来たんだよ」
「…んな」
「女の子でも男の子でも平気だけど俺須田みたいな猫みたいなのが好きでさ」
何だか恋する乙女のように顔を赤らめて語る忍。それをどういう感情で眺めるべきなのか答えが出ないままに隠れて見ている。和田は頷いて聞いており東は何とも言えない苦虫を噛み潰したような表情だ。この言葉を作った人は本当に虫を噛み潰したのだろうか。
「恋人作って青春したい」
「相手の気持ちも考えろよ」
「止められねぇ…」
「止めておけ」
「あ」
恋する乙女の表情をしている忍に呆れた表情で声をかけてきたのは宝塚の女子。冴木響子だ。校則に違反しないスカート丈をしていて制服も正しく着こなしている。女子の制服なのに漂うあのイケメンの雰囲気はなんだろうか。
「安道君。掃除当番なんだから早くしないと」
「あ!ごめん!」
「早く行こう早く」
冴木とその側に立つのは校則違反の短いスカートに携帯よりも重いであろうストラップを大量に付けた携帯電話をスカートのポケットからはみ出している女子。北条由実だ。
「それじゃあ掃除行ってくるわ!またな!三井!」
「はいはいそれじゃあ」
冴木と北条に連れられて放課後の掃除にかかるために去っていく安道。冴木と北条の側を歩きながら会話を聞いていたらしい冴木に「確かに相手の迷惑考えずに近寄るのは駄目だね」としっかり女子からも言われていた。
自分の言っている事が少しでも理解出来ればいいんだがとため息を吐きながら教室の壁に背中を預ける三井と目が合う。
「よう」
「お疲れ様」
「伝わってるか?あれ」
「そうじゃなきゃ困るよ。亜季がな」
「まあ、うん。そうだな」
「三井は友達思いなんだね」
和田がそう屈託の無い笑顔で言うと三井は一瞬驚いた顔を見せてすぐに首を振った。
「そんなんじゃねぇよ」
「そうか?」
「友達思いなのは…どっちかと言うとこいつだろ?」
「東?あー…確かに」
「何だかんだ朝、忍がいないと起こしに行くもんね」
「…入学してたいして経ってないのに遅刻三昧とか…俺達一年生もイメージ悪くなるだろ」
「…確かに」
「でもそう言っても学級委員長にもなってくれたよな」
「そうそう」
このクラスをまとめるために誰か一人、学級委員長になってもらう。
ホームルームでそう言われ、誰か一人と言われてもなるべくなら避けたい面倒な役割。学級委員長になったからには今後クラスで何か決める時の進行や統率するリーダーとしての色々求められるかもしれない。
うん。絶対に嫌だ。
そう誰もが思い手を挙げる者はいなかった。そこでどうするか票でも集めて多数決で決めるかと思っていると新島先生が指名をしてきたのだ。
「先生は…東と冴木、三井が向いてると思うが」
「え?何故…」
「授業での真面目な様子や他の人に声をかけたりと周りを見れる能力がありそうでな」
どうだと先生から直々に言われた三人は目を逸らした。沈黙が続き話し合いは平行線かと思ったが目を逸らしていた冴木が口を開く。
「…先生すみません…私には向いてないかと…バスケ部と華道部の掛け持ちを考えててそこまで出来ないです」
「あ、そうなのか…部活に熱心なのはいい事だ。よし冴木は止めておくか」
な、何だと。
残った二人はきっとそう思ったに違いない。東と三井のどちらかが学級委員長になる事が決まりそうだ。冴木のように出来ない理由があるなら先に言わなければならない。
そう思っていると三井が手を挙げる。
「先生。俺も無理です!バスケに集中したいんで!」
物凄い部活に熱心な姿勢を見せて学級委員長から降りる事を示す三井。その三井の言葉に東は口を開けて驚いていた。
「そっかそうか…うんうん。スポーツに熱心なのは素晴らしい!三井も止めておこう!」
「…ちょっと待って下さいよ!」
「と言うわけだ…東」
「東なら大丈夫だよな?しっかりしてるし俺いっつも起こしてもらってるし」
「安道…!?」
「そうなのか!安道の遅刻を防いでくれるなんて…もう既に立派なクラスのリーダーだな!これはお前しかいない!」
東!お前に学級委員長を任せたい。出来るか?
そう問われて東は自分以外に名指しされた二人を見るが勿論目など合わせてくれない。
断れる雰囲気でなくなり若干可哀想にも見えるが東は何だかこうなるのが宿命のようだった。
「…やります」
クラスのリーダーが誕生して拍手が起こった時の東の諦めたような表情を今でも鮮明に思い出せる。
「こんなんばっかりだ!俺は!」
学級委員長になった経緯を思い出しながらそう東は声を出していた。
「頼りにしてるぞ委員長」
「お前が一番だよ委員長」
「日本一だよ委員長」
「何が委員長だ…面倒な役割を押し付けやがって」
「まあまあ」
そうは口で言っても真面目にやってくれるのが東だ。
「何かあったら俺が助けるから…弘忠」
「名前で呼んで急に親しくなりやがって…大体近藤…和彦はあんま教師から信頼されてねぇだろ」
「お前さ、いつ赤メッシュ止めんの?」
「だって姉ちゃんがやったんだよ。それを勝手に黒くしたら姉ちゃんに殺される。そっちの方が校則違反よりも恐ろしい…」
「何なんだお前の姉ちゃんは…」
「最強の姉だよ。それじゃあ部活行ってくるわ」
「いってらっしゃい~俺も行ってこよう」
「俺も行くか」
各々そう言って所属している部活へと向かい始めた。
薊学園は突出して強い部活があるわけではない。
そもそも中学の頃に活躍していたような者はこんな学園ではなくその活躍していたスポーツや競技が盛んな高校へ行くわけであって、大会には勿論出るが結果は残せていない。地方の大会で勝ったらそれはそれですごい事だ。
「でもね、卒業した三年生の先輩が凄かったんだ」
そう言って楓先輩は美術室に飾られた部活紹介の時の絵を見ながら話す。
「森本先輩って人がいて、すごい上手だった」
三年生の楓先輩の一つ上のその先輩は楓先輩曰く頭一つどころか二つも三つも抜きん出た実力を持っていたらしい。
卒業するにあたって何か残したいと言って後輩達と協力して描き上げたのがこの作品らしい。
「すごい人だったんですね」
「すごいよ。月人も分かるぐらいこの絵の迫力があるしょう?」
「はい」
「そんな先輩見てたから…僕の実力なんて大したもんじゃないと思ったけど、先輩は僕の絵見て言ったんだよね」
野崎の絵は俺には描けない。
いくら真似しようとしても野崎の感情が分かる絵は野崎にしか描けない。誰にも真似できない魅力。
「…格好いい事言いますね」
「そう。上手いし凄い格好いいんだよ。だから月人も月人のその絵は誰にも真似できないから誇って描こう!」
「……はい」
楓先輩の人柄とあの絵に惹かれて入った美術部で風景画を描こうとしたのに焼け野原のような光景が描かれる様子を楓先輩は大丈夫だと言って励まし他の先輩も苦笑いで頷いた。
「…まあ森本先輩も絵以外は色々凄かったからな」
「あぁ…来ないと思ったら裏の森で木に登ってるわ…補習から逃げるためにいけるとか言って二階から飛び降りて足の骨折って」
「森にいた野生動物捕まえて来て美術室で飼うとか言ってな」
先輩達が顔も知らない森本先輩の破天荒な部分を話し出した。何だそれ。
「何も知らないで部活に来たら肩にリス乗せた先輩がいて大声上げたもん」
何だろう。色々と駄目な部分が美術の才能で打ち消されているような先輩だ。
「すごい人なんですね…」
「うん」
会いたかったような会わなくて良かったようなその先輩の影を思わせる絵を見ながらまた自分なりに頑張り絵を描いた。
一足早く入部届けを出していた三井はもうバスケ部の練習に参加しているらしく少し見学をさせてもらった。
懐かしい音がして少し心が明るくなる。ここで自分がやりたいようにバスケをしてもきっと誰にも、父にも何も言われないはずだ。
(…バッシュ持ってきてて良かった)
バスケを辞めてからもずっと捨てられずにいたそれをまた履ける日が来るのかと、サイズは多分大丈夫だろう。もし履くことか出来なかったとしたら両親から渡されたお金で何とかしようと思っていると携帯が鳴る。
メールの受信を知らせる音に携帯電話を取り出すと知らないアドレスからメールが来ていた。特に何も考えずに見てみると、その内容に固まる。
「……何で」
メールの内容は自分に対する罵詈雑言だった。
ホモだらけの学校に行ったんだって?気色悪いあんたにゃお似合いかもね。
地元に戻って来るような真似はするなよ。お前みたいな気持ち悪い奴と同級生だったなんて恥だよ。
オカマの施設に行ったんだろ?お元気?その異常な性格が治るといいな。
どこからアドレスが分かった。
万が一の時のために連絡を取らないにしても家族にしか電話番号やメールアドレスは教えていない。
中学の同級生には一切教えていないのに誰が漏らしたのか、同級生がわざわざ家にまで行ってアドレスを聞いてきたのかと家族に問いただそうと寮に慌てて帰り自室に入ると電話をかける。
『もしもし?須田です』
「…母さん?俺だけど…亜季だけど」
『あ、あら?』
「聞きたい事があるんだけど…」
『え?』
「俺…家族にしかメアドとか電話番号教えてないはずなんだけど…中学の頃の連中がメール送ってきて…」
『あ…それね。あのね…仲良くしてたお友達がいたでしょ?』
「は?」
もしかして大地と快人か?
そう聞くと母はその子だと言った。
『あなたと仲直りしたいって…だから連絡先を教えてって…』
「……」
『仲直り、出来た?』
「……ふざけんな!」
『!!』
思わず母に怒鳴ってしまった。
確かに仲は良かった。あの時までは。自分の恋愛対象が知られてからその仲が良かったお友達に自分がどんな扱いを受けていたのか知っていたのか。
いや担任から聞いていた。知っていたはずなのに、何でそんな簡単に教えるのかと怒りに任せて言うと電話の向こうで母が狼狽えていた。
「ど、どんなメールが来たか…分かってんの?」
『え、どんな?』
「…どんなメールが来るか…分からなかったのかよ…俺がどう言われたか知ってるだろ…?」
『でもほら、二人とも進学校に進むような良識のあるお友達だし…』
「…何だよそれ」
自分の息子が今こうやって訴えているのに頭のよろしい他人の方が信用出来るのかと愕然としていると母は慌てたように話す。
『ごめんね、悪い事したわね、お父さん帰って来るからまた電話してね』
「……」
母はそう言って電話を切った。
「…電話してねって…」
あんたからはしないのかよ。
そう通話が途切れた携帯電話を握り締めていると扉がノックされる。
「…どうぞ」
「入っていい?」
「どうぞ」
「…お邪魔します」
部屋に入って来たのは和彦だった。
そして部屋に入って来るなりこちらを見て驚いた。
「…何?」
「いや…こっちの台詞…泣いてるじゃん」
「は?」
「え?気付いてねぇの?」
他の同級生に分からないように扉を閉めて二人きりになると、指摘された通りに自分の目から涙が流れていた。
「……ティッシュあるけど」
「…ん」
和彦がポケットから開封済みなティッシュをわたしてくれて部屋の机にも箱ティッシュがあるのにそれを素直に受け取り涙を拭いてついでに出てきた鼻をかむ。
「……」
「…何の用事で来た?」
「用事ってか…うん。用事…夕飯の時間…」
「…にはまだ早いだろ…」
「……うん」
「本当は…?」
「部屋に行く途中で亜季の怒る声がしたから…」
「…それでわざわざお尋ねしたのか」
「だって何か声が切羽詰まってて」
「何でも」
「え?」
「何でもねえよ」
「…何でも…ないか」
何でもないと答えたのは、中学の頃の思い出したくないそれと素直に何があったか話して可哀想に思われるのをさせないため。
そうして口を閉じた自分から部屋の扉の前で座り込む和彦に顔を上げる。
「……出ていかないんだな」
「…だって、まあその…一人になりたいなら出ていくけどよ」
「出て行かないし、何も聞かないんだな」
どうして泣いていたんだとか。
一体何に怒っていたのかと聞くような様子は無い和彦に素直に尋ねると和彦は少し考えるようにして答える。
「…人には人のペースがあるから」
「ペース?」
「俺には俺のペースがあるし…亜季には亜季のペースがあるから…俺が何があったか話してくれって急かすよりは…亜季が落ち着いて話したいと思ったタイミングの方がいいだろう」
「…そんな事考えるんだな」
「まあ、うん…だから亜季のしたいようにしていい」
「……」
ここで、実は中学の頃にいじめられていてその状況から脱したと思ったらまだ続いていたと、本来なら助けてくれる両親がまったくその事に理解を示していないと話せば和彦はどんな反応をするだろうか。
話すのが怖い。同情されてしまうかも。
話してしまいたい楽になれるかも。
柊先輩にも言われた心を開く、そうするとこのどうしうもない孤独感から逃れられるかもしれない。
気楽に、心配するな。大丈夫。
「…俺」
「いい」
「え?」
「無理に話さないでいい」
扉の前で胡座を組んで楽な姿勢を取ったまま、それでも真っ直ぐこちらを見て和彦はそう言った。
「…亜季から見て、俺が信頼出来る人間だって分かったら話してくれ」
「…それっていつになる?」
「明日とか明後日」
「…そんなすぐに信頼出来る人間なのかお前…」
「嘘、それは亜季次第」
「だろうな」
携帯電話がメールの受信を告げる音を鳴らす。目だけでそれを伝える和彦に首を振る。
「…俺、色々あったから」
「うん」
「その色々で面倒くさい事になってる」
「うん。分かる」
「分かるのかよ」
「だって、自分から一人になろうとしてるのが分かるし…それでも人を遠ざけようとかは…出来なかったけど…」
「…まあ、うん」
和彦に言ったそのかつての“色々”で人と接する事に臆病になっている事。傷付かずに済むから一人を選択したがそうもいかずいた事を話す。
ただそうしていると孤独は強くなる。人と接する相手を知る。自分を知ってもらう。
そうすると孤独は解消されるかもしれないと教わった。
「んじゃ…俺からまず亜季に俺はこう言う人間ですって教えればいい?」
「いいのか?」
「そしたら亜季も教えた分だけ教えてくれるのか?」
「そりゃどうだろう」
「何じゃそりゃ」
そこは勿論とかじゃないのかよ。
和彦は笑っていた。それにつられるように笑うとさっきまで確かにあった頭を支配する怒りや悲しみが薄れ行く。
「…ん?」
「どうした?」
「いや…また知らないメール…じゃない」
「じゃない?」
「兄貴だ」
「兄ちゃんいるの?」
「いる。東京の大学通うのに一人暮らししてて」
両親は自分が遠方の全寮制の高校へ行ったと兄には伝えていなかったはずだが、どうしたのだろうかとメールを開くと自分に来たメールを見ないように和彦は目を背けた。
「……」
亜季へ
家に用事があって寄ったらお前が全寮制の高校に行ったと聞いて驚きました。
それと一緒に親父から亜季の事を聞いてお袋からメアドと番号を聞いたから連絡した。
兄貴、聞いたんだ。
携帯電話を握り締める手に力が入る。
親父もお袋に何で亜季をそのまま受け入れてやらないのか、中学での事も何で学校に行くのを優先させて亜季が苦しい思いをしているのに無視するのかと殴りたくなるのを我慢した。
亜季、大丈夫だから。
お前は俺の弟で俺はお前の兄貴です。だから辛いことやきつい時は頼ってほしい。いや必ず頼れ。
体に気を付けて。
「……亜季?」
「……和彦」
「ん?」
「ティッシュまた貰っていいか」
「…いくらでもどうぞ」
誰ももう俺の事なんてどうでもいいと思っていたのに、きちんと居場所を作りそのままを受け入れる存在はあった。
また泣いている自分に向かってすぐに何枚も無いポケットティッシュを差し出す和彦の手に触れて自分がまだまだこの世界にはっきりと存在している事を再確認した。
薊学園九期生、東弘忠
東京都出身。垢抜けた雰囲気がある男子生徒。身長170センチ前半。普通体型。人の世話を焼いてしまう部分があり苦労人。
誕生日は3月4日




