入学式
2000年四月。薊学園入学式。
1991年に創立し今年の一年生は第九期生となる。
朝はもう母が起こす事が無いから自力で起きる。顔を洗おうと部屋の外に出ると自分より早く起きた同級生が決まって歯みがきをしている。
入学式が始まるまでの寮生活で自分より早く起きているのは東ともう一人、寮に向かう日に本を読んで出発を待っていた男子生徒。
「おはよう」
「おはよ」
三井遼一、東や和田と同じ様に都会で育った雰囲気があるが本人は違うらしい。
「慣れた?」
「え?」
「寮生活」
蛇口を捻り冷たい水で顔を洗うと三井が聞いてくる。
「まだ何とも…そっちは慣れた?」
「慣れたと言うか…楽だな」
「楽?」
「実家にいた頃はうるさくて、ここは静かで落ち着く」
「俺も」
東は三井にそう同意して頷いた。
「そうなのか?」
「うん。やかましくて仕方なかった」
「ふーん…」
「おはよー」
東と三井の話を聞きながら歯ブラシに歯みがき粉を出すと和田が歩いて来る。
「おはよ」
「おはよう」
「おふぁよう」
「何て?」
歯みがきしながらだからちゃんと言えないに決まってるだろ。そう目で訴えるが相変わらず人当たりの良さそうな笑顔で交わし顔を洗い身支度を整える。
「明日入学式か」
「遅刻出来ないな」
「ちゃんと今みたいに起きてるなら平気だろ」
「…全員時間通りに来れるのか」
一週間の寮生活で少し同級生の事が分かった。
朝きちんと起きれない奴がいる。殆どの同級生はきちんと起きる事が出来るが朝食の時間になっても席が空いている事がある。
安道だ。
朝が苦手なのか一週間の内半分は寝坊して朝食を食べられず昼食から食べている。今は授業が無く寝坊しても支障がないが、新島先生に心配をされていた。
二年生や三年生は誰一人欠ける事無く毎朝起きておりやっぱり先輩達はしっかりしているんだなと感心していると話しているのが聞こえたのか二年生の先輩が振り向いて首を振る。あのパーカーと関西弁の先輩だ。
「ちゃうで、寝坊する奴はおる」
「おるんですか?」
関西弁が移りながら聞いた。
「こいつ、輝はめっちゃ遅刻魔」
「どうも遅刻魔だ」
遅刻魔と呼ばれた関西弁の先輩の隣に座る。男子にしては長い髪を後ろで結んだ不思議な雰囲気の先輩は振り向いて頭を下げる。
「一年の頃毎朝いねぇぞってなってたしな」
「あったあった」
他の二年の先輩もそう頷く。
「じゃあどうしたんです?」
和田が尋ねると関西弁の先輩はポケットから鍵を取り出す。
「部屋の鍵、二つ渡されたろ?俺がこいつの部屋の鍵一つ預かって毎朝部屋に入って起こしてるんや」
朝やで起きぃ!って大声で起こしてそれで遅刻を免れているらしい。
「そうなるまでこいつ進級出来ないって思ってたもんな」
「良かったな二年になれて」
「感謝してる」
「感謝しぃや~」
「起こしてもらってるんですね…結局」
この方法を使って自力で起こすとかではなく仲良くなった同級生頼みで起こされているのか。
「せやで。だから皆で進級したかったら協力し合い」
「頑張れ」
「…そうですか」
そうは言われても。
会って一週間しか経ってない同級生に起こしてやるから鍵よこせとは言えないしそこまでまだ仲良くなっていない。顔を覚えて挨拶を交わし会話を少しずつするようになったがそこまで踏み込んでいいのやら。
「ま、同級生だけどそこまで義理は無いしな」
「ドライだな。三井」
「それじゃあよろしく東君」
「な、何で俺が」
「冗談だよ」
「…何だよ」
まあ寝坊に関しては自分の問題だし新島先生には注意されているし自分達が何とかしてやらねばと思う事もない。三井みたいに放っておくのも正解だし東のように気にかけるのもありだろう。
「ま、何とかなるでしょ」
それじゃあ朝ごはん行こうと和田の一言に同意した東と三井が一階に降りて行こうとする。一緒にいかないのかと和田が振り返るがまだ寝る時の服のままだから着替えてから行くと告げて部屋に戻る。
それと同時に別の扉が開きそこを向くと須田がいた。
「…おはよ」
「おはよ…」
彼とはまだ挨拶しか交わしていない。目を合わせてもすぐに逸らされる。会話をしようと須田に話しかけている同級生も見られたがすぐに会話は終わってしまっていた。
(……まあ須田には須田のペースがあるんだろうな)
大塚さんが言っていたのを思い出しながら無理に近寄ろうとせずにいた。
そうして迎えた入学式。
実家が遠方にあるの生徒が多いため保護者が入学式に来るのは少ないらしい。それとは別に同性愛が原因で親との関係が拗れてしまったのもあるため入学式は殆ど在校生と教師陣のみで行われるらしい。
自分の親はどうか、何とか来たかったがそこまで向かうための手段である車が故障してしまい来られないらしい。まあ来ても参加している保護者が少ないため逆に目立つらしく少し安心した。
薊学園の制服はブレザーだ。
紺のブレザーに中にはニットベスト。
ネクタイに特徴がありホモセクシャルは赤いネクタイをしてバイセクシャルは青いネクタイをするようになっていた。
何となく聞けずにいたあなたは同性のみですか?それとも両方いけますか?の回答がネクタイで分かると言う。
「おはよう」
「おはよう」
朝食を食べて制服に着替えて学校に行く前にトイレに行こうと部屋を出ると和田がいた。ネクタイは赤だった。お互い何となくネクタイの色を確認していた。
「…あぁくそ」
ネクタイの色の確認をしていると苛立つ声と共に扉が開く。東だ。
「おはよ」
「おはよう…なあネクタイ出来る?」
「出来るよ」
東は青いネクタイを手にして困っていた。和田がすぐに近寄り東からネクタイを受け取る。
「教えてもらったけど…上手く結べなくて」
「そうなんだ」
「和田も近藤も出来るのか?」
「俺は入学前に親に教えてもらったから」
「俺も覚えないと…」
「そうだなそしたらゆっくりやるから」
東に教えながらネクタイを結んでやると真剣に手元を見ているものだから落ち着かない。説明をしてはいるが何だか恥ずかしい。
「はい、出来た」
「悪いな」
「次は自分でな」
「多分大丈夫だ」
「んじゃ一緒に行くか」
「そうだな…もう出た奴もいるし」
先輩達は入学式の準備のために早めに出て一年生はその後に登校するように言われている。遅刻しないように早い内に出てしまった同級生もおり自分達もそれに続くように携帯電話のみを入れたスクールバッグを持って学校に向かおうとした。
「…あのさ」
向かおうとしたが東が足を止めて不安げな声で尋ねる。
「ん?」
「あの遅刻する…安道って今朝いたか?」
「見てない」
記憶を呼び起こし朝食の時を思い出すが席が一つ空いていた。朝食が終わるまでその席が埋まる事は無かった。
「放っておいたら?」
気にしていると鞄を持ってもう学校に行く準備万端の三井がいた。ネクタイは赤だった。
「いや…なんかさ」
「世話好きだな」
「そうじゃなくて」
放っておけば良いと言う三井と気になる東はどうするか悩んでいた。
「部屋さ、あいうえお順で並んでるんだっけ?」
それを聞いていた和田が会話に参加する。
「そう、だから東の俺が最初で次が安道なんだけど…起きてくる様子とかなくて…」
「扉叩いてみる?」
「…そうだな」
まさかまだ寝ているとは考えづらいが東の部屋の隣をノックする。始めに気にかけた東が扉を叩いていたが物音がせずにもしかしたらもう起きたのではと?そんな雰囲気が漂ったが三回目のノックで中から物音がして扉が開く。
「…はい?」
「…は?」
そして出てきた姿に四人で驚く。
部屋の主の安道は寝巻きでいかにも今起きましたと言わんばかりの姿に思わず絶句する。
「…安道君!もう学校行かないとまずいよ!」
和田が驚いた声でそう言うと寝ぼけ眼だった安道の目が段々と状況を理解して目を見開く。
「え!?」
「え!?はこっちの台詞だ!お前、早く着替えろよ!」
東が思わず安道をお前呼びにして慌てふためく安道に早く着替えろと急かす。顔も洗ってない!何もしてないと焦り続ける安道は部屋のクローゼットにかけてある制服を取り出してわめいていた。
どうしようどうしようとしていると三井が呆れた顔で水道に行くと自分のハンカチを濡らしている。
そしてそのまま呆れた顔で濡らしたハンカチで安道の顔を拭いていた。こうしている間にまだ残っていた同級生がこちらを見ながら次々と登校していく。
「すごいな…入学初日で遅刻か…目が覚めたか」
「覚めました…」
同級生に顔を拭かれてお世話されている。
「髪どうしよう」
「もうそのままでいいだろ」
「鞄、スクバ!」
「携帯とこれ、財布?この二つでいいだろ!入れておくぞ!」
「ネクタイの結び方分かんねぇよ~」
「あーもう!学校行ったら結ぶから!俺が!」
まだそこまで仲が良い訳ではないのに何でこいつはこんなお世話されているんだろうか。
鞄に必要最低限の物を詰め込んで青いネクタイは手に持たせて学校で結ばせる。この時間までに学校に行くようにと言われていた時間には何とか間に合いそうにだと思っていると向こうの扉が開く音がしてそこに目を向けると須田が鞄を持ち赤いネクタイを結ばずに手に持ったまま出てきた。
「…須田!」
安道ばかりに気を取られていた三人が自分の声にまだ学校に向かっていない奴がいるのに気付いた。
自分に名前を呼ばれた須田は驚いた顔でこちらを見て固まっている。
「ネクタイ!結べないのか!」
「…やり方分からなくて」
「時間無いから学校でやろう!一緒行くぞ!」
「…え!?」
安道や東の焦りが移ったのかこのままだと須田も遅刻すると思い彼の手を引いて学校まで走る事になった。
本来遅刻する予定の無かった自分と東と三井に和田。
こんな時間になってしまった原因を作った謝りながら走る安道。
ひたすら自分に手を引かれている須田。
寮から薊学園までの距離は歩いて十五分ぐらい。その距離をひたすら走った。
玄関に飛び込み靴を履き替えて事前に教室の場所は説明されていたので三階の一年生の教室に滑り込むように入ると既に揃っていた同級生から注目を受けて息を切らしたままに席に着く。
それからすぐにスーツを着た新島先生が教室に入って来て席が全て埋まっている事を確認した。
「…よし、全員来てるな。一年生の皆、おはようございます」
先生の挨拶にまばらにおはようございますと返ってくる。
「もう一度、全員で…おはようございます」
おはようございます。
「…良かった…全員揃ってて…朝起きた時からちゃんと全員揃って入学式が出来るか心配してたんだ。本当に良かったよ…安道」
「すっ」
「…お前寝癖すごいぞ」
「すいません…」
「まあいいか…それじゃあこの後は体育館に移動して入学式があります。あいうえおの出席番号順に並んで行くから」
この後すぐに移動なのかと思ったが、少し時間をおいて移動するらしい。
「十分後ぐらいに行くから、その間に身支度を整えておけ」
そう言って新島先生は一旦外に出た。それじゃこの時間の間とネクタイを結ぶ約束をしていた須田を振り向く。
「須田、ネクタイ」
「…よろしく」
「いや、時間あるから一緒にやらん?」
「教えてくれるのか?」
「だってこれから自分でやらな」
「まあ、そうか…それじゃあ教えてくれ」
須田と向き合って結んでいた自分のネクタイをほどく。お互い赤いネクタイを一本の紐のようにしてゆっくり教えながらネクタイを形にして行く。
「なあなあ」
そうしていると安道が声をかけてくる。あ、そうだ教えないといけないと思っていたがそれを三井が止めて「俺が教える」と安道は三井と向き合っていた。
「皆ネクタイ平気?」
体育館に向かう前に前園先生が教室に入って尋ねる。一人一人きちんと出来ているか確認し、女子もネクタイをしているので出来ない女子は前園先生に教えてもらっていた。
男子は各々やってもらっているからか放っておかれた。
「…よし、完成」
赤いネクタイがきちんと結ばれた。
「おぉ…」
「出来そう?」
「多分な」
「出来ると思う、須田は飲み込み早いな」
「そう、か?」
「俺なんて一人で出来るの三日かかってさ、父ちゃんに下手くそって言われたわ」
「え」
「え?」
「ネクタイ、父親に教えてもらったのか?」
「まあ、漁師なんだけど…その前はスーツ着る仕事でさ…」
「あ、そう…」
ネクタイありがとう。
そう言って須田は何だか自分との会話を強制的に終わらせた気がした。向かい合っていたのに席に戻り前を向いてその後自分と顔を合わせる事は無かった。
(…?何かしたか?)
おかしな事でも喋っただろうかと不安になったが、須田がもう話しかけるなと言わんばかりの雰囲気を出したため何も聞けずにいた。
そうどうも解決しない疑問を抱えたまま入学式の時間になると、新島先生の後ろについて体育館へと入場すると先輩達の拍手と先生達の拍手で迎えられて紅白の幕で彩られた体育館のステージには第九回薊学園入学式と大きく書かれていた。
パイプ椅子に座り一人一人名前が呼ばれて返事をする中で須田が呼ばれるとつい視線を向けてしまい分かってはいるが混ざらない視線は何となく寂しかったが入学式は進む。
「校長先生の挨拶」
薊学園の校長先生の挨拶が始まった。壇上に立ったのは真っ白な髪の毛におじいさん。体育館にいる生徒全員を見て優しく笑って挨拶を始めた。
「…一年生の皆さん。ご入学おめでとう。よくこの薊学園に来てくれました」
優しそうな見た目の通りに、何だか柔らかい温かい声をしている。
「皆さん知っての通り、この学園は同性愛または両性愛の生徒のみ受け入れております。それは何故か」
何故かと。ありまま生きれるようにとか何とかと言っていた。現に自分も隠さずに過ごせるから来たわけだ。
「…まだまだこの世界は男性を愛する男性、女性を愛する女性、両方愛せる者にたいして存在は知ってはいるが身近にそんな人間がいるわけないと架空の存在のように思われています」
(架空?)
「皆さんはどうでしょう。勇気を持って告げた時にそれを嘘だと冗談だと笑われたり信じられなかったりしていませんか?全員がそうではなくてもそう言われた人はいるのです。相手は軽い気持ちでも、存在を否定されたように感じませんか?」
(…否定)
「そうするとどうなるか、受け入れられない事を知り偽り生きる。そんな方もいます。本当に自分はそうなんだと嘘ではない冗談ではないと言い続けて…周囲から人が消えていく方もいました」
それはどれだけ孤独でしょう。大切な人、家族を悲しませないために偽る人。自分を偽りたくはなく結果周りから人がいなくなった人、人が離れずに受け入れるのは稀です。稀なのです。
「偽るのも偽らないのもどちらも悩んで出した結果ですからどちらも正しい。ただそうして本来の自分が無くなり本来の自分を受け入れる人がいなくなり自分の存在がどこにあるのか浮遊してしまう」
校長先生が手をひらひらと動かしながら話す。
「私達はその存在を受け入れる。若い君達が悲しい嘘で偽らないようにありのままに生きれるようにこの学園はあります。皆さんは三年間どうか地に足を着けてしっかりと自分を強く持ち、生きてください。入学本当におめでとう。愛する子ども達」
挨拶は終わり、校長先生は頭を下げて壇上から降りた。
(俺は)
もしかして自分は幸運な方なのかと校長先生の話を聞いて思う。中学の同級生から無視されたりと苛めを受けたがそれに加担せずにむしろ怒った友達がおり、受け入れてくれた家族がいる。
でもそればかりではない。
校長先生の言うように浮遊する、存在しているのに架空の存在のように扱われた人が、同級生がいるのかもしれない。
顔を伏せて視線を動かす。
そうして動かした視線の先にいた須田は俯いて膝の上で拳を握りしめていた。
薊学園九期生、近藤和彦
北海道出身。前髪に校則違反の赤いメッシュを入れている。普段は怒られないように他の黒髪の前髪で誤魔化している。
身長170センチ前半、普通体型。
誕生日は8月25日。




