一人きりの夜
薊学園は自立心を養うために生徒の生活には必要最低限触れないようにしてます。
二年生と三年生の先輩が帰って来ると寮の中は賑やかに騒がしくなった。先生達に内緒で歓迎の方法を考えた結果やはり明るく歓迎するにはクラッカーだろうと結論付けて鳴らしたらしい。
カラフルな紙が散らばる床を新島先生に怒られながら掃除をしている先輩達は楽しそうに話しながら片付けてをしていた。
「あらこんなカラフルになった一年生が」
金髪にパーマの女子の先輩が気付いたのはクラッカーを正面から浴びてカラフルな紙に彩られる東だった。他にもクラッカーの紙が肩や髪に付いているのもいるのに何故か東は誰よりもカラフルだった。
「ごめんね。びっくりしたでしょう」
「いえ…」
「新島先生ーそんな怒んないでよ」
「事前にやるならそう言えって」
「言ったら止めるじゃん?」
「当たり前だよ…まったく…甲斐!」
「はい!」
「お前ピアスの穴増やしたか!?」
金髪パーマの先輩が名前を呼ばれる。新島先生が先輩に近寄り耳を確認している。
「あぁ…気のせいです。気のせいですよぉ…」
「嘘つけ!お前金髪!パーマ!ピアス!スカート丈!どこまで校則破る気だ!」
「先生そんな怒んないでぇ…ほら新一年生が放ったらかしで可哀想」
「そうだよ先生」
校則が厳しくないかと思ったがあの先輩はとんでもなく校則違反をしているらしい。話を逸らすべくこちらに目を向けるように言う金髪パーマの先輩に援軍するように日本人形のような女子の先輩が会話に入ってくる。
「今日は新一年生の歓迎会で夕飯豪華なんだから」
「そっすよ。怒ったらご馳走の味が悪くなっちゃう」
「そうですよぉ新島先生~」
「そんなんだと西野先生に好きになってもらえませんよ」
「やかましいわ!」
怒る新島先生を他所に楽しそうに話す先輩達。それをどういう感情で見ればいいのかひたすら一年生の食堂の席に座ったままの自分達。
放ったらかしにされている事に気付いたのか新島先生を笑っていた先輩達がこちらを向いて誰かを押し出す。
「…こんにちは、新一年生」
出てきたのはショートヘアーの女子の先輩だ。
「薊学園三年生、生徒会長を勤めてる駒井結子です」
生徒会長、確かに見るからに真面目そうでしっかりしていそうな人だ。緊張しているのか少し目を逸らしながらもこちらに言葉をかけてくれる。
「親元、地元を離れて不安だろうけど…私達や先生が学校でも寮でもいます。困った事があればいつでも頼って下さいね」
「そうだな。俺は特に学校でも寮でもいるから」
生徒会長の言葉にいつの間にか食堂に来ていた大塚さんが頷く。
「まずは歓迎を、今日は新一年生の歓迎会を兼ねて夕飯がご馳走みたいだから…えと、楽しんで!」
そう締めると大塚さんが拍手をしてそれに続くように先輩達が拍手をしてくれる。
その後、夕飯の準備が始まると言われて食堂にご飯担当のおばさん達がやって来ると夕飯までは好きにしていいと言われて部屋に戻る事にした。
同じく部屋に戻るために立ち上がった東の背中にまだクラッカーの紙が付いていたため取ってやると無言で頭を下げられた。
「あ、」
「え?」
東のクラッカーの紙を取った時に気付いた。
「もうエレベーター使っちゃ駄目?」
「……あぁ」
来た時は荷物を持っていたから使うのを許可されたが今は無い。男子が顔を合わせて使用されていないエレベーターを見て周囲に先生がいないのを確認し、忘れ物の男子…安道がエレベーターに向かって足を伸ばそうとしたが。
「駄目だよ」
上から声が降ってくる。
それに顔を上げるとあの金髪の外国人の先輩が苦笑いで立って階段を指差す。
「エレベーターは使っちゃ駄目。今日みたいな大荷物の日だけだから」
「…本当なんだ」
それよりも日本語普通に話せるんですね。
「頑張って歩こうね。今年の一年生って五階でしょ?」
「俺達三年は七階だぜ?一年の頃からずーっと」
それに比べたら楽だよと言いながら先輩達は階段を上った。その背中を見て改めてがっかりしながら先輩の後に続いて階段を上る。
部屋でまた一人の時間を過ごすと段々と夕飯の時間になり、時計を見て実家にいたならまだ夕飯の時間ではない。母が夕飯を作り終わったら部屋にいる自分を呼んで姉がバイトでいないのなら両親と自分の三人で夕飯を囲む。
それが今日から無い。
(……)
買って貰った携帯電話を見つめるがどうしていいやら。
(……あ)
メールが来ている。卓也と廉だ。
無事に着いたかと確認するメールが来ていてまだ慣れない返信に両手で文を打ち込みながら無事に着いたと返信する。
家族からはまだ何も来ていない。
(何か一通ぐらいメール寄越しても…)
あ、いや駄目だ。両親は携帯を持っていない。
そうしていると夕飯の時間になる。扉が開く音が複数聞こえて皆が食堂に向かうと今日は新一年生のためにと用意されたのは確かにご馳走だった。
チキンとフライドポテトにスパゲティ、唐揚げにご飯も炊いてサラダに更に更に…。
「お、来たな一年生」
新島先生がやって来た自分達に気付いて食堂でのご飯の食べ方を説明してくれた。
「この寮の食堂はバイキングみたいなもんで、お盆取って食器取って食べたい分取って食べな」
先輩達が先にやり方を見せて、それに続いて同じ様にする。お盆に空の食器を乗せてそこに食べれる分を食べたい分を盛り付けていく。皆がここに来て初めてのご飯がこんなご馳走で戸惑いながらも朝から移動で疲れてお腹も空いたであろう自分を満たすために好きに盛り付けていく。
いただきますを必ずしてから食べるらしく自分の分を持ってきて席に着いてから全員が座るまで待つことになった。少し待ってから全員が自分の分を取り終えて席に着くと先程の生徒会長だと言う女子の先輩が「いただきます」と声をかけてようやく食べられる。
「はー…うまっ」
肉ばかり取ってしまった。茶色い自分の盆は母が見たら怒られそうだ。テレビの音も聞こえて食事の時はニュースしか見れないらしくどこかで強盗があっただの興味の無いニュースが聞こえた。
(何か)
こんなご馳走用意して部屋も綺麗で歓迎してもらって。
「至れり尽くせりだな」
そう声が出た。
「そう?」
それに反応したのは隣に座っていた和田だ。
「いや何か…飯用意してもらって部屋も…部屋にラジカセあるって思わなくて」
「は?」
「え?」
和田と話していたと思うと向かいに座っていた忘れ物の安道が顔を上げる。
「ラジカセあんの?」
「あったよ?」
「俺の部屋無かったぜ?何で?」
「え?俺の部屋だけ?」
「…なあテレビあったか?」
「無いよ?え?」
安道の部屋にはラジカセが無い。てっきり全員の部屋にあると思っていたが違うのかと思うと東が首を傾げながらテレビがあるかと尋ねる。
「俺の部屋、テレビあるけど?」
「え?」
「何で?部屋によって違うのか?」
「あー、それ卒業した三年生のや」
部屋の違いに驚いていると二年生の先輩がこちらを向いて話す。
「三年生がな、卒業して寮を出る時にたまに自分の物をなそのまんま置いて卒業するんや」
「置いて?」
「次この部屋使う一年生に使ってもらおうってな、俺の部屋にも前使ってた先輩のCDラジカセあったで」
「な、なるほど」
「先生にも言ってあるんや、せやから部屋にあるならその部屋の奴のもん。卒業する時に残しても持って帰ってもええんやて」
「そうなんですね…」
「テレビええなあ」
「いや、その…床に直置きされてて驚いたんです」
東の部屋はどうなってるのか。
部屋に置かれている物の違いの理由が分かり説明してくれた先輩はまた二年生の輪に入り楽しそうに食事をしていた。
(関西弁だったな)
よく思い出してみたらクラッカーを鳴らした時に一番前にいたパーカーの先輩だ。
「東いいなぁ。部屋にテレビあんの」
「いや…机の横の床に置かれてて驚いたぞ。俺こんな荷物送ってねぇよって慌ててたけど…卒業した先輩の善意か…」
「それ持って帰るの面倒だから置いていっただけじゃない?」
「…和田?」
「うん」
「何となくそう思ってたけど、それ言ったら俺が単に粗大ゴミを押し付けられたって事だろ」
「あ、確かに…気付かない方が良かったね」
「和田…」
(和田…無意識なのか失礼だな)
東はどこか不憫な様に感じていると、向かいの席に座る茶髪の須田に気付く。気付くと言うか驚いた。
「須田、須田」
「…何?」
「飯、そんだけ?」
彼の食器には自分の半分も無い量しか盛られていない。それをゆっくり食べている姿に驚きつい声をかけてしまった。
「本当だ。少な」
「女子かよ」
「足りなくないか?俺の唐揚げいる?」
「いらない」
分けてやろうとしたが冷たい声で止められる。
「食欲あんまり無いから」
「いや、でも」
「いいから」
「倒れないか?」
「須田」
心配していると後ろから声をかけられて会話が止まる。
振り向くと大塚さんがいた。
「須田、でいいのかな?」
「…はい」
「盛り付けた分は食べれる?」
「食べれます」
「足りないって絶対…」
そんな量で平気な訳が無いと思い反論するが大塚さんの手が肩に触れて言葉を止める。
「それじゃ食べ切ってな。それで足りないなら食堂の前にお菓子の自販機があったろ?それ買いな」
「…はい」
「うん。それじゃあ皆、自分で取った分はしっかり食べるようにな」
大塚さんはそう言って目を合わせる。
まるでそれ以上須田に何も言わないようにと聞かせるようにして食堂から出ていった。
須田は自分では信じられない程に少ない食事を少しずつ食べていた。
寮での初めての食事が終わると二年生、だろうか。何人かの二年生がエプロンを着けて食器を洗い始めた。係か何かが決まっているのだろうか。
「はい。そしたらもう入浴時間になってるから…風呂入りたい奴は入って、皆で風呂が苦手ならシャワーにするように」
それじゃあ各々好きにするように。
「……」
まあそうだな。
いきなり知らない人だらけの大浴場よりもシャワールームを選ぶよな。
三つしかないシャワールームは見事に埋まっていていつ空くか分からない。それならこのまま大浴場に行こうかと思っていると持っていた携帯電話の着メロが鳴る。
「…?家からだ」
携帯電話を与えてもらって一番始めに登録した家の番号が表示されている。通話ボタンを押して耳に当てながら部屋へと戻ると今朝別れたばかりの母の声がする。
『和彦。今大丈夫?』
「平気」
『どのタイミングで電話していいか分からなくてね…ご飯食べた?』
「食べた」
『何食べたの?』
「何か、今日は新一年生の歓迎だって…肉とかフライドポテトとか…凄かった」
『あらー良かったじゃん』
「うん」
『寒くない?送った毛布届いてる?足りない物はない?』
「大丈夫、大丈夫だから」
『そう?ならいいけど…』
「…何かさ」
『ん?』
「ここにいる人、思ったより明るかった」
『そうなの?』
「うん」
同性愛、と言う理由で過酷な扱いを受けたりと荒んでいるのではと思っていたりもした。だけど、来てみると驚くぐらいに明るく見えた。
「何とか、やっていけるかも」
『ならいいけど……でもね、辛い事があったらいつでも帰っておいで』
「大丈夫、平気だよ」
『…お母さんはちょっと寂しいけどね』
「……そう、あ…ごめんそろそろ風呂入るから」
『うん。分かった。また電話するからね』
「分かった。それじゃあ」
ボタンを押して通話を終了する。
分厚い壁ではないらしく隣から物音が聞こえているのにやけに寂しく感じた。扉を開けてシャワールームを見ると丁度空いたらしくさっさと洗ってまたさっさと部屋へと戻る。
食堂でテレビを見れるらしいが何だか見る気が起きずにそのまま寝てしまおうと水呑場で歯みがきをして部屋のベッドに横になる。
実家のベッドと違う。厚みがあるマットレスに新しく部屋に入る新一年生のために綺麗にしてくれたであろう布団と毛布。
「……」
その綺麗にした毛布を退かして実家の匂いが染み込んだ毛布をベッドに広げて眠った。
テレビのゴールデンタイムに眠ったせいか深夜に目が覚めた。さすがにもう誰かも彼も眠っているらしくどこまでも静かになっている。
起きてしまってもやる事が無いと眠る事に集中するが目がもう覚醒してしまい寝返りを何度も打つだけで眠れる気配は来ずベッドから起き上がる。
(……喉乾いた)
一階の食堂の側にある自販機。飲み物の自販機と食べ物の自販機があった。
(こう言うって…部屋出ていいのか?)
消灯時間は過ぎているし一階の明かりは消えているだろう。真っ暗な中歩くのは怖いが消灯時間以降は部屋から出るなと言われていないし何より喉が乾いてしまってしょうがない。
「……」
財布を持って部屋なら出る。
「う、わぁ…」
非常口の明かりはだけは点いており真っ暗な空間を僅かに照らしている。やはり部屋に戻ろうとしたが怖さよりも喉の渇きが勝り部屋を出て怖くなり戻り、やっぱり喉が乾いたから部屋の外に出て怖くなる。
最終的に毛布を纏い一階に行く事にした。
何とか一階に着くと自販機の明かりが見えてさっさと買ってしまおうと足早に近づき炭酸ジュース110円。財布から取り出してボタンを押そうとした。
「何してんだ?」
聞こえた声に声も上げられずに驚き転び声をかけた主を逆に驚かせた。
「…本当に何してんだ…」
懐中電灯を持った大塚さんだ。
「…す、す、すいません…喉が乾いて」
「あぁ…だからここに…」
「……消灯時間過ぎて部屋出るの駄目ですか?」
「駄目ではないけど…よくはない。夜更かしは遅刻の原因になるし生活に支障が出る」
そう言って驚き転んだままの自分に手を差し出して起こしてくれる。ついでに自販機に入れた110円を返却ボタンを押す事で戻って来させて返される。
「食堂にお茶があるから」
「いいんですか?」
「いいよ。特別」
食堂の扉を開けて電気を点ける。あんなに賑やかだった食堂は今は大塚さんと自分しかいない。
「座ってな」
「はい…」
食堂の冷蔵庫を開けてコップにお茶を注いで出してくれる。一つだけで大塚さんの分は無い。
「飲みな」
「すいません」
炭酸ジュースを買おうとしたのにお茶になってしまった。ただ、それがやけに安心した。
「…まあ毎年いるんだよ」
「え?」
お茶を飲んでいると大塚さんが静かに話し出す。
「全国から来てるし親元離れて不安になって…眠れないとか具合が悪いとか…」
「…俺は別にそんなんじゃ」
「でも、何か落ち着かないだろ?」
「……まあ」
知り合いもいない場所に一人で来てどうしていいやら分からないのは本当だ。周りも同じだろうけどそれを話せる程の仲にはなっていない。
「そんなもんだよ。けど、時間がどうにかしてくれる。今はここは落ち着かない場所だけど…しばらくしたらちゃんと呼吸が出来る場所になる。そうしたら今日の事は後々笑い話になるさ」
「そう、なんですかね」
「そうだよ。でも焦って馴染もうとする必要も無い。それぞれ慣れるペースは違うから…えと…名前は?」
「近藤です。近藤和彦」
「和彦のペースがあるから、和彦のペースで新しい生活に馴染んでいけばいい。今はとりあえず…寮での生活、朝起きる、飯を食う、風呂入って寝る…それが出来たら百点満点」
「そんなので?百点」
「そうだよ。そうして同級生と話した、挨拶をした120点。友達が出来たらもう200点」
「そんなので…」
「それでいいんだよ。そしたらもう、ここは和彦の気持ちが落ち着く場所になってる」
「…どれぐらいかからやら」
「それは皆違う。全員ペースが違うから早いも遅いも無い。だから焦る必要が無い。気楽にやれ」
「…はい」
「そうしてもし自分の気持ちが落ち着いたとしても…」
「しても?」
「他人に早く馴染むように強いてはいけない」
「皆、ペースが違うからですか?」
「そう。もしこれから和彦がここに馴染んで気持ちが落ち着いて…なのにまだここに馴染めてない子がいたとしてもそれは当たり前。その子と和彦は違う人間だから」
「まあ、そうですね」
「そういう場合はどうするか、無理をさせない。出来る事は何も無い」
「何も無いんです?」
「せいぜい側にいるぐらいだ」
「…はあ」
「そういう事だ。気を楽にして明日また朝飯に遅れないように起きろよ」
とっくに空になっていたお茶のコップを自分の手から貰い部屋に戻るように言われる。
「…おやすみなさい」
「おやすみ」
両親がいつも自分に言っていたように大塚さんにその言葉を言われる。
寮に来てからあった不安、母との電話で起こった寂しさ、違う場所に来たために起こった緊張がほんの少しだけ和らいでいた。
大人には大人の世界。子どもには子どもの世界がある。




