文化祭(2日目)1
休日に開催される文化祭二日目。
いつもの寮の部屋で起き、身支度を整えて朝食を食べに行くと雰囲気がどこか違う。どこか違うのかと辿ろうとすると寮の外から車の走る音が多く聞こえるのだ。
いつもならば車の走る音はするはするが聞こえる数は少なく静かなものなのだが…今日はいつもの倍は聞こえる。
「お、おはよう」
「おはよ」
既に朝食を食べ始めている弘忠と挨拶をして外から聞こえる賑やかを話題にする。
「卒業した先輩達か?」
「かもな」
「みんな車で来てんのか?」
「まあ車無いと来れない場所だしな」
「確かに」
遠方に住んでいる人もいるはずなのにわざわざ車を走らせて来ているのだろうか。何時間かかるのだろう。
「飛行機とかで来てレンタカー借りてるとかじゃねえ?」
「自分の車で来たりじゃねえの?」
「そんな…いるか?車持ってる奴」
「大体家には車あるじゃん?」
「必要ならあるだろうけど、無いところもあるだろ」
「そんな家あんのか?」
車が無ければ生活出来ないだろう。
「おはよ」
「おは」
「亜季、おはよ」
弘忠と話していると亜季がいつもより遅く起きてやって来た。朝食を取りに行き眠そうに口に運んでいる。
「なあ亜季」
「ん?」
「昨日さ…」
あれから考え込むように黙っており何があったか教えてはくれなかった。
気になってしまいつい踏み込んでしまおうとした時に新島先生が寮にやって来た。宿直でもないのにどうしたのかと思うと訳を話す。
「ちょっと早めに学校に来てくれ!特に一年!昨日より忙しくなるから準備も早めにするぞ」
「げ」
「そんなかよ」
「遼一と響子が混みそうだってぼやいてたの本当だったのか」
新島先生に急かされながら一年は早めに朝食を終えてまだ寝ている忍を弘忠が起こしおにぎりにした朝食を食べさせながら早足で学校に向かうと何台もの車と擦れ違う。横目で見ると若い、大学生か社会人。高校生の自分達より遥かに大人な男性や女性が真っ直ぐ学校に向かっていた。
「…てか今向かってもまだ入れねえよな?」
「確かに」
まだ開場する時間ではないのにと思いながらも学校に着くと駐車場にしたグラウンドの端で文化祭のために装飾された学校を見て、懐かしいと笑いながら会話しており中には久し振りだと言いながらかつての同級生だろうか。再会を懐かしんでいた。
「ちょっとした同窓会みたいになってるな」
「だから早く来たのか?」
「さあ、どうだろうな」
弘忠の予想が当たってるか分からないが確かに文化祭を楽しむ前に学校の前で同窓会のようなものが楽しまれていた。学校に入る時に先輩ならば挨拶をするべきかどうか迷ったが楽しく話している時にわざわざ中断させて挨拶を返させるのも違うだろうかと思いそのまま通り過ぎて学校に入る事にした。
少し遅れて亜季、月人も学校に来るとそこから忍と遼一がやって来る。忍はまだ半分眠っており器用に片手におにぎりを持って靴を履き替えている。
「めちゃめちゃいるな。客」
「だな」
靴を履き替えて教室に向かいながら今日を無事に楽しく過ごせるか話す。
「あのさ遼一」
「何?」
「今日めちゃめちゃ人が来てめちゃめちゃ食い物売れたらめちゃめちゃ儲かるだろ」
「まあ儲かるかもな」
「その儲かった金って」
「あん?学校のために使われるんだよ。学校のために」
「だよな…」
たくさん売り上げたら儲かり頑張った一年生達にご褒美的な物でも与えられるかと思ったらどうも違うらしい。
「学校のためって何?」
月人が尋ねると遼一が聞いた話では古くなっている備品を買い換えたり寮で使っている寝具などを新しくしたりと言う話らしい。
「俺達にはご褒美無いのー?」
ようやく目を覚ました忍がおにぎりを頬張りながら尋ねる。
「そこは…売り上げの金額次第だろ…備品とか買い換えて余ったら何かあるかもな」
「駄目なら新島先生に頼もうぜ」
「そうだな。焼肉とか寿司とか」
「新島先生泣くぞ」
担任しているクラスの生徒全員に何かあげてやろうだなんて新島先生の財布が軽くなり先生は涙を流すかもしれない。
「それじゃあ文化祭二日目!今日は昨日よりも賑やかだから頑張れよ!」
「先生!めっちゃ儲かったら焼肉奢って下さい!」
「嫌だ!でも頑張れ!」
忙しくなる今日を乗り切れるように応援する新島先生に遼一が見返りを求めたが却下されて若干指揮は下がるが値が真面目の同級生が多いためにきちんと持ち場に付いた。
昨日とは逆に今日は自分が先に休憩、亜季が後に休憩になっている。初めは全員で頑張って調理をして注文を取り運びながら乗り切る。
開場されたと同時に昨日とは比べ物にならない程の足音が聞こえる。
「さて…やるか」
猫耳装着。頑張ります。
教室に人が入って来ると動物耳のカチューシャを早速笑われていた。中には自分が着けたやつだと懐かしがるような声もある。
フランクフルトを無限に焼いてお好み焼きも無限に焼かれる音がする。女子の方は甘い匂いがしてパフェのトッピングが足りなくなるかもと怯える声が聞こえた。
「これって材料切れたらどうなる?」
フランクフルトを焼きながら弘忠に尋ねると首を傾げてどうなるか分からないと言う答えを返してくれた。
「行けそうなら買い出しに行くとか?」
「誰がそこまで連れててってくれるんだ?」
「先生?」
「先生あそこで喋ってる」
見るとお好み焼きを食べている一般客と楽しげに話している犬耳を着けた新島先生がいる。
喋ってないでこっち手伝って下さいと言いたかったがあまりにも楽しげに話しているため声をかける事が出来ずにいた。
「あの人達…新島先生の生徒とか?」
「そうじゃないか?」
「まあ久し振りに会えたら楽しくなるわ」
髪を染めてピアスも空けているのが見える。少しやんちゃそうな男性達と笑いながら話していたと思うと新島先生の表情が少し変わるとそこから声色が僅かに落ちてこちらに戻ってきた。
「先生!手伝って下さい!」
「ごめんごめん」
「あの人達先生の生徒さん?」
「去年のな。先生は副担任だったけど」
「ふーん」
「やんちゃそうですよね。髪染めてピアスして」
「大学生だからな。それぐらいするさ」
新島先生はそこから楽しげに話す先輩達に話しかける事は無かった。
「…ちょっと落ち着いたな」
「だな」
「そろそろ…」
「いった!」
何本焼いたかフランクフルト。
ようやく落ち着いたため休憩に行こうと思い弘忠の方を向くと向こうから亜季の声が聞こえた。
「亜季?」
どうしたのかと亜季の傍に行くと包丁で切ったのか亜季の指が切れて血が流れていた。
「うーわ…」
「キャベツ切ってたら…やっちまった…」
「亜季!大丈夫か!保健室行くか!」
忍も慌てて亜季の傍に寄り血が流れる指を見て青ざめる。何か押さえる物と思ったがティッシュも何も持っていない。
「亜季。切ったか」
弘忠が休憩に行こうとした足を止めて亜季の指を見る。
「やっちまった…」
「あー…保健室行ってこい」
「そうする」
「そのまま休憩してこいよ。痛み引くまで休んでろ」
「え?でも」
本来なら亜季の休憩はまだ先だ。
「俺と交換するぞ。このまま亜季と和彦は休憩。俺は亜季が行く時間に行くから」
「え?」
「え?」
「え、」
弘忠の提案を聞いて目を丸くする。
「…それじゃ!俺も!俺も!」
「忍は今休憩する必要ないだろ」
「ずーるーい!」
「ずるくない」
早く行けと追い払われるように一緒になるはずのなかった亜季と文化祭をまわる事になった。
「……」
「……」
「…まず保健室行くか」
「そうする…」
指の血はもう固まっていた。
「はい。大したこと無いから」
文化祭だとしても保健室にいなければいけないのだろうか。
いつもと変わらない様子の西野先生に亜季は絆創膏を貼ってもらい手当てを終えた。
「ありがとうございます」
「忙しいみたいだからね。でも焦ったらいけないよ。余計に怪我をするかも」
「はい…」
「先生は文化祭行かないんすか?」
「文化祭?」
「何かいつもと変わらず保健室にいますし」
「ん?楽しむよちゃんと、でもね」
こう言う風に怪我をする生徒がいるから文化祭を楽しむのは午後になってからだと言う。
「…何かすいません」
亜季が絆創膏を貼った指を見つめながら申し訳無いように呟いた。
「いいんだよ。ほら、行きな」
「はい、失礼しま…」
「西野先生」
亜季を連れて保健室を後にしようとすると扉が開いて新島先生が入って来る。また西野先生に構いに来たのかと見つめると何だその顔はと言わんばかりの表情で返す新島先生と睨み合う。
「どうしました?新島先生」
「あ…急にすいません。卒業生がたくさん来てて西野先生にも挨拶したいそうで」
「本当ですか?保健室の先生にわざわざ」
「西野先生には世話になってたでしょう。まあチャラついてたりして通ってた時の可愛げは薄くなってますけど」
「あーあ、やっぱり卒業しちゃうとそうなるんだ」
「っですよね」
西野先生が笑うと新島先生は露骨に顔がにやけた。本当に分かりやすいな。忍といい勝負だ。
「それじゃあ顔見に行きますか」
「ええ、案内しますよ」
「…失礼しまーす」
この後西野先生と二人で歩く事になる新島先生の様子も気になるがそこまで着いていくのは野暮だろうと小さく退出する事を告げて足早に亜季と保健室を後にした。
「二人きりになったな…」
「どうなるんだろうな」
「でもまあ…西野先生は新島先生の事何とも思ってなさそうだけど」
「悲しいな新島先生…」
思いが伝わらないのにあんなに積極的になって、押せ押せいけるいけると心の中で思ってるのならば構わないがそれで叶わなかったら新島先生は枕を涙で濡らすのだろう。
生徒としてその時は新島先生を慰めてやろうなと亜季と軽口を叩いたつもりだった。
「……」
「…亜季?」
「あ、いや…」
「お前さ……んー…変だぞ」
「だよなあ…」
「あ、認めるんだな。まあ昨日からか」
昨日の休憩から帰って来てから少し様子がおかしい。話せる事なら話してほしい。
そう、昨日の。
「…忍と何かあったか?」
「……」
「遼一が休憩の時に生徒会の仕事で抜けたから、忍と二人になったんだろう?遼一から聞いた」
「そうか…聞いたんだ」
静かな保健室から賑やかな文化祭へと向かう途中の廊下で立ち止まり亜季は壁に体を預けて大きく息を吐いてこちらを見る。
「…忍はさ」
「忍が?」
「俺の事が好きだって」
「まあ…見てれば分かるしな」
新島先生と同じぐらいに分かりやすい。
「でも俺はさ、そんな真剣に捉えてなかったんだよ。忍が犬みたいにいつもやって来て…こんな簡単に好きだ好きだ言う奴は真剣じゃないだろうって」
「…まあ、分からんでもない」
「それが分かってたんだろうな。真剣な事分かって欲しいって」
「…亜季はそれ聞いてどう思った?」
亜季と忍が二人きり。
今まで無かった事だ。亜季が避けていたり自分がその中に入り込んだりと無かった事が昨日起こっていた。ただ起こっていたとしても心のどこかできっと大きな変化は起こらないと感じていた。いつものように亜季はのらりくらりと交わしてそして、変わらない日常があるはずだと。
「忍がすごい真剣な顔してた。こんな顔出来るのかって驚いた…それぐらいちゃんと思ってたのに俺は結局真剣に捉えてなくて……それってめちゃくちゃ失礼じゃないかって?」
「…まあ、好きなのにそんな風にされたら……な」
「忍の事、もしかしたら無意識に傷付けたり…何かそんな失礼な事してたんじゃないか…そう思ったら……俺、忍と今までみたいに話せねえよ」
「…そっか…」
忍の態度にも問題があるんじゃないか。
そう返すのは良くはない。
亜季が気にする事じゃない。
それぐらいで気持ちが軽くなるならこんなに悩まないだろう。
頭の中でどう返すか答えを巡らす。
「……亜季は」
「…ん」
「亜季は忍とどうなりたい?」
「…忍と…」
「忍の事を真剣に捉えるなら…捉えるなら、これからどうする?」
「……」
忍とは自分は謂わば恋敵になるんだろう。
それならここで亜季に忍はあんな風だから仕方ない。真剣に捉える必要は無いなんて言ってしまい忍の思いを蔑ろにする事も出来るのに。
それでも亜季が真剣に忍の事を考えるならば自分も同じ様に考えてやり今後どうするか答えを出す協力をしてやるのが誠実だろう。
(…あ、でもこれは)
誠実な姿を見せる事で亜季の自分に対する好感度を上げようとしているのではとも考えられる。
(ずりぃな俺は)
自分のずる賢い一面に気付きながらも亜季の答えを待つ。
ほんの少し俯いて考えて、目を伏せて。
その姿を横目に見る。普段は少しきつそうな印象を持たれそうな目が弱々しく隠されて校則違反すれすれの長い髪が影を作る。
「…多分、いや…多分じゃない」
「ん?」
「忍とは付き合えない」
「そ、うか」
亜季の言葉に安心してしまう。
そして友達の忍へ申し訳ない気持ちになる。
「…でも、忍と友達でいたい」
「……」
「…でも、それは俺にとって都合よすぎるよな」
「…いや」
「真剣に捉えてなくて、付き合えないって言っておいて、それでも友達として仲良くしようねって…俺にはそんな資格無いよ」
「…資格って」
「…無いよ。俺には…忍はずっと真剣だった。なあなあにしてたのは俺で…友達みたいに騒ぐ方が好きだったから…このままでいれば、こっちの方が俺は楽しいと思ってたから…結局俺は自分の事しか考えてなくて」
「亜季」
亜季の言葉を遮って止める。
自分の言葉に顔を上げると眉を下げて何とも申し訳ないような顔をしている。
「忍にちゃんと話せ」
亜季の目が僅かに見開かれる。
「…いや、でも」
「忍とちゃんと話せ。忍が亜季に話したみたいに亜季も真剣に返せ」
「でもさ、忍が思ってる…望んでるような答えは俺には」
「んじゃどうするんだよ。このまま……このまま忍にずっと申し訳ない気持ちでいるのか?」
「…それは」
「忍の事は、友達として好きだろ?」
「……友達としてなら」
「なら、真剣に応えてそれで友達のまんまでいればいいだろ。忍は振られたからって亜季から離れるようには見えない」
きっと振られた事実を受け止めて、それでいて変わらないまま亜季の傍にいるのが予想出来る。自分でもそれは分かるのだ。
「…出来るかな」
「出来るかなじゃなくて、やるんだよ」
「やるのか」
「そうだ。亜季だってこのままだと嫌だろうが」
「…嫌だな」
「な?後は亜季の勇気次第だぞ。男ならちゃんと向き合え。逃げるな。頑張れ」
「……」
「…いけるか?」
鼓舞してみるがどうだろう。
忍が離れる訳は無いと分かっていても怖いものだろうか。手を忙しく組み直しながら考えて込んでいると思ったら亜季は息を吐き、前を向く。
「やる」
「お」
「忍に言う。それで、俺の思ってる事もちゃんと伝える」
「そうだ。頑張れ」
「でももし友達でもいられなくなったら…」
「ならねえよ。ならねえならねえ」
だから安心しろと亜季の背中を軽く叩くとようやく亜季は笑った。
「…文化祭楽しむか」
「そうだな」
「まだ腹減ってないし…あ、和彦」
「何?」
「お化け屋敷行こうぜ」
「は、」
昨日行ってないから行ってみたかったんだと、亜季は何とも魅力的な笑顔で誘い自分は背中に冷たい汗が流れた。




