文化祭(1日目)3
頭を締め付けられるような感覚から解放されてようやく休憩に入れる。生徒だけが楽しむ文化祭一日目の空気を感じようと同じ休憩に入る弘忠を誘い教室から出ようとする。
その前に。
「忍、忍」
「何?」
「お前これ…」
「ん?」
先輩から差し出された漫画を渡す。忍は何かあったのか分からないと言う風に首を傾げていたが小声で中身が違った事を説明すると固まって驚く忍に恐らく気付いた先輩しか見てないから安心しろと言うが頭を抱えてしまった。
「最悪だ…」
「お前…そもそも自分のだろ?気付いてなかったのか?」
「俺のじゃねえ」
「は?」
「家族が混ぜたんだろ」
「何でだよ」
「どうせならこう言うのに興奮してほしいとか下らない理由だろ」
「…お前、両方平気なんじゃねえの?」
「そうだけどどうせならがっつり女の子の方に傾いてほしいんだろ」
「…複雑だな」
「まあな~」
両方愛せる故の悩みと言うかも漫画を隠しながら忍は自分の担当に戻る。それから遅れて亜季もやって来たがそこで忍と亜季が一緒に帰って来なかった事に疑問が生まれる。
きっと忍の事だ。亜季とひたすら一緒にいたに違いないと感じていたが予想が外れたため亜季に尋ねようとしたがその亜季の表情が少し曇っている事に気付く。
「おかえり」
「…ただいま」
「…何かあったか?」
「…ちょっとな」
「俺に話せる事?」
「…少し考えとく。とりあえず仕事するから」
休憩行って来なと背中を押されて気にはなるがこうされては休憩にいかない以外に選択肢がないため既に教室から出て扉の前で待っている弘忠に早歩きで追い付く。
「何かあったか?」
「ちょっと亜季が何か…」
「この短時間で何かあったのかよ」
「分からん」
「まあ無理に話せと言うのもしんどくなるかもしれないし…今は文化祭楽しむぞ」
「…だな」
空腹は調理をしながら失敗したお好み焼きを頂戴したりして空いていなかったので何か楽しめるような場所に行く事にした。
そう言えば今まで頑なに見せずにいた月人の絵を見る好機である文化祭。弘忠に言って美術部の展示に向かうとてっきり野崎先輩や円城寺先輩などの美術部の部員がいるかと思ったが誰もおらず生徒が何人か見ているだけだった。
相変わらず上手い野崎先輩の絵と見る者を驚かせる円城寺先輩の絵。
そして月人の絵。
「…見せない理由が分かったな」
「…上手くは……その、うん」
下手くそだなと言うのは酷だろうか。
「でも努力は感じられる」
「そうだな。努力は…うん」
「……他行くか?」
「行く」
月人は成績優秀で運動も不得意と言う訳ではない。少々遠慮を知らない部分があるがどこを見ても優等生と言う場面ばかりだったので、絵も心得があると思ったがそうでもないらしい。
あれは燃えた木でも描いたのか。その傍に描いていたのは血反吐でも吐いた猫か犬か自分達の知らない生物か。
「二年生の教室でお化け屋敷やってるから」
「行かない!!」
「いや文化祭のお化け屋敷だぜ」
「行かない!!」
「おば…」
「行かぬ!!」
「何をそんな…怖いのか」
文化祭で作られたお化け屋敷などたかが知れてると思ったか、お化け屋敷と言うものはどんな未熟であれお化け屋敷。
恐怖が楽しい訳あるか。人生においては恐怖よりも楽しい嬉しいが多い方が嬉しいわ。
「そうだ。文芸部行かないか?」
「え?退屈そう」
「お前…本とか読まないのか?」
「読まねえ」
「…読んでみろよ面白いんだぞ」
「弘忠は大人だねえ」
「……」
呆れた表情をした弘忠に着いていき文芸部を訪れる。ここはどうやら誰もいない。人気が無いのか残念だ。
「いらっしゃい」
「こんちは」
「あ、どうも」
誰もいないと思われた教室の隅にいたのは制服のブレザーの代わりに指定のジャージを着た先輩だ。
「いいっすか?見ても」
「どうぞ」
誰もいないものだからか、弘忠はわざわざ聞いて文芸部の展示を見る。
おすすめの本の紹介がホワイトボートに貼ってあり、その本の感想や考察などが冊子になっている。
自作の物語が書かれた手作りの冊子もあり文芸部も色んな事をしているものだと感心はしたが興味は湧かない。
「弘忠、面白い?」
「読んだ事の無い本の紹介があって面白いぞ」
「ふーん」
「君は本に興味無い?」
「あ、すいません…そんな無くて」
「それでも来てくれたのか。ありがとう」
「いや友達の付き添いで」
「まあまあそれでも」
そんな君にも読める本はこれかなと、ジャージの先輩がポケットから取り出したのは旅先のお土産屋で売っていそうな小さななぞなぞの本だった。
「……ありがとうございます」
「あっははは。冗談冗談」
「いやぴったりですよ」
「弘忠この野郎…」
「先輩。この冊子貰っても?」
「構わないよ」
ありがとうございますと頭を下げて弘忠は冊子を貰う事にした。
「先輩は文芸部なんですか?」
「違うよ」
「え?」
いかにも文芸部ですという顔をして居座っているのに。
「俺は帰宅部だよ」
「あれ?帰宅部?」
「唯一の帰宅部、二年の柊要。暇してるなら文芸部の展示手伝ってくれって言われて今は一時的にいるだけ」
部活に入らないと言うのは無かったはずだ。
だから帰宅部はあり得ないと思ったが、ジャージの先輩。柊先輩は体があまり強くなく部活に所属出来ないと言う特別な事情があるのだと言う。
「体弱いんですか?」
「日常生活に支障は無いけどね」
「どこか悪いんです?」
「和彦」
「あ、聞いちゃまずい?」
見たところ健康そうに見えるためつい踏み込んだ質問をしてしまったかと思ったが柊先輩は気にする様子は無く笑って答えた。
「ちょっと精神的な面がね」
「…?」
「ここからはプライベート。聞いちゃ駄目だ」
唇に指を当ててこの話題はお仕舞いだと言う。
二年生の先輩らしいが柊先輩は妙に大人びた雰囲気をしていた。
「不思議な先輩だな」
「まあ色んな事情抱えてる先輩がいるだろうしな」
「そっか…体の事とか嫌な事聞いたか?俺」
「うーん…聞いた後だともう遅いからな…次はよく考えな」
「はい」
次は二年生の所に行くか。
お化け屋敷には行かん!行かんぞ!
必死に訴えた結果、弘忠は相変わらず呆れた顔でお化け屋敷を避けて占いとやらに行く事にしたがそこにいたのは円城寺先輩だった。
世間が占い師を思わせるような格好をして小さな小さな水晶…ビー玉を机の上に置いていかにもそれらしく見せている。
「…占いって、円城寺先輩占い出来るんですか?」
「俺は円城寺先輩じゃない。ミスターサンシャインと呼べ」
「ミ、ミスターサンシャイン…」
「迷える子羊よ。占いするなら一回二百円だ」
「いいじゃねえか。相性占いでもしてもらえよ」
「なーにが相性占いだ」
からかうような声色で弘忠は占え占えと急かし円城寺先輩は確かに不思議な雰囲気がある人だがそんな人の未来や相性などまで分かる訳が無い。
文化祭をちょっと楽しむためのなんちゃって占い師だろうと寄付にも似た気持ちで二百円を渡すと円城寺先輩はこちらを見つめる。
こちらを見つめていると言うか…目が合っているようで合っていない。
「…お前好きな奴さあ」
「ちょちょちょ…待って下さい」
「何だよ」
「俺好きな奴いるなんて言いました?」
「いねえのか?」
「いや、その」
「いるだろ。ちょっと待ってろ」
何でそんな何もかも分かっているような口調で進めていくのか。
円城寺先輩は黙り込みこちらには聞こえないぐらいの小さな声で呟いている。何だろう。怖い。
「………ふーん」
「ふーん…?」
「大体分かったけど、聞くか?」
「…えと」
「聞くか?」
「その…それは、俺と俺のその…」
自分と好きな奴の相性と言う事だろう。
これで相性がいいですと言われたら喜ぶが、相性は良くないと言われたようなものなら自分は。
「……んー……」
「聞かなくていいのか?」
「いや、その…」
弘忠も答えを聞かない自分に首を傾げながら尋ねるが聞きたいが怖くもあるのだ。そう簡単に聞けない。
「和彦」
「はい…」
「まあ悪い訳じゃない。でも、お前感情に流されやすいからそれだけ気を付けな」
「…わ、悪くないんですか?」
「今んとこはなー」
「…てか俺、好きな奴の事とか一言も言ってなくないすか?」
普通こう言うものは二人の生年月日や情報を得てから相性を確かめるものだと思うが円城寺先輩は自分を見ただけで言った。
これは信じていいものだろうか。
「まあいいだろそんなの。信じても信じなくても構わんし…それより」
あんなはっきりと答えておきながら信じて信じなくてもいいと言うのはおかしなものだ。でもそこまで言い切ると逆に信じてもいいかもしれない。
円城寺先輩の占いに妙な信頼感が生まれていると先輩は自分の隣にいる弘忠に視線を向ける。
突然視線を向けられた弘忠はその目に少々怯んだが、その視線に対して何か言う前に円城寺先輩が口を開く。
「お前何か後ろめたい事してるのか」
「は」
自分の時よりもはっきりと円城寺先輩は弘忠にそう言った。
「え?弘忠何かしてんの?」
「してない」
「法に触れるような事してないか」
「してません」
「本当は自分でもまずいと思ってても止められない事をしてないか」
「してません」
「弘忠…?」
はっきり答えているが円城寺先輩から視線を僅かに逸らしている。
額に僅かに汗をかき、落ち着きが無いように手を動かしている。
「本当にか」
「本当、本当です。そもそも俺と先輩は…殆ど接点無いじゃないですか。なのにそんな…そんな事言われるなんておかしいですよ」
占い二百円ですよね。
弘忠は財布から小銭を二枚取り出して円城寺先輩の前に置いて足早に教室から出ていく。
「弘忠、弘忠…?」
「あんなの嘘だからな。俺は後ろめたい事や法に触れるような事なんてしていない。学級委員長までしてる俺がそんなのする訳ないだろ?そうだよな」
「めちゃめちゃ喋るな」
逆に怪しいぞ。
「三年生の展示行こうぜ」
不自然な笑顔を作り弘忠は先程までの占いの事を忘れさせるように三年生の展示まで急いで向かう。
こいつ本当は何か悪い事をしているのか。
いや、弘忠は真面目な人間だ。本人の言う通りに学級委員長もこなし同級生から信頼を得ているような人間なのだから。
「……」
いやむしろそう言う人間の方が怪しいのだろうか。
弘忠の違う一面を見てしまい円城寺先輩は一体何を見たのか聞けないまま三年生の賑やかな声が響く展示に行く。
何を展示しているのか。
教室に入ると中には大きな絵があった。
黒板を覆い隠す程の大きな絵には恐らく三年生全員の名前だろう。それがローマ字で書かれておりその名前が集まる向こうで手を合わせたような綺麗な女性の絵があった。
「うわすげぇ」
「説明もあるな」
「えと…」
“優しい世界へ”
どうやら中央に描かれている女性は創作で描いた平和の女神なるものらしく、デザインは野崎先輩が決めて三年生全員で描いたらしい。
同性愛者としての悩みや不安を抱える自分達がこの三年間堂々と生きていたがこれからはどうなるか分からない。願うならまたここで生きていた時と同じ様に堂々と。
そんな優しい世界へ行けたら。
「…あー…そうか卒業するもんな」
「卒業したらどうなるか分からんもんな」
社会に出たら、進学したら知らない人間から当たり前に異性を愛する人間として扱われるだろう。
どうなるだろう。耐えられるだろうか。
「……他にも何かあるから見ようぜ」
自分の二年後、三年生になり卒業を間近に控えた時はどんな思いを抱いているか。
あまり考えたくなかったため、話題を逸らしてしまった。
この大きな絵と劇にだけ力を入れていたのだろうか。他の展示は遊び心があると言うかおちゃらけていると言うか…なんと言うかその。
「…ふざけてるな」
何だろうか。“薊学園の周りに生えてる草”と言う展示は。
いや一つ一つ名前とその雑草の説明はあるが数は少ない上に雑だ。こんな物を飾るぐらいならば絵だけを大々的に飾ってそれだけで終われば良かったと思うのに。
「…ごめんね。こんな雑で」
後ろから声が聞こえて振り返ると生徒会長の駒井先輩がいた。
「これ…飾る必要は…」
「絵だけでも良かったけど教室のスペースが余ってるのが寂しいからって一週間前に急遽…」
手が空いた三年生がそこらに生えている草をむしってこのような展示が出来てしまったらしい。
「…止めなかったんですか」
「…まあいいかって…」
「三年生大変ですもんね…受験ならなんやらで疲れてるんですかね」
「ありがとうね…気遣ってくれて」
駒井生徒会長が苦笑いをしながら頭を下げた。
「…それと関係無いけど…君さ」
「俺ですか?」
「赤メッシュ何とかしないと」
「あ…すいません」
「何か意味があるの?」
「姉が、高校生になるから周りからナメられないようにって」
「そんな意味だったのか」
いくらでも赤く染まった一房を直す機会はあったのに直せずいるのは姉の反応が怖いからのもある。
しかし高校に入学してからすっかり周りから赤メッシュの同級生としてすぐに覚えられてしまったから今さら直すと自分の特徴が無くなってしまうような気がする。
「んー…分かったけど…でも、内申点に響くよ。それと薊学園の評判に関わるから染め直すの嫌なら可能な限り隠してね」
「すいません…」
「薊学園の評判に?」
「派手な格好やら高校生らしかぬ格好してたら目立つでしょ?それでその高校生が薊学園の生徒と分かるとどんな学園なんだと目をつけられる」
「そうすると?」
「同性愛者の学校だと分かると同性愛者だからこんな不良みたいな格好してるんだって言われるかもよ」
「え?」
大人から見れば髪を染めたり高校生らしからぬ格好をすれば眉をひそめる事は分かるとは言え、それが同性愛者だからこうなのかと言われるのは違うのではないか。
「何か短絡的過ぎませんか?同性愛者だからこうなのかって」
弘忠も同じ様に思ったらしく駒井生徒会長に尋ねるが会長は困ったように返した。
「残念だけどそう思われる可能性はあるの。世間が思う普通とは私達は外れているからそこから少しでも不良っぽいとか…高校生として相応しい格好をしてなければ待っていたとばかりに責めるんだよ」
だからなるべく良い子でいようか。
駒井生徒会長はそう言って同じ三年生の女子の先輩を見つけると頭を下げて自分達の元から離れ、女子の先輩と腕を絡めて文化祭を楽しみに行った。
「…うーん…何か、納得いかないと言うか」
「言われた事は分かるけどな、確かに俺達みたいな奴は周りから普通の目で見られないし」
弘忠も駒井生徒会長が言った事は理解出来ているみたいだが、自分にはどうも納得出来ない。自分達は少しでも違反や高校生らしからぬ行動をしたら駄目なのか。いや勿論悪いことをするような考えはないが自分の持つ恋愛事情のために世間から真面目によく思われるように行動しようと言うのは。
他の異性を愛する人には求められていないだろう。
「…俺達って色々考えなきゃいけない事多くないか?」
大多数の人間が気にしていない事を気にしていかなければならない事が多すぎる。今は自由であってもこの学園の外に出た時の事を考えると何だか不自由に思える。
「世間の考えががらって変わるのは難しいだろ。何年もかかるだろうな。過去を振り返ると例えば女の人が選挙権を得たとか仕事を当たり前に出来てるとかそうなるまで何年もかかってる」
「俺達が当たり前だと分かってもらえるの…」
「何年も先かもな、でも薊学園が出来てるのは進んでる証拠だろ」
だから気に楽にしていけばいい。
弘忠はそう自分に、そして自らにも言い聞かせるように笑って言った。
優しい世界へと、題されたその大きな絵に刻まれた三年生の先輩はまだまだ生きづらいこの世界に卒業をしたら自らの足で立って歩くんだろう。
三年生の展示を後にするともうすぐで文化祭一日目が終わりそうであった。
明日は一般の、ここを卒業した先輩達がやって来る二日目だ。




