文化祭(2日目)2
二年生のお化け屋敷はどんなものか。おどろおどろしい看板を立てて怖さをアピールしているが…所詮は学生の手作りお化け屋敷。
大した事など無いに決まっている。
そうだきっとそうだ。大した事など無い。
大丈夫怖くない怖くない怖くない。
「…和彦。やっぱり止めるか?」
俺が行きたいって言っただけだしと亜季は苦笑いをしながら尋ねる。それに首を振り平気だと伝えるがそもそも以前、心霊番組を見た夜に眠れなくなった事を知っている亜季だ。自分がお化けやそう言った類いのものを苦手としているのは分かっている。
「な、何でお化け屋敷なんざ…」
「いや…中條先輩が面白いから絶対来てやーって言ってたの思い出して…」
頭の中にあの明るい関西弁の先輩が過る。日本の縦社会。後輩は先輩に従うべしと言うこの風潮はいつか断ち切らねばならないと誓った。
「和彦駄目だもんな。お化け」
「べべべ別に?」
「いや、隠しても無駄だろ…」
「お化けなんて無いさ!」
「なら行けるだろ」
「それとこれとは…その」
別に俺一人で行って来て和彦は待っていればいいだろと亜季は提案するがそれでは自分は文化祭のお化け屋敷にすら入れない小心者の称号を得てしまうではないかと屈辱を感じる。
「うぅ…!」
「…お化け屋敷でそんな悩むか」
「悩む!」
「ちなみに中條先輩お化け役してるってよ」
「中條先輩が…?」
あの関西弁の楽しい先輩がお化け役をしているならそんなに怖くないのではと思う。それなら入っても平気ではないかと希望が湧く。
(…それに)
もしお化け屋敷内で驚かされた時に亜季が自分を頼る場面もあるのではないか。うっかり抱きついて来てしまったりそれを受け止めて大丈夫だと力強く言ってやれば亜季の自分への好感度が上がるのではと下心が湧く。
「…行ってやらあ」
「お、すごいじゃん」
ビビリを克服しようとするその意気だと亜季が笑いながら受付をしている先輩に声をかける。受付の先輩はあの金髪の女子の先輩だ。
「はーい。二人ねー」
ピースサインを作り笑顔で応対していると、立てられた指の爪に色が塗ってあり金髪に染める校則違反に続いてマニキュアまでしているのかとぼんやり眺めていると受付が終わり真っ暗な教室へどうぞと笑顔で言った。
「……」
「どーぞ?」
「………」
「…どうした?」
「こいつお化けが苦手で」
「行きますよ!亜季さん!」
「何だその喋り方」
某有名漫画の強敵みたいだと笑う先輩は戸惑いながらも教室が真っ暗だからこの明かりを使って進んでねと小さな懐中電灯を渡される。
「い、い、行きましょうか?亜季さん」
「…だから何だよその喋り方」
「まあ言っちゃなんだけど、そんな怖くないから気楽にね」
「ええ。分かりました」
「気持ち悪いぞ和彦」
気持ち悪いと言われながらお化け屋敷に入るといつもならきっと二年生の先輩の声が響く明るい教室であるはずなのに不気味な程に静まり返った異空間を懐中電灯で照らす。
「よし。進むか」
「…亜季さん?怖かったら俺に掴まってよいのですよ?」
「いらねえよ」
「遠慮なさらず」
「先進んでいいか?」
「待って亜季ちゃん。待ってお願い」
置いていかないでと亜季の隣に立ち隙間など空けてたまるかと言わんばかりに寄り添って歩いている様はお化け屋敷に入る前に沸いた下心をどこかへと放り投げてしまった。誰か取って来てはくれないだろうか、下心が恐怖心より勝れば心の余裕も生まれるかもしれないのに。
懐中電灯は足元しか照らされないぐらいの小さな光で心許ない。この空間全てを照らしてぐれるぐらいの明かりでなければ安心出来ない。
「早く…早く出ようぜ」
「まあ早く出れるだろう。教室一個分の広さなんてそんなに…」
それにしてもよく出来ているなと亜季が懐中電灯を上を向けると目の前に真っ白顔に血の涙を流したお化けがいた。
「わ、」
その瞬間亜季の驚く声を掻き消すように自分の腹の底から恐怖の叫び声が出た。
「ぎゃあーーーー!!」
「うっせ!」
亜季が耳を塞いで表情をしかめるが目の前にあんなのが出て来たら人間どうやっても叫び声を上げてしまうだろう。亜季の懐中電灯を持つ腕を掴み決して離さないでいると次は壁から手が出て来て顔に触れる。
「いやーーーー!!」
「だからうるさい!」
お化け屋敷の端から端まで響いていると亜季に言われるがそんな事を言われても自分ではどうする事も出来ないのだ。触れた腕が冷たい気がする。もしかするとこのお化け屋敷の恐ろしい雰囲気に誘われて本物が混じっているのでは。
「亜季!亜季!亜季!早く!早く出よう!」
「分かってるから…分かってるから」
亜季の腕を掴み順論に従いながら進んでいく。何でこんな恐ろしい空間を作り上げたのかお化けだけではなく恐ろしい絵まで飾られていて見ると呪われるのではと思い肝が冷えて氷点下になる。懐中電灯の明かりのみで足元だけ照らしていると顔に何やら柔らかく冷たい物が張り付く。
「きゃーーーーー!!」
「蒟蒻だぞそれ」
本当だ。しかも若干臭い。
「ほら…出口だぞ」
「出口、出口行く。俺、出る」
「可哀想に…恐怖で片言になって」
呆れを通り越して哀れみを含めた視線を受けながら出口に向かおうとしたその時。
足を掴まれた。
「ーーーーっ」
人は限界を超えると声すら出なくなるらしい。
見たくないは視線を下を向けるとあの序盤に現れた真っ白な顔が今度は下にいた。しかも不気味な笑顔を浮かべてこちらの世界に引きずり込むように足を引っ張り始めた。
「…ほら!出るぞ!」
体が固まり何もかも諦めたその時に亜季に手を引かれてようやく体が動く。出口の扉を開けるとそこには文化祭で賑わういつもの学校があった。
しかし脳が恐怖で支配されている状況であるためなかなか体が動かず出口を出てすぐ固まったままでいると亜季が背中を叩いて正気に戻してくれた。
「…大丈夫?」
すごい叫んでいたけどと、金髪の先輩が苦笑いで声をかけてくれた。
「すいません…こいつが人よりとビビリなもんで」
「そ、そうなんだ…」
見た目だけなら平気そうな感じに見えるけどねと先輩が缶ジュースを二本差し出してくれる。
「え?」
「あんまり怖がらせちゃったからお詫びだって」
「…え?いや…その、」
お詫びを用意しなければいけないと思う程に怖がっていたのかと段々と冷静になって来た頭が今度は羞恥を覚える。
先輩にわざわざこんな事をしてもらうなんて悪いと思い缶ジュースを断ろうとするとお化け屋敷の中からお化けが出て来る。
「ひゅっ…」
声が出そうになったが明るい場所で見ると見覚えのある顔だった。
「やっほ~」
「……あ」
田口先輩だ。
「それねぇ。要からだよ~遠慮しないで飲めってさ~」
「要……?」
「あ、柊先輩か」
「柊…要…あ、知ってるわ」
「和彦知ってるのか?」
「昨日文芸部の展示行ったら会ったんだ」
「へえ」
「そうそう。今日はお化け屋敷の手やってるんだけど~あんまり君が怖がるから可哀想になったって~」
すごい叫んでたのよねと田口先輩はお化けメイクのまま笑う。こちらは顔が赤くなる。
「だから受け取りな~それにさ~」
「それに?」
「すごい怖がってくれたおかげで客足が伸びたからお礼も兼ねてるの」
「……」
ふと見ると確かにお化け屋敷に列が出来ていた。
ああ自分の情けない叫び声でこんなに人を呼び込んだのか。こんな自分の情けない恐怖心が何かの役に立ったのかとそれなら良かったと前向きに捉えながら、それでも何かを失ったような気はすると感じながら缶ジュースを受け取った。
「…ありがとうございます」
「ありがとうございます…」
複雑な気持ちを抱きながらお礼を言うと田口先輩は笑ってお化け屋敷に戻り金髪の先輩、甲斐先輩も受付に戻ろうとすると甲斐先輩の後ろから人が出て来る。
「佐代子。受付代わるよ」
「うわ!日本人形!!」
「誰が日本人形よ」
等身大の日本人形が喋ったと思ったら二年の九条利奈先輩だと言う。
物凄く失礼な事をしてしまった。
「すいません…先輩」
「許さん」
「そんな」
「もう一回お化け屋敷に入れ」
「嫌だ!!」
「そんなに嫌か」
「はい!」
仕方ないと許されて頭を下げてお化け屋敷から去り明るい隣の教室に行く。ここにはお化けはいない。占いやおみくじ穏やかな空間が広がっている。見るとお化け屋敷に入っている間は気付かないでいたが私服の、恐らく卒業した先輩が楽しんでおり顔を知っている二年生や三年生の先輩は卒業生の先輩と楽しく話していた。
「…こんないるんだ」
先輩と卒業生でたくさんの賑やかな文化祭を見て亜季が呟く。
「ん?」
「いや、こんな卒業の人達が…ここの卒業生って事は皆ゲイとかレズだろ?」
「まあそうだな」
「中学の頃はそんな人いなかった。でも、こんなにいる」
「確かに、不思議だな」
「皆隠してたから見つからないよそりゃ」
声がして振り返ると野崎先輩に見下ろされていた。美術部の展示を抜けて来たのか。
「こんちは」
「こんにちは和彦君。亜季君」
「こんにちは」
月人の事は呼び捨てだったがこっちには君付けで呼ぶんだなと考えていると、その月人とは一緒ではなく同じ三年生の先輩と文化祭を楽しんでいるようだった。
「……」
「月人と一緒じゃないのかって?」
「…心読めます?」
「顔に書いてあるよ」
そんなに分かりやすいだろうかと自分の顔を触りながら首を傾げる。
「一日目は一緒で二日目は友達と行動しようってなってね」
「あ、そうなんですね」
「そうなんですね…」
二人きりになった時にまた新たな手を出したとかで避けられているんではないかと思ったが、先輩の顔の明るさから恐らく違うだろう。
「あ」
同級生の友達達と楽しそうに話していると思ったら野崎先輩が声を上げる。その視線の方向を見ると野崎先輩と同じぐらい、いやそれ以上に背が高い眼鏡をかけた男性がいた。
「羽賀先輩」
「楓」
羽賀先輩と呼ばれた眼鏡の先輩は自分も目つきは悪い方だと思うがそれよりもずっと目つきが悪く目が合ったら泣いてしまいそうだ。背も高いのも相まって威圧感が凄まじい。
「…怖」
「だよな…」
亜季が小声で呟いたのを拾い同意する。
見た目はかなり怖いが野崎先輩は穏やかな表情で話しておりそんなに怖い先輩でないのだろうか。
「…ところで…お一人です?」
「そう。一人で来た」
「お忙しいんですね」
「まあ仕方ないな。美術部がどうなってるか見てくれって頼まれたんだ」
「へえ、新しい一年も入りましたよ。見ていって下さいね」
「そうする」
野崎先輩と長身で眼鏡の男性が会話がそろそろ終わりそうだと思うとその男性はこちらに目を向ける。視線が合い思わず固まる。
「こんにちは」
「…こ、こ、こんにちは…」
「…こんにちは…」
表情がまったく動かない。人間と言うものはこうも無表情に挨拶出来るのか。
「一年生か」
「そうです…」
「初々しいな」
「ど、どうも?」
「どうだ?ここは」
「どうだ…?」
無表情のままに尋ねられる。
どうだ?ここ?薊学園がどうかと言う事か。
亜季と静かに視線を合わせながら口を開く。
「…こ、来れて良かったです」
「俺もです…」
「そうか」
この答えが正しいのか分からないが眼鏡の男性は頷いている。その後に何か会話を咲かせるような返答があるのかと思ったが男性は黙って周囲の文化祭の様子を見ている。
返答が無いなら会話は終了したと言う事でこのままいなくなってもいいだろうか。野崎先輩はすっかり同級生との会話を楽しみながら無関係の顔をしている。
「…えと」
他の展示も見て回るのでと言って離れようとすると、再びその鋭い目つきでこちらを捉えた。
「ここだと自分の性愛に素直になれる」
「は、はい…」
「ですね…」
それは十分知っています。
「けれど、ここから出たらまた隠す事になる」
「…ま、まあそうですね」
「それだ」
「どれです?」
「君の“そうですね”の回答だ」
「…はい?」
当たり前の事を答えだけだと思うが眼鏡の先輩は相変わらず何の表情の変化も無く話す。
「隠すのが当たり前だと普通だと思われる。それはなかなか辛い事だ」
「……」
「だからと言って勇気を出して公表する。それもなかなか勇気のいる事だ」
「…分かります、けど」
「男女の恋愛にはそんな障害は無い。自分は男で女が好きです。自分は女で男が好きですと公表しても世間は何を当たり前に言っているのかと首を傾げる」
「…それも、分かります」
「俺達みたいなセクシャリティの人間は恋愛の話をする時に勇気が未だにいる。でも、それが何を当たり前の事をと思われるぐらいに普通に近付けばいいと思っているよ」
「…難しくないですか?」
「可能性はゼロじゃないだろう。例えば俺が政治家になってそれらしい法案を可決させるとかな」
「いやそんな」
「政治家なんて…」
「ゼロじゃないだろ」
「……ゼロじゃ、」
「無いかもしれないですね…」
そうだろうと眼鏡の先輩が初めて笑う。
「悪い事をしている訳でも無いのに隠れて生きるのはまだまだ浸透していないからだ。同性愛が珍しい事だと思われないように頑張るさ」
「…何かそう言う政治家とか、目指してるんですか?」
「いや。今は医者を目指してる」
「え?」
この会話の流れからだと政治家になる夢があるのかと思っていたがまさかの回答。
「まずは社会的な信用を得る」
「社会的な信用を」
「それと同時にちゃんと食えるような技術と知識を身に付ける」
「…それが、医者ですか」
「そうだ。そして社会的な経験を得て政治家になる」
若くなるのも良いかもしれないが若過ぎると珍しさから持ち上げられるかもしれないが寿命が短い。
淡々と初めて会った後輩に自分の人生を語る眼鏡の先輩だが、つい聞いてしまう。冗談や夢物語で言っているような雰囲気は一切無く、必ず実現出来るものとして話しているからだろうか。
「…さて」
「?」
「それじゃ俺は他をまわるよ。聞いてくれてありがとう」
眼鏡の先輩はそうして静かに教室から出て行く。
すると教室の外から新島先生の声が聞こえて弾んだ声で話していた。教室の外にいるので様子は分からないが新島先生にもあの無表情のまま話しているのだろうか。
「びっくりした?」
「あ、野崎先輩…」
自分からあの眼鏡の先輩を紹介した癖に会話には一切参加しなかった野崎先輩が笑いながら話しかける。びっくりした、それは勿論びっくりした。
「あの先輩ね、僕が二年生の頃に美術部部長をしてた先輩の彼氏なんだよ」
「そうなんですか?」
「表情がずっとああだから怖く見えるけど…優しい先輩だよ」
「何となく分かります」
「俺も」
亜季と一緒に頷く。一瞬だが見えた笑顔で悪い人ではないて分かる。
「しかもすごい頭いいんだよね」
「そうなんですか」
「眼鏡だしな」
「眼鏡だしな」
「いや眼鏡関係無いでしょ…今通てる大学がさ」
「……へ?」
「……え?」
野崎先輩が教えてくれた。
あの眼鏡の男性、去年卒業した羽賀教之と言う先輩は何と日本最高峰の偏差値を誇る大学に現役で合格した生徒だと言う。薊学園では前代未聞、まさかの合格者で合格が分かった時は職員室はお祭りのようになったとかならなかったとか。
「…そりゃ政治家とか医者とかなろうとするわ」
「頭の作りが違う…」
あの先輩なら実現出来る可能性が大きくあるかもしれない。
羽賀教之…薊学園の卒業生。目つきが悪く無表情で近寄りがたい雰囲気を持つが表情が動かないだけで感情表現は豊か。引く程に頭が良い。
身長190センチ前半。普通体型。




