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体育祭

 保護者が見学に来る訳でもない体育祭は先生と生徒のみの一見盛り上りが少なそうな行事に思えるかもしれないが、以外にも盛り上がっている。

 二年生と三年生が特に盛り上がっており一年生の自分達はその熱に置いていかれている。下克上を狙っているのか二年生は三年生に食らいつこうとしており三年生は決してそれを許さない歳高学年としての意地を見せており接戦しているが三年生の方が優勢だ。

「すげえな三年生」

「伊達に三年生じゃねえもんな」

「二年生もすごいな」

「二年生やばいな」

 先輩達に置いていかれている自分達はとにかく目の前の事を頑張ろうと二年、三年が鶏なら自分達はひよこ。一生懸命着いて来ているつもりだ。

 尚開会式で言われたが手加減したら殺すと言われた。殺されたくはない。

「おっかねえな」

「気迫が、気合いがさ」

「そう言えば月人、野崎先輩さ」

「うん?」

「さっき玉入れしたろ?野崎先輩手足長いから楽だよなって見たら一個も入れられてなかったぞ」

「…いや本当に運動は駄目なんだよあの人」

 手を伸ばして少し投げればすぐに入りそうなのに先輩はどういうわけかかごの中に一つも入れられていなかった。運動音痴と言うか本当に全てそれ以外に捧げられたのだろうか。

「次綱引きだ」

「その後徒競走だな」

「亜季の出番だな」

「頑張るわ」

「まあ殺されない程度に頑張って行こう」

 正々堂々、手加減したら殺される。

 全学年対抗の綱引きでは一年生対二年生の対決では野木原先輩が一番前に来ていた。今日はヘアピンを付けておらず鉢巻きを女子のへアバントのようにして前髪を上げていた。

 そしてそれが分かる自分も一番前にいる。未だに校則違反の赤メッシュを続ける肝の座った一年生として一番前に出される事になり、心の中で何故だと唱えながら野木原先輩と目が合う。

「よお和彦」

「どうも先輩」

「手加減無しだぞ」

「しませんよそんなの」

「お、いいないい度胸だ」

「行け!雪!威嚇攻撃や!」

「やれ。雪。体当たりだ」

「やらねぇよ馬鹿」

 先輩の後ろからよく知る顔が二つ。中條先輩と円城寺先輩が揃って野木原先輩をまるで有名なゲームの中のモンスターのように声をかけた。

「お!元気やった!」

「…元気です」

「手加減しないぞ」

「はい…」

「二人とも構えてろ」

 野木原先輩の声にお喋りは終わり綱引きの前に来た新島先生がピストルを持ち空に向かって打つ。弾ける音がすると一斉に全員で縄を持ち上げて自分の陣地へと引きずり込んでやろうと引っ張り出す。

 初めこそはこちら、一年生の優勢かと思ったが段々と向こう側に引きずられて行き何とか踏みとどまろうとしたが抵抗虚しく終わりの音がして二年生の勝利になる。

「…負けた」

「初め勝てたのにな」

「これが…一歳差の壁か」

 一年が二年に負けると言う当たり前のシナリオがあってたまるかと思ったが一年早く生まれた先輩達の壁は高く負けてしまった。

「和彦、忍お疲れ」

「…先輩、強いっすね」

「野木原先輩やば」

「まあまた来年相手にしてやるよ」

 余裕の、年上の笑みを見せてその場から離れる野木原先輩の背中は格好いい。自分も一年経つとあんな風に背中が格好いい先輩になれるだろうか。

「雪、お疲れ」

「ん」

 すると野木原先輩の側に一人の先輩が駆け寄る。

(あ、あの迎えに来てた先輩)

「準も、お疲れ」

「いや全然」

 準と呼ばれた先輩は周りが動いて暑くなり半袖になっているのに一人の長袖のジャージを着ており、思い出して見れば綱引きの競技には男子は全員参加なのにあの先輩の姿が無い事が不思議に思えた。

(体弱いのか)

 ただ自分には無関係なそれをたいして気にも留めずに次の、一年生対三年生の綱引きに移り変わる。


 体育祭は学年総当たり。

 勝利した数が一番多い学年が優勝となる。

 三年生は最高学年の意地を見せて勝利の数を着実に増やしていたが、一年生対三年生の綱引きが始まると後方にいた野崎先輩が転んで引きずられているのが見えた。

 三年生側から「楓!」「楓!?」「お前何してんの!」

と困惑の声が聞こえてこちらが優勢になりかけるとこちら側で忍が転び巻き込まれる形で遼一が転び形勢逆転。

 一年生は負けた。

「お前何してんの!?」

「何で転んだの!」

「でけぇ体が引きずられてびっくりしたわ!」

 これは三年生の声。

「どうして転んだ忍…」

「せめて一人で転べよ」

「お前もう体操着汚れてない箇所が無いぞ」

 こちらは一年生の声。

 足を滑らせて転んだ忍にそれに巻き込まれた遼一は怪我は無さそうに見えたが一応西野先生に診てもらおうと救護テントに向かい忍と遼一の二人を見送る。新島先生が着いて行こうとしたが次の競技は学年担任の種目があり新島先生は西野先生の側に行くのは叶わずいた。


「先生ー転びました」

「……何でこんな短時間でどろどろに」

 自分と遼一が西野先生の元に着くとその姿に呆れたような驚いたような複雑な感情を交えた西野先生に座るように促され、パイプ椅子に座る。西野先生の手伝いをしているのか野木原先輩と帰っていた黒髪の先輩もいた。

「どこか打った?」

「足引きずりました」

「三井君は?」

「こいつに巻き込まれました」

「ごめーん」

「いいよー」

「三井君は…平気そうだね。安道君は擦りむいて血が出てるから消毒するよ」

 あぁ知らない内にそんな怪我をしていたのか。こんな小さな怪我、砂をはらって落としてしまえばそれで終わりなのにと思うが…西野先生によって丁寧に消毒されて絆創膏を貼られるのは悪くない。

「はい、終わり」

 そして最後貼られた箇所に手を当てられる。

「…こりゃ新島先生惚れるわ」

「え?」

「あ、」

「ふっ」

 思わず漏れた言葉に西野先生は顔を上げて近くで聞こえていた黒髪の先輩は笑う。

「おい、忍」

 遼一には小突かれてしまい、これは分かっているけど口には出していけない事なのだろう。どうも昔からこれは言葉にしていいか考える前に口から出てきてしまい直らない。

 自分の言葉に何を思うのか西野先生はそのままいつもの笑った表情に戻して肩を押す。

「戻っていいよ。もう大丈夫だから」

「あ、はい」

 戻ろうとした矢先、黒髪の先輩が西野先生に近付く。

「西野先生、ほら」

「ん?」

 黒髪の先輩が指差す方向には新島先生がパンを咥えて走っている。普段スーツではなくジャージを着ているため運動が出来そうに見えるがそうでもない。二年の担任の先生が一位を取り喝采を浴びて新島先生は二位、三位は一番年配の三年生の担任だった。

「どう?めっちゃ一生懸命」

「そうだね」

「何も思わねぇの?」

「はは」

「何その笑い」

「大人の事情に子どもが口を挟むんじゃないよ」

 何だそれ。

 いつも西野先生はのらりくらりとこの話題を交わしている。先輩も望んでいた答えが得られない事にこれ以上は詮索しても無駄かと思い閉口した。

 遼一と目を合わせて自分達も一年生の、皆が待つテントへと戻る。


「おかえり」

「ただいま」

 忍と遼一が帰って来るといつもよりも豪華な昼食を食べて午後に備える。午後には短距離もあり最後の種目のリレーに向けて整える。

 準備運動はしていたが念入りにストレッチをして力を発揮する。三年生には手加減をしていると思われないように頑張るが、いざ勝ってしまったらどうしようと言う思いもある。

「でも手加減したら殺される」

「怖いわ三年生」

「気楽に走れよ。亜季」

「…うん」

 そう見送り亜季は位置に着く。

 やはり足が早い同級生を選んでいるのだろう。何と言うか、早そうな先輩ばかりだ。

「みんな陸上部だな」

「そうだな」

「亜季だけバスケ部じゃん」

「亜季が陸上部より早かったからな」

「陸上部…いいのか」

 同級生の陸上部を見つめるが黙って首を振る。そして彼等は俺達はこれから早くなるからと言って亜季に今年だけ託したと。


 ピストルの音が響き、地面を蹴って一斉に走り出す。

 時間にすれば数秒だろういうその瞬間に誰もが注目した。陸上部の先輩達を追い抜いて亜季が一瞬前に出たのだ。

 三年生がざわつき二年生は驚き一年生の自分達が歓声を上げる。

 亜季が今一番注目されている。

 全校生徒の視線が亜季に向けられた時、亜季の足が縺れて一気に体制を崩した亜季が転んでしまった。


 周囲が亜季を呼んで歓声から一変、驚きと心配に変わり首位争いをしていた先輩達も転んだ亜季に心配しながら横目で見てゴールに辿り着く。

「……」

「和彦!ストップ!」

「え?」

 月人の声に振り替えると立ち上がり今にも亜季の元に行こうとした自分を月人が腕を掴み止めていた。

「…おお?」

「あ、ゴールした」

 転んだ亜季はすぐに立ち上がりゴールをする。三位の旗を貰い、転んだ時に付いた砂や小石をはらっていた。

「……」

「亜季、大丈夫かな」

「あ、救護テント行った」

「まあ温かく迎えよう!」

 忍の声にそうだなと皆が頷き亜季が帰って来ると転んだ事に謝るが皆は勿論気にしていないと肩を叩き亜季を迎える。

 怪我をしていないかと思い確認すると膝にはしっかりガーゼで覆われた箇所があり驚く。視線に気付いた亜季は大袈裟に手当てをしてもらっただけだと笑う。

「亜季も転ぶんだな」

「いや…何か久し振りに全力で走ったからかな?足が追い付かなくて」

「そんなのあるのか?」

「俺もびっくりした」

 部活でも走っているはずなのに急に足がもつれて転んでしまったと言う。体が固まり気付けば地面と体を隙間無く触れていた。

 運動不足のおっさんでもあるまいしと不思議に思いながら亜季の膝に貼られた真っ白なガーゼがやけに目立つ。

「亜季、お疲れ様」

「ん、悪いな」

 競技を全て終えた月人が亜季に労いの言葉をかける。バスケ部だから運動が出来るのは何となく分かっていたがあんなに足が早いなんて思っていなかったと笑い来年も期待していると亜季の肩を叩く。

「来年は転ばないといいけどな」

「今年は初めてだし緊張したんでしょ」

「あー、かもな」

「皆見てたからね」

「……見てた」

「うん。注目してたよ。視線たくさん浴びるとびっくりするしね」

 月人はそう言って自分の席に戻り応援に徹した。

 何気ない、会話だったと思うが月人と話している時に亜季の表情が一瞬濁り声が僅かに落ちた。

 体育祭の明るい日の下で陰りを作ったのだ。


 体育祭はその後、三年生が僅差で二年生に勝ち勝利の雄叫びを上げていた。

 一年生の自分達はその光景に拍手をして祝い、無事に高校生になってから初めての体育祭は終わりこれから待っているのは体育祭お疲れ様会。

 寮でホットプレートを使っての焼肉だ。

 外でバーベキューとかじゃないんですかと聞いたところ、外でやるのは準備に時間がかかるし虫が多くて駄目だと言う。

 自然豊かな環境にあるこの薊学園の寮の良いところであり悪いところだ。


 泥だけらになった体操着を着替えて食堂に行くと各テーブルに並べられたホットプレートの傍に均等に切られた野菜に肉がたくさん並んでいる。十代の胃袋はこれを見ただけで気分が高揚した。

 しかも普段はお茶か水のみと決められた食事の時の飲み物は砂糖たっぷりの炭酸飲料が冷やして置かれている。

「野菜と肉は自分達で焼けよ。火傷しないように注意しろ!」

「肉ばっかり食べないで野菜も食べる!野菜だけ残ってたら全部食べるまで部屋に帰さないよ!」

「ご飯は炊いてるから食べたい時は自分で盛るように!」

 先生からありがたい言葉をいただきそれでは体育祭お疲れ様でした。いただきますと言葉がかかるとホットプレートにどんどん食べたい物が乗せられていく。自分達のホットプレートは見事に茶色になっていく。

「…野菜も食えよ」

 弘忠がその様子を見て呆れたように言った。

「食べるよ。後でな」

「そうそう。今はまず肉よ」

「そう言えばさ」

「ん?」

「北海道って言ったらジンギスカンじゃないのか?」

「あー…」

 亜季の何気ない疑問に我が家を思い出す。確かに食べる。食べるが外食で食べる方が我が家は多かった。

「食べるは食べるよ。でも匂いがあるから外食で食ってた」

「あ、やっぱり食べるんだな」

「北海道だと当たり前に食わねぇの?」

「……それは、各家庭によりますと言うか…」

「ふーん?」

「てかそんなの気にした事ねぇもん。肉焦げるぞ」

「うわ、やば」

 折角用意してくれた貴重な肉がと少し焦げて固くなった肉をどんどん口に運び、相変わらずプレートの上が肉ばかりの様子を見て新島先生が野菜でプレートを埋めつくし全部食えと釘を刺した。


「焼肉の匂いが取れねぇ」

「本当だ」

「洗わないとな」

 いつもよりも豪華な夕飯を終えて部屋に戻ろうとすると自分達に染み込んだ焼肉の匂いを確認し早く風呂に入ろうと急ぐ事にした。

「あ、亜季は平気か?」

「え?」

「ガーゼのところ。染みないか?」

「別にもう血も止まってるだろ」

 そう言って亜季は足に貼られたガーゼを取ろうと手にかけたのを慌てて止める。

「別に痛くねぇよ」

「いや、一応貼っとけよ」

「でも風呂」

「ビニール被せろビニール」

 風呂の準備をした弘忠が呆れた声で言う。忍も弘忠を追うようにやって来たが…そう言えば忍も怪我をしていたがどうするつもりなのかと思い彼を見ると絆創膏だけ張った忍は特に気にする事も無く風呂に向かおうとしていた。

「亜季!風呂行こう!」

「先に行ってろ」

「えー」

「怪我のところにビニール被せて濡れないようにしておけ」

「…そしたらシャワーでいっか」

「ビニールどこ?」

「食堂にあるだろ」

 じゃあ俺が取りに行くよ言う忍をお前は早急に風呂だよと遼一に引きずられて行く。誰よりも泥だらけになった忍を一刻も早く洗うために行ってくれた遼一に感謝をして食堂に向かうと、先程までの焼肉の匂いが残る中でビニール袋を探すと冷蔵庫の横に半透明のビニール袋を見つけて亜季に差し出す。

 これをガーゼを濡らさないように覆ってシャワーのお湯が入らないようにテープで留める。

「…これ取る時、足の毛が巻き込まれるだろ」

「…テープで留めた後に言うなよ」

「脱毛だな脱毛」

「男が脱毛してどうするんだよ」

 ビニールが擦れて歩く度に音が鳴るようになった亜季と共に本当は湯船に浸かって疲れを取る予定だったのをこのまま亜季と離れるのが惜しくなり、一緒にシャワールームに向かう事にした。

 丁度よくシャワーを終えた弘忠のおかげでシャワールームが二つ空いた。

「亜季、思ってたよりひどいのか?」

 ビニールで覆われた足を見て弘忠が眉をひそめて言う。

「いや平気。本当に擦りむいただけだし」

「ならいいけどよ」

 気をつけて入れよと手を振りながら部屋へと戻る弘忠を見送りシャワールームに入る。個室になっているが上が空いており音がよく聞こえる。周囲に悟られずに静かに浴びたい生徒には不評かもしれないが上が空いている事で何か忘れ物をしても上から放り投げてもらえば貸し出しが出来るのは便利だ。

 隣の亜季がシャワーを浴びるのが聞こえて来たので声をかける。

「なー、染みたりしないか?」

「平気」

「なら良かった」

「大袈裟なんだよ。皆、皆さ」

「大袈裟にもなるだろ。心配するのは当たり前じゃん?」

「そうなのか」

「ところでさ」

「何?」

「石鹸とかボディーソープある?忘れてた…」

 元々大浴場に入る予定にしていたため体を洗うタオルと着替え以外を持っていなかったのだ。

「ちょっと待ってろ」

「悪いな…タオル以外何もなくて」

「…?お前、シャンプーは?」

「あー…全部体洗うのでやるからいい」

「馬鹿野郎。俺先に体洗うから頭洗え」

 投げるぞと、言われて上を向くと上から亜季の使っているシャンプーとリンスを渡される。普段は大浴場のどこのメーカーか分からない量だけがある物を使っているため聞いた事のあるメーカーの物を使うのは久し振りだった。

「すんませんねえ」

「いいですよ」

「亜季と同じ匂いになるわ」

「…おう」

「いや、その、すまん。忘れてくれ」

 今の発言は気持ち悪かっただろうか。

 無言になりお互い一日頑張った疲れを落とすように洗う。髪の泡を流して、手にしたリンスを見る。一応使うがリンスはぬるぬるしてどうも苦手だ。洗い終わるといつもの自分の髪とは違い指通りがいい。

「和彦。シャンプー終わった?」

「終わった」

「んじゃ投げて」

「ん」

 投げるぞと、一言かけて放り投げると床に落ちる音が聞こえなかったためうまく掴む事が出来たのだろう。続けて今度は亜季がボディーソープを投げる。こちらは自分が受け損なって床に落ちてしまった。

「大丈夫かー?」

「大丈夫ー」

「なら良かった」

「心配してくれてありがとー」

 少しふざけたようにお礼を言うと、亜季から言葉が返ってくる事が無かった。それに特に気にかける事もなくボディーソープを泡立てて体を洗う。いい物、かは分からないがいい匂いがする。

 実家の風呂場に置かれているセール品の物、大浴場に置かれている質より量の物よりずっといい物。

「亜季」

「ん?」

「これさ、亜季が買ったのか?」

「シャンプーとかボディーソープ?」

「そう」

「いや、親が用意した」

「ふーん」

 日用品は用意してくれる親なのか。亜季の要望を聞いて用意したのかは不明だが。

「…あのさ」

「何?」

「俺転んだじゃん?」

「転んだな」

「何で転んだっだって思った」

「足もつれたって言ったじゃん」

「それもある」

「それも?」

 他に原因があるのかと体を泡だらけにしながら尋ねると、亜季は少し黙った後に壁越しに何とか聞こえる声で言った。

「皆が見てたろ」

「見てたな」

「それに動揺したんだと思う」

「ん?」

 どういう事だろう。注目されるのが駄目だったと言う事だろうか。

「…悪い意味で注目される事があったから、人の視線が集まってその時の事を思い出したんだと思う」

「……」

「駄目だな。俺」

「いや、亜季は悪くないだろ」

「でももう昔の事で」

「亜季は悪くない」

 自分が弱いから自分に責任があるかのように話す亜季の言葉を遮りひたすら繰り返す。

 亜季は悪くない。

 過去の事をきちんと聞いた事は無い、が。

 自分にも似た過去がある。

 同性愛を理由に奇異の目で見られた時、いつもは気にならないはずの視線がまるで攻め立てるように嘲笑うように見えるのだ。

 いくら過去の事だと思ったとしても、それは日常の何気ない瞬間に思い出される。

「亜季は悪くない」

「俺悪くない?」

「むしろ強いだろ」

「どこが?」

「ちゃんと転んだ後に立ってゴールに向かったろ」

「……本当だ」

 転んだ事ばかりを思い出してゴールに着いた事実を忘れていた。

 亜季は心底驚いたようにして自分が成し遂げた事を思い出しているのだろう。会話はそこで途切れて体に付いた泡を流してシャワールームを出ると、少し遅れて亜季が照れ臭そうに笑いながら出てきた。

「…和彦と俺、同じ匂いしてるな」

「…だな」

 ほんの少し、亜季の経験した過去を垣間見える事になった。


 本人がいくら弱いと言っても否定する。

 亜季は立ち上がって歩いてでも走ってでも行ける強い人間だ。

 






薊学園第八期生

田口源治(たぐちげんじ)…垂れ目で優しそうな雰囲気をした男子生徒。間延びした喋り方で人が良さそうだがバイセクシャルで恋愛好き。

誕生日6月4日

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