旗の行方
体育祭間近。
二学期が始まれば学校行事が次々とやって来る。
まずは体育祭。学年対抗、スローガンを作り一致団結をするが猛者である二年と三年には敵わないのは勿論分かるので何も知りませんと言う態度で頑張ろう。
その後は文化祭。学年によって出し物が違うらしい。
各学年二グループに分けて一年生は飲食店を行うとの事。それじゃあ二年生と三年生は何をするんですかと聞くと二年生は去年はお化け屋敷などの催し物。三年生は劇をするらしい。
「劇?」
「何か伝統なんだって、三年生が劇するの」
「伝統なのか」
「劇が終わったら何も無いの?」
「教室で展示会みたいなのをするんだって」
月人が聞いた野崎先輩から聞いたらしい文化祭での三年生の動向。ただ月人とその話をしていた時の野崎先輩の顔が若干暗く見えたらしい。何か心配事でもあるのか尋ねてみたが「大丈夫」の一言で何も言ってくれなかったらしい。
「何だろうな」
「色々大変なんだろうな。劇とかもあるし美術部で展覧会もするんだろ?」
「そう。文化部はやる事多いね」
「月人の絵も見れるんだろ?どんな絵なんだろうな」
「……」
「…何で無言になるんだ?」
見せられない絵でも描いているのかと聞くが月人は何も答えてはくれなかった。
「…まずは体育祭でしょ」
「お、おう?」
本当に何なんだろうか。
文化祭まで終わるとその後は大きな行事は無い。
ただ二年生は修学旅行が待っている。なのでその間だけ学校にも寮にも一年生と三年生だけの日が訪れる。三年生とは月人が野崎先輩と付き合っているぐらいで後は殆ど繋がりが無い。
修学旅行に行く二年生は部活の先輩の野木原先輩と話すぐらいだ。あとはあの関西弁の中條先輩とその彼氏の円城寺先輩か。
「先輩修学旅行に行ったらお土産買って来て下さい」
「頼む早くないか?」
「早い方がいいかと」
「先輩先輩俺にも」
部活の休憩時間にそう野木原先輩にお願いする。まだ先だと言うのにお土産をねだる後輩に先輩は呆れた顔で返していた。
「あれ、東京銘菓の鳥のお菓子」
「あーあれな」
「知ってるか?あれは東京銘菓じゃなくて福岡のお菓子なんだと」
「え?でも東京銘菓って」
「勝手に言ってるだけらしい。だから福岡にそのお菓子買って行ったら大変な事になるぞ」
先輩が知らなかった豆知識を笑いながら話す。あれだけ東京銘菓ですと言っておきながら実は九州、福岡が発祥ですとなると訴えられたりしないのだろうか。
「てか先輩よく知ってますね」
「輝が九州の人間でさ、一年の頃に帰省から帰った時に買ってたら睨まれた」
「…円城寺先輩?」
「そう。知ってるか?」
「知ってるてか…」
「誰?」
首を傾げる忍にあの野崎先輩を引きずって来た二年の先輩だと教える。髪が長くて後ろで結んだ少し不思議な雰囲気の人だと特徴を言えば分かったように声を上げた。
「…野崎先輩を引きずった?」
「色々ありまして…あの先輩九州の人なんですね」
「そう。訛りも無いから分からないだろ?」
「そうですね」
自分もここに来てから標準語を意識して話しているがこれは標準語だろうと思っていた言葉が実は違うと言う事が何度かあり会話に支障をきたす程では無いが少し恥ずかしい気がするのだ。
それに比べて円城寺先輩は北の国からとは真逆の地域から来て話していても出身が何処か分からないぐらいに標準語を話していた。野木原先輩の話からするに初めて会った時からそうなのだろう。
「それじゃバナナの形のあれを」
「ほら練習再開するぞ」
忍が別のお土産を提案した時に丁度練習再開の合図が鳴り戻って行く。修学旅行が間近になった時にまたお願いしてみよう。
学年対抗体育祭。
縦社会のこの国に生まれたなら分かる。卒業する三年生は優勝を手に入れて高校生活の思い出を飾るはずだ。
自分達一年生はこの学園に来てからの初めての体育祭です。右も左も分かりませんとと言う初々しさを見せつけながら頑張ります。
「クラス対抗とかじゃなくて学年対抗だからな」
「でも下手に手加減すると舐めてるのかって話になるよな」
「短距離にリレーに…玉入れ…綱引き」
「まあ個人戦の競技は誰にするか悩みどころだな」
さて誰が個人戦に出てくれるか。
体育祭のための競技の選手を決めるために体育の授業で皆の足の早さを確かめる事になり、まずは忍と月人が早くも選手候補から名前を消した。
「…忍足遅いな」
「サッカー部だろ?」
「元々…得意じゃ…ない」
「でもこいつ頑張ってるぜ?」
「同情するなら金をくれ!」
「古いなー」
「もう五、六年前のだろそれ」
忍はどうやら中学でも運動部ではあったらしいが練習らしい練習が無かった運動部であったため体力や瞬発力は殆ど身につかなかったらしい。それでもサッカー部に所属してからはいつも体力を限界まで削りながらも努力はしている。初めよりはずっと体力も瞬発力もついてきているはずだ。
「月人はまあ…予想してたよ」
「何さ…遅いなら遅いと言いなよ」
「文化部だもんな」
「応援頑張れ」
「…言い返せない…!」
体力も瞬発力も無い二人をなぐさめていると次の走者が走り出す。亜季が走り出し同じバスケ部の遼一と走っているが遼一を抜いてどんどん前に出ている。
「お」
「わ、亜季って足早いんだ」
「だな」
真っ直ぐ走ると亜季の明るい髪の色が風を受けて揺れている。普段はきっとそんな風に走るイメージなんて無いだろう。父も言っていたどちらかと言うと細い、あの体で真っ直ぐと前に向かって走りどんどん追い抜いてしまう。
(はー…)
「綺麗だな」
「和彦?」
「……何でもない」
「あ、亜季ゴールした」
「さすが亜季!」
一位でゴールした亜季に皆が駆け寄る。皆に囲まれながら照れ臭そうに笑っている亜季が眩しかった。囲まれて囃し立てられたのもあり亜季が短距離の選手へと決まる。
「お疲れ」
「短距離決まったわ」
「頑張れよ」
「和彦は?」
「俺はリレーだよ」
「亜季!俺めちゃくちゃ応援するから!」
「おー、ありがとう…忍は何になった?」
「綱引き!」
「全員出るやつだろ」
同級生の運動能力を見ながら次々と出場する競技が決まる。今弘忠が走っているが何故かコースにリスが迷い込み驚いた弘忠が転んでしまった。
「弘忠!」
「委員長!」
「委員長!」
「弘忠委員長!」
リスを庇い転んだ男として動物に優しい男の称号を得た弘忠はリレーの選手へと抜擢された。本人はそこまで足が早くないのに何故だと憤慨していた。
中学の頃は応援合戦なんかをしていたが高校には無い。体育祭の開会式の練習を行い応援する時の旗があるらしくそれを取りに行くように命じられた。
「何で俺?」
「暇そうだろ」
「確かに」
「否定しないんだな」
体育祭の練習もほどほどに由実から借りた少女漫画を読んで感想を言っていると冴木から言われる。
「由実と仲良しだね」
「由実が持ってる少女漫画面白いんだよ」
「男子と少女漫画の感想言い合うのなんて超新鮮~」
「…行ってきて。旗重いし」
「はいはい」
読書を中断して五階にあると言う応援用の旗を取りに行く。大きな旗であるためすぐに分かると言うが物置になっている空き教室を覗いていくと確かに一年生の旗の色だと言う緑色の旗が見えた。
一年生はまだまだ青いから新緑の色をした緑。
二年生は一年経ち冷静さを持てるようになった青。
三年生は最強、赤旗らしい。
誰がいつ決めたのかそんな旗の色を。
空き教室に入り旗を確認する。緑色の旗に大きく“壱年”とある。旧漢字なのが迫力を増している。
「…っと、これを」
これを持って教室にと行こうと旗の竿を掴む。物置になっている空き教室にはいつ使われるか分からない物が多く積み上げられており旗はそこに突き刺すようにある。抜いて持って行こうとしたがなかなか動かず段々と苛ついてしまい力任せに引っ張ると積み上げられた荷物がこちらに倒れて来る。
「あ」
物が崩れ落ちる瞬間は不思議な事にスローモーションに見える。
自分に向かって崩れて来た荷物を避ける事も出来ずに真っ正面から受けてしまった。
遼一の生徒会の仕事を生徒会ではないのに手伝いを頼まれる。
体育祭の運営について忙しくしているらしくまだ不慣れな遼一は着いていくのに苦労しているらしい。同じ生徒会の響子も大変らしく救護テントやら体育祭のBGMやら実況。
遼一は実況の一部を担当するらしくどうすればいいのか自分に相談を求めてようやくまとまり安心したようだった。
「冴木は何するの?」
「進行、司会みたいなのやるんだよ」
「大変だな」
「変わる?」
「やだよ」
「ちぇっ、でも大丈夫そうだわ。ありがとう」
寮に戻ったら何か奢ると約束して遼一は一度生徒会室に戻って行った。自分はこのまま寮に帰ろうと教室に行くと誰もいないと思ったが北条がまだ残っていた。
「おう」
「やっほ」
「まだ帰らないのか?」
「響子と帰るから」
「冴木は…生徒会か?」
「うん。和彦に応援の旗頼んですぐに生徒会室に戻ったよ」
「応援の旗?」
「うん」
そう言えばそんなのがあると聞いた。物置になっている教室にあるとは言っていたが実物はまだ見ていない。
「どんなのだった?」
「あたしも見てないよ?」
「え?和彦が持って来たんだろ?」
「…そう言えばまだ来てないね?」
「え?」
迷うような場所でもないだろう。旗はそんなに小さくもないため見つからないとは思いにくい。
一緒に帰るついでに旗を持って来るのを手伝おうと五階に上がり物置の教室を一つ一つ見ていく。
「…?」
そこに物が散乱した教室があり散乱した物の上に緑色の旗があるのが見えた。旗には旧漢字で“壱年”の文字。和彦はこれを持って来ずにどうしたのかと教室を開けて中に入ると目を見開く。
「和彦!?」
崩れ落ちた荷物の下に見覚えのある手がある。驚いて声を上げながら荷物を退けると荷物の中にずっと使われていないであろう厚い辞書があるのが見えた。
「和彦!和彦!おい!」
こんな重い物が頭にでも当たったら洒落にならない。名前を何度も呼んで荷物の下から出てきた和彦は目を閉じている。
「え!やば…!え!?和彦!?」
「何どうした?」
「事件~?」
すると自分の声に知らない声が教室へと入って来る。おかっぱぐらい長い黒髪ですごいつり目とピアスをした赤ネクタイの先輩と、逆に垂れ目で茶髪の青ネクタイの先輩が目の前の光景を見て驚いた。
「え?死んでる?」
「生きてます!!」
「あ、悪い…」
「僕先生呼んで来るね~」
「頼むわ」
垂れ目の先輩が教室を出て走って行く。まだ和彦の上に乗っている荷物をつり目の先輩が退かしていく。自分も気付いて退かしていくと目を閉じる和彦を見て先輩は話す。
「頭打ったかもな」
「た、多分…」
「下手に動かさん方がいいな」
「はい…」
「一年?」
「はい、えと体育祭の旗を」
「そうか。俺は二年」
「は、はい…」
「大丈夫だって平気だよ」
「でも」
怪我は無いように見えるが動かないままだ。もしかすると体の中で見えない怪我をしているかもしれない。このまま目が覚めなかったらどうしようと不安が募る。
「近藤!」
不安を大きくさせていると新島先生と西野先生がやって来る。西野先生が和彦の側にしゃがみどういう状態かを確認していた。新島先生は周囲を見て物が散乱した様子に眉をひそめる。
「下敷きになったのか?」
「みたいです」
「使ってない辞書まで…こりゃ重いしな」
「脳震盪かな?近藤君。近藤君」
「………?」
「近藤く…」
「和彦!」
「…何?」
和彦の目が震えて目を覚ます。それに安心して声を上げて顔を覗き込むとこちらを認識出来ていないのか瞬きをゆっくりしながらただ見つめていた。
「ごめんね須田君…ちょっと」
「あ…すいません」
「近藤君。どう?頭痛い?」
「…いや、平気です」
「荷物が崩れて下敷きになったんだよ。災難だったね」
「…そうですか…」
「立てる?」
ゆっくりでいいからと西野先生が言うと新島先生が背中を支えて和彦が立ち上がる。少しふらついているような気もするが、歩けるぐらいは平気らしく胸を撫で下ろす。
「脳震盪だと思うから、今日明日は激しい運動は控えてね。部活も休んで」
「はい…」
「もし痛みが引かないとかおかしな感じがあれば言ってね。病院に行こう」
「分かりました」
それじゃあ寮に帰ってよしと言われ和彦は寮へと歩き出す。
「須田君。一緒に帰ってあげてね」
「は、はい」
「田口、吉本もありがとうな」
「いいえ~」
「何も、たまたま近くにいただけだし」
先輩は垂れ目が田口先輩、つり目が吉本先輩らしい。先輩達にもお礼を言って和彦を気にかけながら階段を降りて寮に戻ろうとした。
「平気?本当に」
「平気平気」
「はー…本当にびっくりした」
「めちゃくちゃ名前呼んでたな」
「そりゃ、そう…ん?」
その言葉に違和感を覚えたが後ろから階段を駆け下りる音に振り返ると田口先輩と吉本先輩が追いかけてくる。
手には緑色の旗を持って。
「あ!」
「…あ!」
「あ~」
「これいらねえの?」
すっかり忘れていた。先輩に持って来させるなど後輩としてあるまじき失態だと慌てて旗を受け取り頭を下げる。
その様子に田口先輩はけらけら笑い「平気平気」と手を振る。吉本先輩もたいした事じゃないと言って自分達を通り過ぎて行く。
応援用の旗を受け取り握り締めながら降りようとしたら和彦が旗を持とうとしたのでそれを断り教室に着く。もう誰も教室には残っていない。
「どこに置く?」
「とりあえず後ろに置いておくか」
「そうだな」
教室の後ろに立て掛けておき荷物を取り寮へと戻ろうとすると和彦に肩を叩かれる。どうしたのかと振り返ると固い表情をしておりやはりまだ何処か悪いのかと思い心配すると何とも言いづらそうに小声で話し始めた。
「……脳震盪」
「うん?」
「…脳震盪起こしてない…」
「…ん?」
「下敷きにはなったけど…脳震盪てか…気絶した振りしてた」
「は?」
お前何を言ってるんだと驚き、そうだ脳震盪を起こしていたなら自分が名前を呼んでいた声など聞こえていなかったはずだ。
何でそんな皆が心配するような真似をしたのかと怒ろうかと思ったが和彦が固い表情のまま更に声を小さくして言う。
「先輩達が…」
「…ん?」
「……めっちゃ凄い事してて」
「……」
「…声が聞こえて」
「……」
「俺、俺は…」
「分かった分かった…ごめん」
分かった。何があって和彦はそんな芝居をしていたのか察した。
五階は利用されている教室は無い。物置に使われているぐらい。人は立ち入らない。
故に二人きりになりたい恋人同士はそこに行く。そうだ。言っていたじゃないか先輩達が。
「どうしよう…俺、あの二人の先輩の顔見れねぇ」
本気で悩んでいる。頭を抱えて自分はどうすればいいのかと和彦が悩んでいた。
(純情…)
自分も例えば隣の教室からそんな音が声がしたら頭の中を支配されるかもしれないが目の前の男のその悩む姿に震える子犬を思わせて頭を撫でてみた。
「…何してんの?」
「何か…つい」
何かかわいく見えてしまって。
悩む和彦にたいしてそんな事を思ってしまい申し訳なさと抗えないかわいさに自分も混乱していた。
薊学園、養護教諭西野清哉。
薊学園の一期生であり養護教諭として母校に戻ってきた。常に優しい笑顔で男女問わず人気の先生。




