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夏休みの終わり

 舞台の西暦2000年はインターネットが活発ではなかったのでテレビがよく見られていました。

 母が気合いを入れて作った食卓はどんどん皆の胃の中に収まっていく。亜季は父に盛り付けられたおかずの山を少しずつ食べていたが小声で「うま」っと聞こえたのを逃していない。

「うまいって」

「あら!本当!」

「あ、本当です」

 嬉しいわと笑う母に亜季もつられて笑っていた。しかしあまりにも山盛りのそれに亜季は段々と苦しくなっていたのを見て亜季の皿から無言でおかずを奪い取る。

「ちょっとあんた!亜季君の食べたら駄目でしょ!」

「こんなたくさん食えねえじゃん」

「えー?この後デザートも用意してるけど亜季君食べれる?」

「た、食べれます…」

「あら良かった!」

 半ば拷問じゃないか。亜季はそんなに食べれないはずなのに両親があくまで善意でどんどん食べさせようとするため可哀想になってしまう。

 このままだと亜季がどうにかなると思い両親の目を盗んで亜季の分を食べてやろうと密かに決意する。

「亜季君って神奈川の人だっけ?」

「はい。神奈川です」

「東京のすぐ側よね。都会だわ。色んなお店があるんでしょうね」

「はは…」

「こっち何も無くて驚いたでしょう?海と山とじいさんばあさんだけ!」

 母が自虐するように笑う。亜季もどう反応していいか分からずひたすら苦笑いをしていた。

 亜季の分のおかずや食後のデザートだと言って茹でトウモロコシを出して来て亜季が思う“デザート”のイメージとかけはなれたそれに首を傾げていた。

「すまんな」

「いや…大丈夫、…めっちゃ甘いな」

 半分ぐらいなら食べられると言ってまだ熱いトウモロコシにかじりつくと亜季はそう驚いていた。

「そうか?」

「夕飯の時もだけど…やっぱり海が近いからか全部旨かった」

「言われないと分からないな。俺にはずっとそれが当たり前の事だから」

「育った環境が当たり前になるのはそうだな」

「で?食える?無理すんな」

「何か平気そう」

「そうか」

 一人一本のトウモロコシを平らげて母は夕飯後の片付け、父は風呂に。姉は自分の部屋へと行き居間には亜季と自分の二人だけになる。

 薊学園で流れているのと同じくローカルCMを見て亜季が「懐かしい」と言う。学園から出てそこまで感じる程に経っていないと思うがそう言うのは野暮だと感じ、口を閉じる。

「あのさ」

「ん?」

「お母さん、めちゃくちゃ喋るな」

「すまん。うるさいよな」

「いや…そうじゃなくて…俺の家の事については聞かなかったよな。神奈川県出身って以外」

「あー…それは」

「お前。何か言った?」

「……」

 亜季が泊まりに来る事を聞いて家族は同じ学園に通っている友達が急遽泊まりたいと言っていると話した時にそんな急に言われてもと戸惑っておりどこに住んでる何て子なのかと聞かれて神奈川県の友達で帰省中の予定が変わったと答える。


 どうしてそんな事に?

 神奈川の子が何でわざわざ北海道のあんたを頼るの?

 何か深い事情でもあるのか。


「答えたのか?」

「…あんまり親との関係が良くなくて…そのせいで家にいれなくなったとか……」

「…まあ合ってるな」

「すまん。うまく言えなくて」

「いや。俺も急に来たから親の事とか聞かれると思ったからさ」

「聞くなって言っておいたから…」

「そうか」


 学園に集まる生徒の事は勿論知っているため家族はその話に何となくではあるが察しをした。全てが子どもの事をありのまま受け入れるとは限らないと学園の説明を聞いた時に案内人が独り言のように漏らした言葉を両親は聞いていた。


「頼りになるな和彦は」

「……でもよ」

「ん?」

「東京住みの奴らもいたじゃん?それすっ飛ばして俺なのは驚いたぞ」

「まあな……休み前に言った事思い出したのもあるな」

「俺の家に泊まればいいって…そりゃ遼一が言ったやつだろ?」

「俺も言った」

「あれは……冗談だろ」

「その時はな。でも冗談にならなかったな」

「だな…」

 まさか自分の家に亜季がいるなんて思いもしなかった。言霊というものがあるのか、まさかそんなつもりで言った訳ではない言葉がこうして本当になるのだから分からないものだ。

「それともう一つ」

「もう一つ?」

「和彦が一番頼りやすいから」

「………ほう」

 そんな事言うなよ。浮かれる。いや浮いてるかもしれない。俺だけ無重力になっていないだろうか。


「亜季君は和彦の部屋で寝るよね」

「………いいよ」

「じゃあ布団運ぶから」

「はいお願いします」

「何よ…変な子ね」

 それはそうなるか。

 亜季の寝る場所は確かに自分と同じ部屋に寝るのが自然だろう。居間に布団を運ぶのは落ち着かないだろうし、両親や姉の部屋は論外。あとは仏間…は駄目だ。仏がいる部屋で眠るなど自分には怖くて考えられない。

 風呂から上がった亜季に自分の部屋で今日は一緒に寝る事になると伝えると眉をひそめて返される。

「え?お前と同じベッド?」

「ちちちち違うわ」

「だよな」

「部屋あっちだから…」

「先行ってていい?」

「ドウゾ」

「…おう?」

 部屋に案内し、自分はこれから風呂に入るからと亜季を残して扉を閉める。

 そして亜季の発言を思い出して頭を抱える。

 一瞬だが自分のベッドで二人寄り添いながら寝るのを想像してしまった。こんなのを想像したら忍が怒りの声を上げて間に入ってくるに違いない。

 やだそうすると川の字になってしまう。

「あんた何百面相してんの?」

 一人家の廊下で頭を抱える自分に姉が部屋から顔を出して怪訝な表情で尋ねる。

「…放って置いてくれ…」

「亜季君は?」

「俺の部屋」

「あんたの部屋で寝るんだっけ?」

「他に無いしな…」

「…ちょっとおいで和彦」

「え?俺何もしてねえよ?」

「そうじゃなくて」

 姉に呼ばれて部屋に入ると普段は勝手に入ったら殺すと言われるその部屋は何に使うか分からない化粧品か並び丈が何もかも短い服が見えている。あとは妙に花とヒョウ柄が多い。

「あんたあの子好き?」

「ななななな何を言うか」

「分かるってのあんた男が好き。あたしも男が好き」

「うん?」

「あたしの好みと亜季君似てんの」

「………姉ちゃん。姉ちゃんは高校卒業して亜季は俺と同じ高校生一年の」

「好みが似てるってだけであたしも好きって訳じゃないわ。あたしの好みはあれより背が高くて筋肉ついたイケメン!尚且つ同い年か年上!」

「亜季の原型ねえじゃん」

「あるわ!」

 血の繋がりと言うものは恐ろしいもので似ていないと否定をしても思いもよらぬ部分で共通点を見つけるらしい。異性の兄弟でありながら恋愛対象が同じく男性だという特殊な共通点はまさか好みまで重なる部分があるとは。

「で?あんたが好きな子と一緒の部屋で寝るのがしんどいならあたしと一緒に寝る?保育園振りくらいに」

「……いや平気」

「本当?」

「友達だから」

「…あんたそれで通すつもり?」

「その内覚悟はちゃんとするって、友達から…恋人に変わるかもしれない覚悟…友達の関係が崩れる覚悟…」

「あんた恋人って言った時の顔キモかった」

「うるせえ」

 自分でも知らない内に表情が緩んでいたのか姉に鋭く指摘される。今の自分の胸の内を明かすと姉は頷きながらも理解を示してくれる。

「まあフラれたらお姉ちゃんが慰めてあげるから」

「お姉ちゃん…」

「早く風呂入れ」

「姉ちゃんが呼んだくせに」

 それでも少し心が軽くなった気がする。

 風呂に入り更に体を軽くして部屋に行くと亜季は母が敷いてくれた布団に座り携帯で誰かと通話していた。

「うん。そう…今そいつの部屋にいてこれから寝るところ」

 寝るの言葉に反応しないように尚且つ通話の邪魔にならないように亜季の前を静かに通り自分のベッドへと寝転がる。時刻を見ると十一時近くになっておりここのところ眠い時に寝て昼近くになったら起きるを繰り返していたためまだ眠気がまったく来ない。

「…え?」

 すると亜季の少し困惑した声が聞こえて見ると目が合いそのまま逸らさずに何故か手で謝り始める。

 そして誰かと話していた携帯電話を自分に渡す。

「え?」

「ごめん。俺の兄貴」

「亜季の?え?どうすんの?」

「挨拶したいって」

「…わ、分かった」

 少々戸惑いながら亜季から受け取り先ほどまで彼が耳に当てていた体温を残した携帯電話に今度は自分の耳を当てる。

「もしもし…」

『もしもし?初めまして亜季の兄です』

「あ、初めまして。えと亜季、君の友達の近藤和彦です」

 聞こえてきたのは声だけでも分かる。大人のお兄さんの声だ。落ち着いていてそれでもどこか可愛げのある印象だった。

『こっちの事情で急にお邪魔する事になって申し訳ない。でも亜季に君みたいに頼れる友達がいて安心したよ』

「いえ、そんな…」

 本当にしっかりとした。自分には持っていないこれが大人の男の余裕の声だろうか。

『亜季と仲良くしてくれてありがとう』

 ただその言葉には少し引っ掛かった。

「…いやそれは」

『ん?』

「俺が亜季と友達になりたかっただけです」

 別に情で仲良くしていた訳でもない。誰かに頼まれていた訳でもない。亜季に魅力を感じてこうしているのだからありがとうと言うのは何処か違う気がした。

 ただそれを言語化出来る程に自分は多くの言葉を保持していない。

『…そっか』

「はい…」

『そうだね。変な事言った。ごめんね』

「あ、いやいやそんな」

『それもそうだよな。打算で仲良く出来る程器用じゃないしな亜季は』

「何か兄貴変なの言ってる?」

『和彦君だっけ?』

「はい」

『いつか会いたいもんだな。東京に遊びにおいで』

「いや遠くて…」

『まあまあいつかだよ。いつか必ず』

 明日明後日来いと言う訳ではないのだ。亜季の新しい友達がどんな子なのか見てみたいのと今日のお礼の代わりに東京観光させてほしいと言う。

「…いつか、お願いします」

『うん。楽しみにしてるよ。それじゃね』

 そう言って通話は切れてしまった。亜季に変わらなくて良かったのかと思い携帯電話を返す時に聞くともう話は終わっていたから構わないと言う。

「無事に着いた事とか、ちゃんと挨拶してお土産渡したのかとか」

「あぁ、お土産な。めちゃくちゃ旨かった」

「東京行ったら買いなよ」

「…来年の修学旅行の時まで覚えておくか」

 そうだ。来年には東京に修学旅行に行くのだ。お兄さんにはその時会えるかもしれない。と思ったが自由行動があるとは言え身内を修学旅行の時に案内させるのはよろしくないなと言う結論がすぐに出た。

「まあ観光案内ではなくても会うぐらいは」

 亜季と来年の修学旅行の話をしていると大きな欠伸をしたので時計を見ると日付が変わる数分前だ。明日には亜季は寮に戻るためまた午前中には移動するらしい。

「寝るか」

「うん…」

 早めに寮に戻る生徒のためにまたバスが駅に停まる。遅刻は出来ないので亜季がきちんと起きるために眠ることにした。

「おやすみ」

「おやすみ、ありがとうな」

「なんもさ」

「何て事ないとかそんな意味?」

「そう」

「俺も使おうかな」

「都会の奴には無理だよ」

「都会差別」

「ごめんごめん」

 暗闇の中、小声で話しながら夜が更ける。

 すぐ近くに好きな人の寝息が聞こえるのに感情が乱れながらも眠りについた。


「すいません送ってもらって…」

「いいのよいいのよ家駅から遠いしね」

「本当にありがとうございます」

「いいっていいって!」

 翌日母の運転で送ってもらい地元の駅に降りると亜季は何度も頭を下げていた。それに母が豪快に笑って元気良く送ってくれるようだ。

「あ、そうだ亜季」

「ん?」

「これ、親父から」

「え?お父さんから…?」

「腹減ったら食えって」

「おにぎり…?」

「親父が作った」

「…お父さん料理するの!?」

「握るだけな」

 中身は昨日の残りの唐揚げを入れたらしい。後はラップで包んだ萎んだトウモロコシ。母も作ろうとしていたが父が無言で通常の二倍はあるおにぎりを既に作っていたので止めたらしい。ちなみは父は今日は新装開店とかでパチンコ店に行っている。

「俺の父親は絶対しないのに…」

「親父腹減った時に勝手に作るだけだぞ」

「それでもだよ…ありがとう。お父さんによろしく」

「おう」

「亜季君気を付けてね」

「はい。お世話になりました」

 切符を買って改札の向こうへと行くともう一度頭を下げる。亜季はこれで一足先に寮へと戻り今度の再会は自分が寮へと戻る夏休み終了間際か。

 自分か乗るローカル線に亜季も乗り同じルートを辿って寮に戻る事は不思議な感覚だった。そんな事があるわけ無いと思っていた事がこうもあっさり起きたからだろう。

「良い子ね」

「亜季?」

「そう。手土産持って来て挨拶もしっかりして…あの子は育ちがいいんだろうなって思わせる」

「……」

「でもそれが良いご家庭とは限らないのね」

「まあ、うん…俺も直接会った事は無いけど」

「まだ十六歳。十五歳?」

「…さあ?誕生日来てるかどうか知らんな」

「あらちゃんと聞きな。お祝い出来ないでしょ」

 電車も出たし買い物をして帰ろうかと母は駅の駐車場に停めている車に向かって歩き出す。自分もその後を追いながらもう出てしまった亜季の乗った電車の痕跡でも辿るように改札の向こうを見る。

「和彦」

「ん?」

「亜季君がまた泊まりたいなら歓迎するから」

「分かった。伝えておく」

 母の言葉に何だかとても安心をした。

 車に乗り込み八月の空を見ているとお盆期間中で多くの特番があったテレビは通常の番組に戻りスイカやメロンはセールが始まっているのを母と入ったスーパーで見る。

 夏休みが終わりに向かう。


 それぞれ過ごした夏休みが開けて空っぽだったであろう寮にどんどんと活気が戻って来る。久し振りだと日焼けをしたと、夏休みの宿題を終えていないと嘆きながら来る者もおり実家に忘れ物をしたのに気付き慌てて電話をかけている声もある。

「和彦」

「お、月人」

「久し振り。どうだった?夏休み」

「んー地元の奴らと遊んだりだらけたり」

 月人はどうかと聞くと両親の提案で旅行に行く事になり急なものだから慌てて準備して大変だったと言う。

「すごいな月人の親」

「振り回されて大変だったよ」

「へー、あっ弘忠!」

「おう。久し振り」

「ちょっと焼けた?」

「甥っ子の面倒見てて…公園行ったりプール行ったりな」

「満喫してるな」

「子守りで満喫出来ねえよ」

 北海道のお土産あるぞと言うと弘忠も無言で買って来たらしいお土産を見せてくれた。

「おーお帰り」

「よう埼玉組」

「よう東京組と北の国から」

 同じ時間に帰って来た遼一と忍に挨拶すると二人ともすぐに買って来たお土産に目をつけて中身を開けようとする。

「和彦」

「亜季」

「あ!亜季!」

「お帰り皆」

「ただいま」

 亜季を見つけてすぐに忍が我先にと声をかけて自分より早く帰っていた理由を聞いていた。家庭の事情でと濁しながら伝えており忍越しに自分と目が合うとお互い夏休みを一日だけ共有した事を思い出して笑う。


 久し振りに帰って来た寮の部屋で荷物を片付けながら喉も乾いたので早めに食堂に向かおうとして扉を開けるとトイレから出て来た忍と会う。

「食堂行く?」

「行く。まだだけど喉乾いたし」

「俺も俺も」

 目的が一致して階段を降りようとした時に忍の背中を見て止まる。

 それに振り返る忍と目が合うと自然に声が出た。

「忍。俺亜季の事好きだわ」

 今話す必要があったのか。

 ただあまりにも分かりやすい忍にたいして隠すようにしていた自分が卑怯に見えてしまい打ち明けるといつも忙しく表情が変わる忍は振り返った時のまま表情を変えずに見つめていた。

「…だから」

「仮に」

「え?」

「仮にお前を亜季が選んでも恨みゃしないよ」

「……俺も同じ気持ちだよ」

 でも隙あらばいつでも略奪はするつもりだと忍は口角を上げて話す。

「…お前良い奴だよな」

「だろう?」

 愛情表現が直球過ぎて引くばかりだけど結果そうなっても変わらないままでいてくれるだろう彼は良い奴なんだ。

 本当に愛情表現が直球過ぎて忘れ物が多くて騒がしいが…きちんとそう感情を整理してくれる。

「…ちなみに二人ともフラれたら」

「止めろ馬鹿!」

 けれど暗い未来は考えたくないらしい。


 夏が終わる。

 薊学園での二学期が始まる。

 薊学園教師、新島宗一郎。

 一年生担任。二年前に赴任、担当教科は現国。

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