夏休み(東京にて)
舞台の西暦2000年。物価が今より安く消費税も5パーセントでした。何故こんな事に。
兄のアパートで過ごす事になった夏休みは穏やかなものだった。家事は分担して行い料理はお互い得意でないので買って来たり食べに行ったりとそれで済ましていた。
一人暮らし専用のアパートのため二人で過ごせば当たり前だが狭いが正直な話、じゃあ実家で広々と過ごそうかと言われればいや兄のアパートの方がいいとすぐに答えれるだろう。
「あ」
「ん?」
「友達が遊ぼうって」
「どこの子?色んな所から来てるんだろ?」
「埼玉」
「そっか、まあ会える距離だな」
「行っていい?」
「行っておいで。小遣いとは渡せないけどな」
「いいよ平気」
一応両親から毎月お小遣いは入金されていたのだ。ただ父親の「金が無くて強盗でもされたらたまらん」と言ういらない一言がついてだが、仮に小遣いが無くてもちゃんと真っ当に生きる事は出来る。なんなら小遣いを貰うのを止めて寮内でされている風呂掃除や皿洗いのバイトをする事も出来るが以外にも希望者が多くあっという間に埋まってしまった。
なので父の嫌味付き小遣いで財布の中身を埋めている。これがまだ力の無い学生の宿命か。
「亜季、ちなみにどんな子と遊ぶんだ?」
「二人いるけど…一人はしっかりしてて一人は……」
俺の事好きなんだよね。
「…一人は」
「どうした?」
「凄く、賑やかな奴」
「そうか?」
この時素直に兄に自分を好いている男がいると話すとどんな反応をされるだろうか分からず忍の事を濁して伝えるしかなかった。
不思議そうに首を傾げる兄はたいしてもまだ自分が同性愛者だと言う事実に抗いたいのか受け入れがたいのか分からず少し悲しくなる。
「亜季!」
「亜季ーー!」
「うるさ」
東京の駅で待ち合わせをしていると向こうから聞き慣れた何とも元気な男とその声のうるささに注意する男が手を振りながらやって来る。
「遼一、忍」
「悪いな電車が遅延した」
「いいよ連絡もらったし」
「すぐ連絡出来るのはいいよな」
携帯電話と言う文明の機器に感謝しながら三人で並び暑い外から逃れるために涼しいファストフード店へと入る。
「俺今日500円しかねぇよ」
「バーガー単品なら100円ぐらいだからそれにしろ」
「炭酸飲みたい…遼一、遼一様」
「黙りやがれ小僧」
「俺セット頼むから少し飲むか?」
「え!!!?」
「ひっ…」
「止めておけ亜季、こいつは今煩悩の塊だ」
「…前言撤回」
「…そんなぁ」
親切心で言ってみたが反応が異常なので撤回する。怖い。
忍は単品のバーガーと遼一と自分はセットを頼んで500円しか無いと言う哀れな忍にフライドポテトを分けてあげると喜んでいた。
「ほら、俺のコーラやるから」
「え…お前と間接キスかよ」
「蓋外して飲めよ。俺はストローで飲むから」
「遼一めちゃくちゃ面倒見てるな…」
「だろう?」
飲み物が無い忍のためにコーラを分けてあげる優しい遼一。二人に地元に帰省してからどうしていたのかと尋ねると実は遼一と忍は地元もそこまで離れておらず度々二人で遊んでいたらしい。遼一はそれ以外にも地元の友達が一人だけいるためその友達とも遊んでいたと。
「いい奴だよ。俺が男好きって言っても最初は驚いたけど態度変えなかった」
「いいよな。俺は地元の友達とは縁切りだぜ」
「そうなのか?」
「じいちゃんばあちゃんが言ったみたいでな。まあ別にいいけど」
「それで縁切るような奴は所詮そんなもんだ。大体意味が分からない」
遼一はそう言ってコーラを手に取り忍にあげた事でだいぶ少なくなっていたらしいコップの中身を吸い上げて音を立てる。
「何で縁切るような事をするか、そりゃ俺達は少数派の人間だけどその事に関して何が悪いかなんて無いだろ?」
「…世間的には男女で恋愛して子ども作って家庭を築くのが当たり前だから…それに沿わないとなると叩かれるんだよな」
「それで叩かれるならとっくに法律が出来てただろ?宗教でこれは罪って言うのはあるけど…それは目に見えない偶像にあたかも従っているようにしてるだけで結局自分を守るために排除しようとしてるだけ」
「自分を守るため?」
遼一の言葉につい首を傾げる。忍から「かわいい」と聞こえたが知らない振りをする。
「人間仲悪くても共通の敵作り出すと団結力が生まれるからな。自分がまともだ自分は味方だって思わせるために何もしてない人間を罪悪感無しに叩く」
そうして団結力が生まれて仲間意識が芽生える。孤独を嫌う人間はそうやってうまく生きていく。
「俺や忍の周りの奴らも同じだよ。俺が周りと違うと分かって世間が想像する“普通”と外れたから排除しようとした。敵にした。今まで仲良くしてた奴も俺とつるむ事で自分までおかしい目で見られると思って俺を叩く側に回って安心感を得る」
「やだね~!それが正義ならいいだろうけど俺達を裁く法律なんか無いからただのリンチ!」
二人とも自分と同じ様に迫害されていた事を何でもないような事で話している。忍に至っては心の底から馬鹿にしたような顔で笑いながら言っていた。
「俺達だって叩くと痛いのにな」
「まあな!」
「どうして自分達を俺達より上の人間だと見なすのか納得のいく理由があるなら教えてほしいわ」
「…理由、か」
宗教があれば神に背く行為だとして罪になると言うかもしれない。それでもそんな国でもだから傷付けても無罪ですとはなっていないはずだ。
この世界はこの国は何が普通なのか。
当たり前に想像される男女の恋愛、男女の結婚、男女から生まれる子ども。
それが無し得ない男性同士の恋愛、女性同士の結婚、同姓から生まれる子ども。
何も生まないのならそれはおかしいと自分達こそが正しいと免罪符のような理由を張り付けて叩く人間から隠れて生きて見つかったら味方もいない状況でひたすら自分が悪いと耐えるのが正しいのか。
嘘を吐いて生きるのが正しい世の中なのか。
「叩いていい理由が同性愛ならさ」
「うん」
「…俺達は異性愛を理由に相手を叩いても許されると思うか」
「そりゃ駄目だろ」
「だよな」
「だって叩かれたら痛いの分かるじゃん?」
「…そうなんだよな。じゃあ俺達はひたすら耐えて強くなるしかないのか」
「生きづらい~」
「むしろ堂々としてとんでもなく幸せになってやるぐらいの強く生きねば」
生きづらい。
それでも今は息が出来る。
一人で耐えていた頃よりもずっと楽に。
「ところで忍が残り400円になったわけだがどう遊ぼうか」
「やべぇ!」
「どうするか…」
「ジュース買って金かからない所でも行くか」
「どこ?」
「公園とか神社?」
「なるほどな」
お金が無いなら無いなりに楽しめる事はあるんだな。食べ終わったバーガーの包みを遼一は綺麗に折り畳み忍は丸めている。行き先は大体決まり自動販売機で大きな缶ジュースを買い無料で楽しめる場所へと遊びに行く。
時間を確認しようと携帯電話を取り出すと和彦からメールが来ており向こうは地元の友達と仲良くしているらしい。そっちは暑いだろうけど遊べる施設がたくさんあって羨ましいと言うが和彦の住む町は海沿いらしいのでこちらからすればすぐに海に行けるそっちの方が羨ましい。
お互い無い物ねだりだなとメールでは分からないのに和彦が笑っている気がする。
そうして兄に共に過ごすのに慣れた頃、日付を見ると明後日から寮が再開する日だと気付く。始業式はまだだが生徒の中にはあまり家にいたくないと言う生徒もいるためお盆が終わってから少しするとそう言う生徒のために寮を再開して帰れるようにするらしい。事前にいつ帰るかは先生が尋ねていたが予定が変わりそれより早く帰りたいなら事前に連絡すれば大丈夫らしい。
遼一と忍は夏休み終了の二、三日前に戻る予定で月人は終了前日。和彦もその予定であるらしく確か弘忠と冴木が早めに寮に帰ると言っていた。
「……兄貴」
「ん?どうした今夜のチャンネルは譲らないぞ」
「違うって…明後日から寮が再開して帰ろうと思えば帰れるんだよ。兄貴も俺が来て窮屈だし早めに戻ろうか?」
「何で?」
「何でって…だから兄貴も窮屈だろ?」
「全然。お前ちっちゃいし」
「ちっちゃくはないだろ!」
「窮屈なんて感じねえよ。いりゃいいだろ?……もしかして帰りたいか?窮屈なのはお前か?」
兄がハッとしたような顔でこちらを見て言うが違う違うと首を振りここは居心地がいいしそんな風に思っていないと言うと「それじゃいりゃいい」と自分なりに気をつかったつもりだが逆につかわれてしまったかもしれない。
それなら元々遼一達と同じタイミングで帰る予定だったのでそうさせてもらおうとした矢先。
兄のアパートに両親が来る事になった。
「だから!わざわざ来なくていいっての!」
携帯電話を握り締めて兄がそう苛立ちながら話すがどうも盆に帰らない兄を不審に思った父が女でも連れ込んでいるのかとアパートにやって来る事になったのだ。
いくらそんな事していないと言い張っても父はこちらの話を聞くような人間ではない。母は父に従う人間だし頼りにならない。
「…は?」
見せないなら仕送りを止める。
「……きたねぇ」
兄が一人暮らしを許されたのは父が進学するように行った地元の大学よりも偏差値の高い東京の大学に合格した故だ。この大学なら良いだろうとして一人暮らしのための仕送りをして暮らせていける。
そんな今の状況を壊してやろうと言う父の父しか出来ない脅迫だ。
「…いやバイトを増やせば何とかなるか…それなら仕送りを止めても生活は出来る」
そんな父に何とか抗おうする兄を見て実は彼女やそんなのじゃなくて俺がこっちにいるから帰らないだけど正直に話すとどうなるだろう。
(…とりあえずいい顔はしないな)
こんなののためにお前は盆も家に帰らないのか。
わざわざこんな親不孝を家族より優先するとはどう言うことだ。
こいつを住ませるために仕送りをしているんじゃないぞ。
(自分で想像して傷付いた)
「…兄貴、兄貴」
「ん?大丈夫だよ。お前も…いや俺がお前にあいつらに会わせるのは避けたいな。何も亜季の事分かってねえもん…そしたら亜季は…んー、ホテルかどこか」
「…いや。友達の家に行く」
「…あ!そうか…いるもんな。埼玉の子か?」
「………」
忍は無しだ。申し訳無いがとんでもなく疲れそうだ。遼一はどうか…言えば泊めてくれそうだが…。
「…あ」
和彦がいる。
「…北海道の友達に頼んでみる。そしたらそのまま寮に帰るよ」
「北海道の友達!?」
「もともと学園は北海道だし…」
そうだ。和彦がいると夏休み前に話した戯れ程度の言葉を思い出しながら困惑する兄を放って置き和彦にメールをすると突然の申し出に向こうも当たり前だが驚いているだろう。
「…わ」
そう思っていると着メロか鳴り画面には和彦の名前が出る。
「もしも…」
『何かあったか!?』
「うるさ!」
『あ、ごめん……いやでもどうした!?お兄さんの家に泊まってたんだろ!それなのに俺の家になんて何かなけりゃ何かないだろ!』
「言いたい事は分かるけど…言ってる言葉がめちゃくちゃだな」
『親にはもう言ってあるけど…何時にどこに迎えに来ればいい?』
「え?泊まっていいのか?」
『え!嘘なのか!』
「いや、本当……助かる」
『俺の地元の駅に来る?それとも空港?空港だと遠いから時間かかるかも』
「和彦の家の近くの駅教えてくれ。着く時間はまた教える」
『分かった。んじゃ待ってるな』
「うん。それじゃ」
ボタンを押して通話を切る。急にそんな事を言われてもや、自分よりも近い場所に住んでる奴がいるだろうなど断る事が出来たのにすぐに受け入れてそれどころか何かあったかなど心配をしていた。
「すごい慌ててたな…」
「だろ?」
和彦の声が大きい事もありしっかり聞こえていた兄はその様子に驚きながらも感心していた。
「…騒がしいけど良さそうな子だな」
「いい奴だよ。北海道の奴で…前髪に赤メッシュ入ってるけど怖がりでさ」
「……」
「兄貴?」
「安心した。亜季にこんないい友達がいて」
「…だろう?」
「でも大丈夫か?明日急に北海道なんて」
「…とりあえず空港に朝イチで行ってみる」
「そうだな。あ、向こうの家にお世話になるからお土産買ってけよ」
「分かってる」
「……親が来るからってこんなのしなきゃいけないのは…やるせねえな」
「いいよ。分かってもらえないって割り切ると楽だし」
「そうか…」
兄は少しだけ寂しそうな顔をした。
翌日早朝に起きて飛行機のチケットを取るために荷物を持って兄のアパートを出る。兄も眠い目をしながら見送ってくれて家族にそうされるのは温かい。
広過ぎる空港に迷いながら職員の人にも案内してもらい北海道行きの航空券を尋ねると知らなかったが北海道には多くの空港があり自分が乗ってきた空港の名前を思い出して調べてもらう。二時間待つが空席があり何とかなりそうだ。兄にメールを打ち和彦にも何時の飛行機に乗ると連絡しておく。早朝だが和彦は気付くだろうか。
「…お、早いな起きてるのか」
“わかた”
いや寝てるだろうこれ。
そうして空港でお土産店を歩きながら和彦の家に渡すお土産を買い景色を見たり空港にあるテレビを見ていると長い長い時間が過ぎてようやく飛行機に乗れる。
(一人で乗るのは入学前の寮に行く時か)
あの時とは随分気分が違う。
自分を迎え入れて来れる人がいるからだろうか。
「亜季ー!」
慣れない地域の電車に戸惑いながら結局和彦に伝えた時間よりも遅く着いてしまった。謝ろうと口を開く前に和彦が走って叫ぶ。
「無事着いて良かったー!」
自分が住んでいる地域よりも小さな駅だからか、和彦の赤メッシュは凄く目立つんだなと走って来る和彦を見て思う。
「無事だって」
「だって遅れてたし」
「メールで伝えたろ?」
「それでもだよ」
顔を見てようやく安心したのか笑ってくれる。自分も家を出てから一人で移動しようやく見知った顔を見て安心した。
「和彦、この子?」
再会を喜んでいると後ろから女性が歩いて来る。和彦に似ている、目なんかそっくりだ。きっと和彦の母親だろう。
「亜季、うちのお袋」
「初めまして和彦君と仲良くさせてもらっています。須田亜季と申します」
「あらあら初めまして」
「急な申し出にも関わらずありがとうございます…これ…つまらない物ですが」
空港で選んだお土産を渡す。数多くあるお土産の中で人気の物を選んだため間違いないとは思うが…和彦のお母さんは自分を見て驚いている。
「あの…すいません本当に急に来て」
「あ!違うの!あんまり丁寧だし都会っぽい子だから驚いてね!いや本当にしっかりした子!あんた見習いなさいよ!」
「都会の奴と田舎の俺を並べるなよ!」
「お土産もあら!美味しそう!ありがとうね!車で来てるから乗って乗って!」
失礼の無いように気を付けていたが思っていた以上に大きな反応をされた。和彦の背中を叩きながら豪快に笑う。いい、お母さんだ。
「大変だったな」
「まあ慌てたな」
「でも頼ってくれて良かった……でも他の奴らの家とかじゃなくていいのか?」
「だって言ってたじゃんか」
和彦の家に泊まればいいって。
「…それは、…俺が言ったやつじゃないし…でも、うん。まあ皆がそう言ってたしな」
「ありがとうな」
「いいえ」
「亜季君!好き嫌いある?うちお父さんが漁師なんだけどさ!お刺身とか!生魚平気?焼こうか?」
「あ、生魚食えます」
「好きか?」
「うん。好き」
「それじゃお刺身にしようか!」
「…お袋恥ずかしいんだけど」
珍しい来客なのか和彦のお母さんは元気な声で喋りそれを和彦は恥ずかしそうに聞いていた。
「こんにちは。いらっしゃい」
「初めましてお世話になります。須田亜季と申します」
「うわー。垢抜けた子だわあんた本当にこの子と仲良くしてるの?」
「してるわ!」
「さあさ入って入って」
亜季が自分の家に上がる。おかしな気分だ。
よその家に上がる時にあんな風に丁寧に挨拶などしない。お邪魔しますの一言だ。
それを思うと亜季は育ちは良いと言うか厳しくしつけられたのだろうか。
「悪いなうるさくて」
「いや?楽しいよ…お姉さんとそっくりだな和彦は」
「どこが!あんな暴君女と俺が似てるなんて!」
「聞こえてんだよ!この愚弟がよ!」
どうしてこう言う時だけは俊敏に反応するのか姉と言う者は。耳が千切れる程に引っ張られる。ピアスの穴を空けさせられる前に空ける耳が無くなってしまう。
「ほら見ろ!ほら!俺こんな乱暴じゃねえもん!」
「顔の事を言ったんだが…」
目なんかそっくりだと亜季は言う。内面の話をしていたんじゃないのか。
亜季が予定していたよりも遅く着いたためすぐに夕飯の時間となる。父も帰って来て亜季が挨拶をすると頷いて何故か頭を撫でていた。困惑する亜季を通り過ぎて本日は母が亜季のためにと気合いを入れた夕飯を作って並べた。
「わ、すご」
「亜季君たくさん食べてね」
「ありがとうございます」
「細い」
「え?」
食卓に座ると黙っていた父が亜季を見て言う。頭を撫でられたりいきなり「細い」と言われて亜季はますます困惑していた。
「体が細い。食え」
「あ、すいませ…」
父がそう言うと皿を取り好き嫌いも聞かずにどんどん食卓に並べられたおかずを盛り付けていく。
「親父、親父!」
「すいません多いです。多いです。悪いです」
「子どもは食え」
止める間もなく亜季の前に父親が盛り付けた大量のおかずが置かれた。
「…ど、どうも」
「食えないのは俺が食うから…」
「え?お父さん亜季君の勝手に盛ったの?止めてよもう…」
「ごめんね亜季君」
「い、いえ…」
呆れた顔の母と姉、無表情の父。
自分と亜季。
いつもと違う夕飯に手を合わせた。
薊学園八期生、九条利奈
白い肌に揃えた長い黒髪から日本人形を思わせる美人な二年の女子生徒。生徒会に所属しており一見真面目そうで大和撫子な印象を持たれる。身長150センチ前半。やや痩せ型。誕生日2月25日。




