夏休み
着メロは電話がきた時に鳴る音楽。歌は流れないです。
終業式では皆が帰る場所がバラバラなため先生は何度も危ない事をするな。宿題はしっかりとやれ。死ぬなと繰り返し言っていた。全校生徒を一斉に帰す訳ではなく、先に三年生を次に二年生を最後に一年生を帰すようになっている。三年生と二年生がいない静かな寮では帰省の準備がされている。
荷物をまとめて忘れ物が無いか確認をし、帰る前にしっかり部屋を掃除するようにと言われ普段は部屋の中まで見ない先生がしっかりと確認していた。
「忘れ物あっても届ける事は出来ないからな」
駅に送るまでのバスを前にそう聞かされる。そう聞かされた自分達はもう一度荷物の中身を確認した。
「…先生!充電器忘れました!」
「早く取りに行け!」
「先生!俺も!」
「私も!」
「最後に言って良かった…」
呆れながらも忘れ物を見つけて走っていく生徒にちゃんと忘れ物に気付いたのは良い事だと自分に言い聞かせるように頷いている。
「一年生の皆」
忘れ物を取りに行っている生徒を待つ間に西野先生がやって来る。それに新島先生があからさまに表情が明るくなりそして格好つけているのか次に真剣な顔をして見せた。西野先生は自分達を見てるので気付いていない。
「夏休み中怪我が無いように気をつけてね。海やプールに行く子もいるだろうけど準備運動をしっかりするように」
準備運動を怠ると溺れる可能性が高くなるからと西野先生はいつもの優しい笑顔で注意する。
「それから外に出る時は水分補給を忘れないように日射びょ…じゃなくて熱中症は怖いからね」
「西野先生の言う通りだぞ」
お前ら自分の身は自分で守るようにしろと新島先生が何故か締める。
「急にすいませんね。一年生には必ず伝えてるので」
「いえいえ素晴らしいです。さすが西野先生…生徒の事を第一に考えるその姿勢は私も頭が下がります」
分かりやすく良い印象を持たれようと西野先生を持ち上げに持ち上げている。そんな新島先生をどう思っているのか西野先生は自分達に向ける時と変わらない笑顔で新島先生の相手をしている。読めないな。どう思っているか。
「戻りましたー!」
「はい!それじゃ全員乗れ乗れ!」
「新島先生さよならー!」
「元気でなー」
「また二学期でー!」
「そうだな二学期でなー」
次々と同級生がバスに乗り込む中でふと気になり先生に尋ねる。
「先生も帰るの?」
「帰るよ。そりゃ」
「実家に?」
「うんにゃ。先生は薊学園から少し離れたところのアパートに住んでるから」
「帰省したりは」
「あんま言うのはあれだが…先生親から勘当されてるからな」
「え」
「お前らは大丈夫だろうけどな。ほら帰って家族に顔見せな」
背中を押されてバスへと乗り込む。全員が乗り込んだのを確認してバスが動き出すと先生は姿が見えなくなるまで手を振っていた。
これから先生は誰もいなくなった学校から寮から今の自分が住んでいる場所に帰って行くのだろう。新島先生は家族には勘当されたと言っているので一人暮らしだろうか。
中学の頃は先生と言う者は、いや大人と言う者は当たり前に結婚していると思っていた。独身だと聞くとどうしてだろうと首を傾げる同級生だっているのだ。
ただここでは、珍しくないのかもしれない。
「…新島先生と西野先生どうにかなんねえかな」
「西野先生がどう思ってるか次第だな」
「西野先生ニコニコしてるけどそれだけで何の感情も見えねえよ」
「人を寄せ付けるようで寄せ付けない笑顔だな」
隣に座る亜季とそう話す。
「亜季はこれから駅に着いたら」
「俺らと一緒に空港だよ」
「出たな関東…首都圏組め!」
「何でそんな目の敵に…」
時間がかかって仕方ないたため息を吐く遼一に亜季と一緒だからか楽しそうな忍。携帯電話で何かひたすら打ち込んでいる弘忠。同じく携帯電話を操作する月人。
「飛行機怖くねえ?」
「平気平気」
「和彦ちゃん怖いんでちゅか?」
「…忍だけ乗り遅れる呪いをかけてやる」
「止めろ!そしたら親にめちゃくちゃ怒られるんだよ!飛行機代を無駄してーって!」
「歩きで帰れ」
「歩けるか!海も山も越えなきゃだろ!そしたら!」
忍をからかうのもしばらくお預けだ。同時に忍は亜季と同じく関東の人間なので会おうと思えば会えるらしい。埼玉と東京ってそんなに近いのだろうか。県境を越えるのはそんな簡単に出来るのか容易なのか。
「…亜季、俺さ」
亜季にしばらく会えなくなるなと思い話しかけようとすると誰かの着メロが鳴る。音の発信源は弘忠からで慌てて携帯電話を握り直し通話ボタンを押すと手を口に当てて小声で話し始める。
「もしもし…うん。今バスの中…そう」
聞かれたくないのか周囲を見ながら聞こえるか聞こえないぐらいの声量で体を極限まで小さくしながら話している。
「飛行機に乗って…着くの?夕方だよ…待たなくていい……遅いから……うん、待っててくれ」
途切れ途切れに聞こえた声は最後に弘忠の声が今まで聞いた事が無い優しい声だった。通話を終えると何も聞かれたくありませんと言わんばかりに弘忠は携帯電話を鞄に仕舞い窓を見た。
「誰から?」
その聞かれたくありませんの弘忠に純粋な目を向けて月人が尋ねる。自分達も興味ありませんの振りをしながら聞き耳を立てておく。
「何かすごい優しい声で話してたね」
「弟」
「弟いるんだ」
「そうだよ」
「お兄ちゃんが帰って来るの楽しみなんだねえ」
「月人は」
「ん?」
「野崎先輩からのメール。随分情熱的だな“愛してる”なんて」
窓に顔を向けていた弘忠が視線だけ月人に向けて笑いながらそう話すと月人は固まり固まった後に顔を一気に赤くした。
「ひ、人のメール見ないでよ」
「失礼、ついな」
「野崎先輩さすがだな。ハーフは違うな」
一気に月人に話題が移る。野崎先輩からの直球なメールについて聞かれておりいつの間にか北条と冴木も参加していた。北条に至っては野崎先輩のその直球な愛の言葉に手を合わせて喜んでいた。
「超素敵!やっぱりそう言う気持ちはストレートに言うのが効くわ!」
「日本人は照れて回りくどい言い方ばかりだしね」
「先輩だって日本人なのに…」
「やっぱり海外の血だよ」
多分こうして自分達の見えない所で野崎先輩と二人きりになり先輩の直球な言動にいつも柔和な笑みを浮かべて自分のペースを崩す事の無い月人は振り回されているのかもしれない。
(これから)
これから先、もしかたしらまた誰かと誰かがそう言う関係になり自分達が見ている同級生の顔と恋愛をする顔になるのだろうか。もしそうなって変わるような事があれば自分はどうなるだろう。
浮かれるだろうか、天にも昇る思いになりながら何もかも恋愛を優先するように変わるのか。それとも今と殆ど変わらないままに、上手く切り替えながら日々を送る事は出来るだろうか。
そうして亜季はどうなるのだろうか。
彼も恋をすると変わるのだろうか。
「和彦」
「ん?」
「休みの間メールしても?」
「電話もいいぞ」
「通話料すごい事になりそうだから止めておく」
「それもそうか」
「でも話したい時は電話してくれ。俺も話したくなったら電話する」
「……分かった」
バスが停車して駅に降りる。
ここからは首都圏組は空港に向かい自分は地元の駅まで電車に揺られるのだ。
「それじゃ元気でな」
「そっちもな」
手を振り別れる。
学園から先生がそうしたように姿が見えなくなるまでずっと。
北海道から東京まで飛行機に乗り兄が住む町の最寄り駅まで電車に乗る。道中では主に忍がうるさ、いや元気に話しかけていたため想定よりも疲れていた。
自分を好いてくれるのは嬉しいがああも元気だとこちらの身が持たない。再三遼一にも言われているのに自分を見かければ明るい顔をしてやって来るのだ。
(犬みたいだな)
尻尾を振って元気よく走って来る犬。
そう言ったら怒るだろうか。
(まあ犬だと思うと多少はかわいいかもしれないが…)
ただ自分の好みはそんな風に駆け寄ってこちらの体力を削るようなものではなく。静かに寄り添ってくれるような安らぐ、けどかわいい人。
「亜季」
「…兄貴」
「久し振りだな。…痩せたか?」
「痩せてないよ。多分」
目的の駅に着くと約半年ぶりに会う兄が迎えに来てくれていた。手に持っていた荷物をごく自然に持ってくれて自分もそれに甘えさせてもらう。
東京の空港に着いた時から思ったがここは暑い。北海道がどれだけ涼しい環境だったかを実感する。
「アパートに行く前に飯食ってこう。何か食べたいのあるか?」
「何でもいい」
「何でもいいが困るんだよな。それじゃあそこに見えるラーメン屋でいいか?」
「いいよ」
兄といると安心する。父親の前ではどこか緊張してしまうし母は困った顔をしてばかりで正直頼りにならない。
その点兄は緊張もしないしそのままでいられる。母のように相談をしてもただ困るばかりではなくきちんと一緒に悩んでくれるのだ。そんな兄だからきっと大学でも友達は多くて実家に帰らないのならたくさん遊ぶ事が出来るはずなのに、兄は自分のために時間を使ってくれている。
ラーメン屋に入り店員の元気な声で席に案内をされるとメニュー表を渡して先に選ぶように言われた。
「どう?高校生活」
「結構楽しいよ」
「寮での生活は?窮屈か?」
「そうでもない。自由にさせてもらってるし」
「そうか……友達は出来たか?」
「出来たよ」
その言葉に兄は笑う。
「…めっちゃ笑うな」
「だってそりゃ…良かった事だからな」
「そうか?」
「心配してたし…親父もお袋もどうかしてる。亜季の親なのに何も分かってない」
「……」
「お前がそうなのは悪い事じゃない。法に触れる訳が無い。それなのに突き放すのは…結局亜季の事じゃなくて自分の体裁を考えてるからだろうな」
「それは…嫌だけど分かる…」
「だからそんな奴らの事を理解しようとしなくてもいい。無理に分かってもらおうとすると傷付くかもしれない。亜季は今友達がいるんだろ?」
「いる」
「周りに自分を理解してくれる奴をたくさん作りな。そうしたら理解してくれないあいつらの事なんてどうでもよくなる」
「…そうかもしれないけど…なあ兄貴」
「ん?」
「兄貴は俺を…弟がこんなんで兄貴まで周りから変な目で見られたら俺は耐えられない…」
「馬鹿言えそんな事考えるな」
「…だけど」
「それで俺がお前を切り捨てるような真似なんて、そんなの考えた事も無い。お前は俺がそんな薄情な兄に見えるか?」
「…見えない」
「分かってるじゃねえか」
改めておかえり、亜季。
おかえりと家に帰ると母が出迎えてくれる。大型連休以来だなと思い出し変わらない家の中には自分の好物が並べられた食卓がある。
「おかえり和彦」
姉も手を上げて帰って来た事を歓迎する。父も無言でこちらを見て頷いた。
「さあさ食べて食べて」
「あんた背伸びた?」
食卓に急ぐようにする母と頭を掴んでそれで伸びたかどうか確認出来るのか意味不明な事をする姉。
メールしかみていないが亜季のお兄さんは少なくとも亜季にはそんな事をしないんだろう。弟の頭を鷲掴みなど。
「ところであんた彼氏出来た?」
「…出来てません」
「出来たら教えなさいよ」
「はい…お姉さま」
きちんと教えるので頭を揺らさないで下さい。
「お久し振りー!」
「久し振り」
「ええ…?」
帰省の楽しみの。地元の友達との再会では卓也がバイクに乗りその後ろに廉が乗りながらバイクのエンジン音を響かせながらやって来た。
「免許取ったのか?」
「取った!」
「バイクも買ったのか」
「親父に借金して買った!!」
「すごいなお前…」
そんな明るい顔で言う事では無いと思うが…。
後ろに乗っていた廉が降りて顔を合わせる。何もお変わりは無いようで。
「廉久し振り。どうよ進学校、相変わらずつまんない?」
「つまらん」
「変わんないんだな…」
「お前がいるなら薊学園に転校するのもありかもな」
「入学資格満たしてねえだろ」
「お友達枠とかさ」
「無い無い」
「…前の帰省より楽しそうにしてるみたいだな」
「まあな」
卓也のバイクを見せてもらいながら地元の店に入りゲームセンターに行き会えなかった時間を存分に楽しむ。
卓也は高校を辞めた後順調に社会人として頑張っているらしく店に入ると自分達と違い稼いでいる余裕を見せてきた。奢れと冗談で言ってみると財布から自分達が持っていない金額を見せて「奢ってやろう」と快く言って来るのでその金は仕舞うようにと戻させる。
廉は進学校であった僅かな面白い事を話してくれる。自分を敵視している同級生に筆箱や教科書を隠されてしまいどうしたのかと聞くと犯人である同級生にシャープペンを貸してくれ。教科書が無くなったから貸してくれと詰め寄ったらしい。そしてその度に「ありがとう。優しいな」と圧をかけていると次第に嫌がらせは無くなったらしい。
「…強」
「まあ廉だしな」
「確かにな」
「別に俺は何かした訳じゃないからな」
下らない事してる時間があるなら努力をしろと廉は嫌がらせであったはずの出来事を「面白い事」として話していた。
「和彦はどう?」
「ん?」
「彼氏出来た?」
「姉ちゃんと同じことを聞いてくる…まだだよ」
「まあ出来てら報告しなよ」
「そうそう」
「二人こそ」
「廉は夏休み入る前に三回告白されたと、どこがいいのかこんな無表情」
「知らん」
「んー…」
無表情がクールの印象に見えるのかもしれないな。
そうは思っても絶対に言ってやらないけど。
そうして夏休みを実家で過ごし何か面白い事があれば亜季にメールをしたり、亜季もお兄さんと一緒に東京で過ごしているのをメールで送ってくれて都会の風景を想像しながら彼が楽しく過ごしている事に安堵する。
メールが無い日や返信が無い時は無駄にセンターに問い合わせを行い来ていれば顔が緩み、来ていなければ「まあ、忙しいんだろう」と思い平静を装う。
それでもふと、同じ首都圏の、関東の同級生と楽しく遊んでいるのではないか。忍に誘われているのではないかと姿が見えないだけに悪い…いや同級生と遊ぶのは悪い事ではないだろうと考えを巡らせているとメールが届いているのに気付く。
(亜季だ)
何だろう。さて今日は何をしただとか東京の最高気温は何度だとかの報告メールかと思ったがその内容にひっくり返る。
「は!!?」
ひっくり返って声も出た。
「うるさい!カズ!」
姉にも怒られた。
“一日だけ和彦の家に泊めてもらえないか?”
亜季からのメールの内容はこうだった。
薊学園八期生、甲斐佐代子
二年生の女子生徒。金髪に染めてさらにパーマをかけピアスも空けている服装違反常習者。違反なのは重々承知だが成績優秀のため一部の先生からは黙認されてる。美容師志望で前髪のカットぐらいなら彼女にお願いする同級生もいる。
身長150センチ後半。普通体型。
誕生日11月5日。




