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バランスゲーム

 話の舞台の西暦2000年は現在のように夏に三十度を越えるような事は稀でした。

 中学にもあった生徒会に一年生も加わる事になった。とは言え生徒会に入ったからとは言え何か特別な扱いをしてくれる訳でもないため積極的になりだがる同級生はいなかった。

 そこで白羽の矢が立ったのは学級委員長の候補として先生に指名された遼一と冴木だった。二人は勿論断ろうとしたが以前学級委員長から退いた二人は今度は断れずに仕方無して言った様子で加入した。

「生徒会って何するんだろ?」

「そりゃ生徒をまとめて牛耳るんだよ」

「どこの学校だよ。生徒に支配される学校があるかよ」

「まあ頑張って」

 生徒会に加入した二人の同級生は顔合わせのために二年と三年の選ばれし者が集う生徒会室へと向かった。

「生徒会室専用の教室があるんだな」

 学校委員長の弘忠が携帯電話を片手にしながらそう呟く。

「教室が余ってるからそう言う部屋も作れるんだって」

「へー…」

 いつも一緒にいる冴木がいなくなり寂しいのではないかと思っていた北条は以外にも平気そうで亜季と一緒に北条お勧めの少女漫画を読んでいた。

「…亜季すっかりはまったな」

「いや…面白いわ」

「でしょ?」

「何か…同じシーン描いてるのに少年漫画で描いてるのと少女漫画で描いてるのもんが違うのも面白い」

「え?そんなの気にした事無かった」

「女キャラの体型が違う」

「体型?」

「少年漫画はこう」

 亜季が手でまるで瓢箪のようなシルエットを作ら。これが少年漫画の女キャラ。

「でも少女漫画は違う。現実にある体型」

「あー…言われて見れば確かに」

「視点が違うからね」

「少女漫画の男は細い」

「そうだね。少年漫画はごついと言うか」

 どちらも異性にたいしてこれが理想だと思って描いてる部分があるかもしれない。だから男からすればこんな男はいないし女からしてみればこんな女は存在しないて言う視点の違いからこんな感想も出てくるらしい。

 自分は話の流れやキャラクターの言動ばかり見ていて日常の些細な描写などは気にしてなどいなかった。

「あとあれ」

「ん?」

「少年漫画のお風呂のシーン」

「風呂?」

「髪の長いキャラが結ばないでそのまま入ってる」

「え?変か?」

「お湯に髪つけるのは駄目だよ。不潔だもん」

「でも入る前に洗ってんじゃん?」

「ダメダメ髪が痛んじゃう」

「全然知らなかった…」

 自分も確かに知らなかった。

 風呂では髪を結ぶのか。それは女子に生まれて来なければ分からない常識なのではと思っていると風呂の言葉に亜季と入った時の事を思い出して必死に頭の中からその映像を消す。

(亜季は友達亜季は友達)

 雑念を消すために他の事を考えようとして北条の持って来た漫画を読ませてもらう。友達関係にあった男女が恋愛へと変わっていく様だった。これは駄目だろ。

「…そんな面白いか?」

 携帯電話を手にしていた弘忠が怪訝な表情で尋ねてきた。

「何が?」

「漫画、さっきから百面相してるぞ」

「うん…漫画、面白い」

「…そうか?」

「弘忠…」

「何?」

「弘忠よく携帯いじってるけど…何してんの?」

「何って…」

 飾りっけの無いストラップもシンプルな物を一つだけ付けており携帯電話は便利だがメールと電話、それ以外に何かやろうと思えば出来るが金がかかる。長時間手にして何をしているのか。そんなに細かく連絡を取り合うような相手がいるのか。

「…色々とだよ」

「でも見てる割には操作しないよな」

「これは返した方がいいとか返さない方がいいとか見極めてるからな」

「返した方がいいってのは…もしかして好い人?」

「な、わけないだろうが」

「ん?」

 何か今動揺したように感じた。それを北条も敏感に感じ取り漫画を置いて弘忠に詰め寄る。

「お兄さん今動揺したね?」

「してない」

「もしかして好い人がいるのかい?」

「いない!」

「おやおやそんな必死になって…」

「何なんだよお前らは…」

 北条と一緒になり弘忠に尋問するとそれから逃れるようにして立ち上がり携帯電話をポケットに入れて教室から出ていってしまった。

 どうやら何か隠しているようだ。しかしあの様子ではきっと口を割らないだろう。

「携帯電話見たら分かるよね」

「そうだよな。ラブラブメール送ったり」

「携帯の充電パックの蓋の裏にプリ貼ったりさ」

「何それ?」

「知らないの?携帯の充電パックの蓋外れるでしょ?その蓋の裏にプリ貼るのがいいのよ」

「何で裏に?」

「だって見られる所に貼るの恥ずかしいじゃん?」

 そしたら弘忠の携帯電話を借りて充電パックの蓋を外せばもしかすると…と北条と悪巧みをしていると漫画を読んでいた亜季が呆れた声で止めて来る。

「止めな。プライベートな部分に入るの」

「えー?」

「でも亜季は気にならねぇ?」

「気にはなるけど…だからって相手の事を無視して暴くのは駄目」

「…優しいな亜季は」

 気にはねるけど相手の意思を尊重せよ。色々と周りが気になる年齢だとは思うがきちんと相手の事を考えれる一面を見て見直した。

「何読んでんのー!」

 そう亜季を見直していると授業中に居眠りをして呼び出しを受けていた忍が帰って来る。早速亜季の側に座り共通の話題を得ようと北条に聞いて亜季が読んでいる漫画に目を通した。

「……」

 その姿に少し苛つきながらも自分も北条に許可を得て漫画を読む事にした。僅かに浮かんだ苛つきがただの勘違いだと思い込むように。

 その後漫画の感想で忍と北条が盛り上がっていたため亜季の側にいた事などどうでも良くなってしまった。


「それじゃ一年生の皆さんよろしくね」

 新しく生徒会に迎えられて拍手を受ける。今後はより良い学校生活のために生徒の意見を聞きながら企画や運営などをしていくとか。

 中学の頃も生徒会などに属していなかったためさてどうしたものかと思いながら話を聞く。同じ生徒会になった冴木は中学の頃は生徒会に入っていた経験もあるらしく何かあれば頼りにしよう。

「それじゃあ今後についてだけど」

 一学期は後は特別な行事は無いが夏休みに入る前に夜に花火大会をするらしい。夕飯も食べ終えて真っ暗になったら集まって花火をして騒いで終わりらしい。

 夏休みが明けると文化祭や体育祭と行事が立て続けにやって来る。生徒会も運営するために忙しくなるから覚悟した方がいいとの事。

「まずは気楽な花火大会からだね。買い出しは一年生に毎年お願してるからお願いね」

 生徒会長の駒井先輩から言われその時が来たら行って貰うとなり後は同じ生徒会の先輩達と挨拶をして終わりになった。各々生徒会室から出ると駒井先輩の腕におかっぱの髪の女子の先輩が絡み付いて駒井生徒会長は蕩けたような表情をしていた。

「……」

「すごいでしょう」

 それをつい冴木と見ていると後ろから二年生の書記係の先輩。九条利奈先輩が無表情で後ろに立ち声をかける。

「…は、はあ」

 どうもこの人は美人であるのは分かるんだが古い家にありそうな日本人形を思わせる長い黒髪に白い肌が不気味な雰囲気も思わせる。

「利奈。驚いてるぞ」

「それは驚くでしょうね。何せ生徒会長のあんなデレデレしかお顔を見たら」

「お前が後ろから急に話しかけたのに驚いてるんだよ」

「あらやだ」

 同じ二年生の先輩の野木原先輩が何に驚いたか訂正をしてくれる。確かに驚いたのはそっちの方だ。

「でも生徒会長のお顔にも驚いたでしょう?」

「まあ…はい」

「卒業したら一緒に住むんだって」

「え?」

「いいわよね。幸せで」

「でも毎度生徒会室の前で待ち伏せするのはなあ」

「好きにさせろよ。別に仕事に支障が出るわけじゃないしな」

 自分達も早く帰ろうと扉を開けて先輩方は出ていった。好き合っているのは分かるが卒業をしたら一緒に住むなどそこまで考えているのに驚きだ。

「いいもんだな」

「社会人になっても続けばいいね」

「…学生の時とは勝手が違うだろうしな…知らないが」

「ずっと変わらないのもどうかと思うがね」

「学生の頃の時と社会人になった時、良いとこ取りして大人になる事は出来ないかね」

「そりゃ難しいだろうね」

「まあそうだな……とりあえず花火か…」

「どれぐらい必要なのかね」

 全校生徒が大体百人と少しだから量はそれなりになるだろうな。今はともかくまだ学生の身であるから目の前にある楽しいだけを待つことにしよう。


 夏休みを前に花火大会がある。

 大会とは言っても打ち上げ花火が上がるなどそんな大きなものでは勿論無い。全校生徒で夜に花火をして騒いでスイカ割りでもして楽しむ時間だと言う。

「夏か…」

「思ったけどさ」

「ん?」

 遼一から花火大会の事を聞いて夏が来るのを感じていたが忍の言葉に首を傾げる。

「夏目前にしては暑くないよな」

「衣替えは来週なのに…確かに」

「雪降る地域だとやっぱり気温が違うんだな」

 北海道にやって来た同級生は頷きながらそう話す。そもそもここに来た時も三月の下旬であったが寒いと言って驚いていた同級生もいた。

 自分にはこれが当たり前で四月になっても桜は咲かない。四月が終わりかけた頃に咲き始めているのが当たり前でありテレビの桜前線はいつも東京の有名な地を映しており現実味が無かったが、遠方から来た彼等にとってはこっちの方が現実味が無いらしい。

「このままだと夏も涼しいんだろうな」

「お盆は帰るけどギリギリまでいようかな」

「都会は暑いのか?」

「三十度越える日もあるな」

「死ぬわそんなの」

 今まで三十度を越える日など体感した事が無い自分には青ざめる程に酷暑だ。修学旅行の時期が秋で良かった。夏のそんな高温があるかもしれない都会に行くなんて燃えてしまう。そう思っていると遼一が当たり前のように尋ねる。

「亜季はそんな暑いのにお盆帰るのか?」

「……どうしようかな」

「でも、寮は閉まるだろ?」

「亜季!俺の家に来なよ!」

「止めておけ亜季」

「そうだよ亜季」

「それなら和彦の家にでも泊まれば?」

「は?」

 携帯電話を見つめながら弘忠はそう話した。

 誰が?亜季が?誰の家に?俺の家に亜季が?

「駄目に決まってるだろう!」

 それに忍がすかさず反応する。いきなり立たないで欲しい。テーブルに置いた麦茶が揺れて溢れてしまう。

「いや、え?亜季はいいのか?」

「誰も泊まるとは言ってないだろ」

「あ、だよな」

 何で決定したように進んでいたのだろう。そうだ当たり前だ。亜季がわざわざ自分の地元に来て自分の家に泊まるなど彼には彼の家がある。家に帰って家族と一緒に。

「あ」

「ん?」

「いや…うん。何でもない」

 そうだ亜季は両親とはうまく行っていないのだ。

「それじゃあ家に帰るのか…」

「…まあ」

「亜季の家って神奈川だっけ?」

「そう。神奈川」

「行こうと思えば行けるな、それなら遊びに行っても…亜季の親にも挨拶して」

「亜季」

 忍の言葉を遮り亜季を呼ぶ。皆がこちらを向いたがここからの言葉を用意していない。どうしよう。

「…和彦」

「ん?」

「北条に借りた漫画返したいんだけど、運ぶの手伝ってくれないか」

「…そう、そうだな。うん」

 北条今漫画返していいかとテレビを見ていた彼女に聞くと「読み終わったならいいよ」と返してくれる。そうしてあまりにも不自然に話を遮り亜季を連れ出して彼の部屋に向かう。

 五階に向かう階段を上がる時は無言だった。途中で先輩達がタオルと着替えを持ちながら降りて来るのに挨拶をして段々と毎日の乗り降りでなれて来た五階の到着。亜季はズボンのポケットから鍵を取り出して扉を開ける。

「あ、これだな」

「うん。面白かったな」

「だろ?」

「主人公がさ」

 人生で初めて読んだと言う少女漫画を前にして亜季は語る。

「主人公が強いなって思ったんだ」

「強い?」

「家族がいなくても現状の寂しさを隠して明るく振る舞って…それに周りが惹かれていってる」

「あー、そうだな。大変なはずなのに…」

「そうして誰かに選ばれる」

「選ばれるな」

「そっから先は描かれないけどきっと幸せになるんだろうな」

「だろうな…」

「ここに来たばっかりの頃ならこれ読んでも周りにちゃんと大事にしてくれる友達やら恋人やらいるじゃねぇかって苛ついたと思う」

 来たばかりの頃。まだ交流もろくにしていなくて一人になろうとしていた亜季だ。

「今は違うんだな」

「まあ何とか…素直に受け止めれてる」

 それはきっと良いことなのだろう。

 亜季の背中に手を当ててそこからお互いの体温を感じ彼が普段眠っているベッドに並んで座ると男二人の重みにベッドが音を立てる。

「悪いな和彦」

「ん?」

「家の事聞かれて話遮ってくれたろ」

「忍も別に悪気がある訳じゃ無いだろうし。むしろ」

色々知りたいから聞くんだろうな」

 亜季の表情が強ばった事に忍は周りは気付いていただろうか。

「…しかしなあ…どうしよう」

「家に帰るかどうか?」

「帰ってもな…話も出来ないし話もされないだろうし」

「お兄さんと過ごすのは?東京で一人暮らししてるんだろ?」

「…うん。そう言ってくれてる」

「でも悪い気もするな」

「何でさ」

 弟を気遣いそんな事を言ってくれてるなんて素晴らしいじゃないか。自分も弟の身だが使いっぱしりをさせられたり赤メッシュに止まらずその髪に似合うようにピアスの穴まで開けられそうになったのに。

「甘えた方が喜ぶと思うぜ?」

「そうか?」

「悪い気がするとか言って気遣って結果傷付いたら……嫌じゃん?折角手差しのべてくれてるのに」

 亜季の前に手をそうして差し出すとしばらく見つめた後に自分の手に自分の手を重ねてくれて少し表情は明るくなっていた。

 甘えた方がいいのだ。散々嫌な目にあってきたのだからこれからの人生は少しでもそうして甘えて誰かが手を差し伸べてくれている。側にいるのを実感した方が幸福だ。

「……お前の家にも行こうかな」

「……ん?」

「和彦の家にも行こうかな」

「…ん?ん?ん~?」

 重ねた手をそのままにして亜季が言う。何を言っているのかあれは弘忠の冗談ではないかと口に出そうとしたが上手く声に出せずに魚のようにただ口をパクパクとしてしまった。

「…冗談だよ」

 自分がただ混乱していると亜季はまるで悪戯が成功したように笑って重ねた手を叩いて離す。

「…からかうなよ!」

「ごめんごめん」

 亜季が笑う。

 その笑顔を見てやっぱり彼は自分の友達だ。彼も自分の事を友達だと思っている。でなければこんな風に笑い合ったりしないだろう。

 月人がきっと今もそうしているように野崎先輩に向けている顔。

 中條先輩が円城寺先輩に見る時の目。

 相手に好意を抱いた感情を含めて向けるそれを自分には亜季から感じ取る事が出来なかった。

(良いこと、だよな?)

 その自分の中の困惑しながら出した答えとは裏腹に友達から恋人へと関係が変わる少女漫画にあった展開を自分は心の奥底で期待しているのだろうか。

 あぁでもそうだと自分の感情を素直に受け止めながら亜季がそれに戸惑い困惑して関係性が崩れたらきっと自分は立ち直る事が出来ないんだな。


 恋は、罪悪ですよ。


 文豪が残したこの言葉が、きっと意味は違うのだろうけど今の自分へと深く深く突き刺さる。

 薊学園八期生、円城寺輝(えんじょうじ こう)

 美術部所属で不思議な雰囲気を纏う二年生。髪を切るのを面倒くさがり後ろで結っている。同じ二年生の中條夕夜とは恋人同士。九州出身。

 身長160センチ前半、やや痩せ型。誕生日6月25日。

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