芽生え
大浴場は熱めに設定。月に一度入浴材を箱ごと入れて楽しんでいる。
どういう経緯でそうなったかと聞くと野崎先輩の描いた絵に惹かれて入部して過去に両親に連れられて美術館に行った経験などから話が弾み仲を深めたと。
それが段々と熱を帯びるようになって野崎先輩から告白をされたのが最近の事らしい。月人も物腰柔らかな野崎先輩の人柄と絵に対する真剣な目に惹かれていたと言う。
尋問よろしく自分達に囲まれて質問されて顔を隠しながら答えている月人に「そろそろ止めておけ」と助け船を出す。
「しかしまさかな…」
「あー…恥ずかしい」
「おめでたいことじゃん?」
「赤飯炊く?」
忍の遼一がニヤつきながら月人に話す。この二人からかう時やふざける時は結託するんだよな。
同級生に友達に恋人が出来たと言う事実に他の同級生も自分も早く彼氏が欲しい彼女が欲しいと色めき立っている。
確かにこう言っては何だがこの学園の外に出ればこんな風におおっぴらに自分達の恋愛について言う事が憚れるのが今だ。それなら今しかない時間で甘い思い出の一つや二つ作りたいものだ。
「お前らって好きなタイプとかあんの?」
そこでふと気になった恋人の好みを尋ねる。忍は除外しておく。もう分かってるから。
遼一は考えるようにして黙り込みその後苦い顔になりながら絞り出すように答える。
「…誠実な奴」
「何かあったんか?お前…」
何かないとそんな風に苦い顔をしないだろうと思いながら尋ねると彼は首を振ってそれっきり黙ってしまった。本当に何があったのだろうか。過去に浮気でもされたのか。
「弘忠は?」
「……」
「弘忠?」
「……」
「委員長」
「止めろその呼び方」
「委員長、好きなタイプ何?」
携帯電話を見つめて自分は話に参加しませんよと言わんばかりな雰囲気を出していたがそうはいかない。遼一は頭を抱えてしまったし弘忠には教えてもらおう。
「何でそんなの教えなきゃいけないんだよ」
「まあまあ」
「委員長が好み教えてくれたら恋人作りに協力するぜ?」
「そうそう」
「で?どう?どう?」
「知らん。教えん。この話は終わりだ」
逃げた。教えたくない理由でもあるのかと怪しむがこれ以上踏み込むなと言わんばかりの雰囲気を出してくるので渋々止める事にした。
「俺には聞かないのか?」
「忍は聞かなくても分かる」
「いや聞けよ」
「やだよ」
「何でわざわざ聞くんだよ…」
頭を抱えていた遼一が復活して忍を止めた。いつもうまい具合に忍の世話を焼いて止めてくれて本当に助かる。いずれ遼一に誠実で素敵な恋人が訪れるように祈ろう。
まだ学園に来て半年もしていない自分達には分からないがこの学園に来てカップルになった先輩達はきっとたくさんいるのだろう。
野崎先輩と月人。中條先輩と円城寺先輩、それにサッカー部の先輩、野木原先輩もあの先輩を迎えに来ていた男子の先輩とそう言う仲かもしれない。忍はきっとそうだとかもしだす雰囲気が恋人のそれだと語るが野木原先輩本人からは聞かされていない。
色恋が気になる我等は若き十六歳。誕生日が来ていなければ十五歳。一体一人の人間を選ぶのにどんなドラマがあったのか。
「普通に告白して終わりだろ」
「夢がねぇな…」
「現実はそんな紆余曲折して苦労の末結ばれるなんて無いだろ」
「俺は夢を見たいんだよ」
亜季はそう言うものに夢を見ないのか。自分は姉の影響もあり恋愛ドラマや話し相手になるために少女漫画を読まされていた事もあったため恋愛にはそれなりに夢や希望がある方だが。
「何読んでんだ…?」
「北条から借りた」
「…少女漫画?」
「何かめちゃくちゃ流行ってるやつ。多分その内映画になるわ」
「分かるー。実写になったら絶対見る」
今読んでいる少女漫画の持ち主、北条がごく自然に会話に入ってくる。
「いつの間にそんな仲に」
「部活無い日に夕飯まで食堂でだらだらしてんだけど」
「あたしが買って来た漫画に反応してね」
「姉ちゃんが買ってたけどこっち来てから続きが読めないでいたからさ」
「貸してあげたの」
「そうか…ふーん」
「亜季も読む?」
「いや…いい」
「面白いぞ?」
「そんな半端な巻から見ても…話分からねぇし」
「あたし一巻から持ってるから貸せるよ」
「読んでみろよ…地方から上京した女の子の恋に…夢に…」
「二人の男の間で揺れ動く恋心…」
「現れたライバル…涙する主人公」
本当に面白いから見てみろ読んでみろよと進めるが亜季は厳しい顔のまま頷きはしなかった。男だから少女漫画は読めないそんな感じだろうか。確かに自分も姉に頼まれて本屋におつかいに行った時は少女漫画コーナーに立つ居たたまれなさに怪しい動きで素早く会計をした。
その内本屋に行かなくても注文すれば家に届いたりと堂々と買える時代は来ないだろうか。
「亜季は漫画とか読まねぇの?」
「親がさ」
「あ、禁止してた感じ?」
「学習漫画はよしだけど…漫画は駄目」
「厳しいな」
「えーやだな」
北条も亜季の家の厳しさに驚いていた。
「でも、兄貴が無視して買ってたからまったく見てない訳じゃない」
「いいじゃんそれ」
「だからバスケ始めたんだよな…」
「あ、あの漫画か」
バスケ漫画の金字塔。確かにそれを読んでバスケ部に入部する同級生がいた事を思い出す。本当にすごい人気だったとしみじみ思う。
今の生活の娯楽は漫画、テレビ、寮から離れて町へ遊びに行く事。そして四六時中同級生がいるので学校が終わった後でも遊ぶ事が自由に出来る事だ。
親の目が無いため騒ぐ事は出来るがその代わりに先生の目がある。それでも割と自由にはさせてもらえるのはありがたい。
「はい!これ!」
「本当に持ってきたのか?」
「有言実行の女だよあたしは」
「まあ、うん…ありがとう…少女漫画読むの初めてだ」
寮に帰った後の自由時間。
夕飯が済むと北条は足早に自分の部屋へと駆けて例の少女漫画を抱えて亜季の前に置く。運ぶのを手伝っていた冴木も漫画を側に置いてくれた。
「あたしはね。流行りのものは共有したいからね」
「流行ってるんだな」
「でなきゃこんな巻数出ないだろうしね」
「冴木は読んだのか?」
「ちょっとね」
「ちょっと?」
「途中で挫折しちゃった。共感出来なくてさ」
冴木にも漫画を貸したらしい北条は楽しんでもらえなかった事は残念だが他にも面白い漫画はあると冴木に言い部屋へと案内しようとしていた。
「北条、読み終わったら返すから」
「うん!読み終わるまで部屋に置いておいていいから!」
「分かったありがとう」
しかし男が少女漫画かと呟きながら亜季は一巻から読み始める。何だかんだ真面目に読んではくれるんだなと自分ももう読み終わったらお気に入りの話がある巻から見直す。
「…足なげぇな」
「スタイル良い方が良いじゃん」
「登場人物皆キラキラしてるな」
「少女漫画だしな」
「……え?別れるのか?」
「衝撃だよな」
少女漫画、未知との遭遇に困惑しながらも気になる部分を口に出しながら読んでいる。登場人物の服がお洒落だよなと話すとこのブランドの服は一着で万札が無くなると教えてくれた。それじゃあ漫画の若い登場人物達はどうやってそんなどんどん買っているのかと思ったが思い返せば貢がれていたりとプレゼントされていたりとあった。
「まあ自分で買ってるのもあるだろうな」
「都会に行くとさ、皆こうなのか?」
地方で育った自分は漫画やドラマを見る度に舞台となるのは東京などの都会であり、そこには皆隙無くお洒落をしていて少し喉が乾いただけでも高そうなカフェに入りコーヒーを飲んでいる。
夜も明るくそんなビルの森の中を歩いている。それが都会のイメージだ。
「別にそんなんじゃねえよ」
「ふーん?でも高いビルばっかりだろ?」
「オフィス街とかならそうかもしれねえけど……和彦は都会に憧れがあるのか?」
「だって俺道内出た事ねえもん。見てみたいじゃん」
「え?でも修学旅行とかで北海道出たりしないのか?」
「無い」
「え?」
「全部北海道内で過ごした」
「…え?」
「北海道は広いから…出るのにも…」
「あ、そうなんだ…」
本州に住んでいる人はいいですね。地続きだからあちらこちらへと行く事が出来て。
久し振りに地方に生まれた者として、都会へのコンプレックスが出てしまいそうだ。
「でも来年は出れるぞ?」
俺も読んでいい?
話に入って来た遼一は北条の貸してくれた漫画を一冊取りそう告げる。
「え?来年?」
「修学旅行は東京だよ。知らなかったか?」
「え!嘘!」
修学旅行先など見ていなかった。まさか人生初の東京に行ける事が出来るなんてと感動しているとお風呂から上がってきた弘忠が冷たいお茶を飲みながらため息混じりに話す。
「俺からしたら里帰りだな…」
「黙れ!都会の者!立ち去れ!」
「何で俺にそんな厳しいんだよ!」
「嫌だよな…こうやって都会の風吹かすの」
「本当だよ…委員長にお土産全部買わせてやろうぜ」
遼一と一緒に弘忠を見ながら来年の修学旅行の事について話していると弘忠と同じくお風呂から上がってきた忍がタオルを肩にかけて近くの椅子に座る。
「今日何か入浴剤入ってる」
「え?あのでかい風呂に?」
「家庭用のでかい入浴剤あるだろ?それ丸々一個入れたらしい」
「檜のかおり」
「入浴剤入れるんだな」
「月一しかやらないらしい」
冬至は柚子を入れるらしい。季節の行事は大事にしているのか。それじゃあいつもと違うなら大浴場で疲れを癒そうと思い亜季も誘ってみようとしたが険しい顔で漫画を読んでいた。
「…亜季?」
「…何だよこの男…」
「亜季さん?」
「顔がいい最低男じゃねえか…」
「ヒロインには絶対最初の男がいいよな…」
「そうだよ!目覚ませ!」
「うるせえな!早く風呂行けよ!」
つい漫画の感想で声が大きくなってしまったためにテレビを見るのに邪魔だと追い出されてしまった。
「…風呂行くか」
「おう…」
少し気分を落ち着けようと部屋から着替えとタオルを持って大浴場へと向かう。入浴時間は学年で分けられていないため先輩も同級生も混じっての入浴である。シャワーは一人だし落ち着くため未だに利用する者が多いがやはり湯船が一番だ。
脱衣所で服を脱いで中に入ると確かに言っていた通りだいつもは無色透明な湯船が緑色に染まっている。
「これあれだわ。スーパーとかで売ってるお徳用の入浴材」
「実家思い出す?」
「若干」
そう言えば一緒に来てしまったが亜季はシャワーでなくて平気なのかと聞くが「服脱いだ後に聞くか?」と言われてしまう。確かにそうだ。
「あ」
「あ」
「どうもどうも」
「やっほ」
中條先輩と円城寺先輩だ。野崎先輩を引きずって以来のため挨拶して隣の洗い場に座ると中條先輩は相変わらずの笑顔で話しかけてくる。
「どう?あれから」
「まあ色々聞かれてましたけど…落ち着きましたよ」
「まあ俺達も面白かったしな」
「面白がらないで下さいよ…」
桶にお湯を溜めて大浴場に置かれているどこのメーカーなのか分からない大きなボディーソープを泡立てて体を洗う。
「解決して良かったけど。あのままだと部活の度に気まずい空気が流れる」
「輝は別に気にせんやろ」
「気にしない」
「そんなところも愛してる」
「俺も」
「……」
隣でカップルが騒いでる。
さっさと上がってしまおうと体も髪も亜季も同じ気持ちなのか洗ってるのか洗ってないのか分からないぐらいの早さで泡を流して湯船に浸かる。
「待って~」
「待ってー」
何で追ってくるんだろうか。
緑色になったお湯の中で中條先輩は新一年生の状況が気になるらしい。気になると言っても何を聞きたいのか大きな事件や面白い話なんてありませんと返す。
「カップルは今ん所あの美術部の子だけ?」
気になると言うのは色恋沙汰の方か。
「まあ、俺達が知ってるのはそれだけです」
亜季に同意を求めると彼も黙って頷く。
「これからどうなるんやろ?楽しみやわ」
「楽しみですか?」
「好きな子がおると楽しいで?顔も変わるんや」
「そんな変わります?」
「明るくなるもんや。それに前の自分じゃ起こさなかったような行動もする」
「それは…中條先輩もですか?」
熱めに設定されてる湯船で赤くなってきた顔のまま中條先輩に亜季が聞くと先輩は笑いを一層深くして答える。
「輝に何かあったら地球の裏側からでも駆けつける」
「覚えておくわ」
「覚えておいて~」
「情熱的ですね」
「せやろ」
そろそろ上がろうかと中條先輩と円城寺先輩は湯船から出てしまう。こちらも逆上せそうだと思い二人の後に出ていきすっかり暑くなった体を冷ましながら寝る時の服装に着替える。
「すごいもんだな」
「ん?」
「中條先輩」
「あんなストレートに言うの珍しいよな」
「和彦はどうなるんだろうな」
「俺?俺は変わらないよ。クールなまんま」
「幽霊怖がる奴がクールな訳無いだろ」
「ちょっ…止めて!」
幽霊ってだから言うなと大浴場から出て食堂に行く亜季を追いかける。声を上げて笑う姿を見つめながら漫画を読んでいる皆に混じりに座っていた。
「……恋人ねえ」
五階に座り込み恋人同士だと間違えられたがふと、ここには自分がありのままでいるために来た訳で月人ように恋人を作り中條先輩のように真っ直ぐ愛を伝えても何もからかわれないし排除される事は無い。
でもどうやって恋人を作るのだろう。
読んでいた少女漫画は好きな人が出来てその相手からの一挙一動に喜び時には泣いて、そんな主人公の姿に胸を打たれた相手は思いを伝えてもしくは伝えられて。
そうして幸せなキスをして終わり。
ん?
その時自分の頭の中に浮かんだのは亜季とのキスシーンだった。
薊学園八期生。中條夕夜
関西出身で関西弁を話す二年生の男子生徒。いつも笑みを浮かべていて人見知りせずに話しかける明るい性格。同じ二年生の円城寺輝とは恋人同士。
身長160センチ後半。普通体型。誕生日1月16日。




