相談と解決
五階は空き教室と物置しかないのでとても静か。
いつも通りの朝の挨拶にうまく返事が出来ただろうか。結局部屋に戻って見えない存在にたいしての恐怖は無くなったがそれとは別の感情が頭を支配してベッドに横になり寝たのか寝ていないのかいや寝たはずだ。いいやこの気だるさは寝ていない時のものだと自問自答しながら食べられる分の朝食、食欲が湧かずに少しだけにしておこうとしたら食堂のおばさんに「そんなんじゃ駄目」と言われて食器を取られて盛られてしまった。盛られた中身を返す訳にも行かずにいつの間にか自分はここだと言う定着されの席に座って手を合わせる。
「いただきます…」
「…いただきます…」
隣を見ると亜季も同じ様に盛られた朝食に目を合わせて「お前もか」と唯一昨日の夜の出来事を共有する仲間としてほんの少しの心強さが生まれた。
「元気無いじゃん」
そんな自分と亜季の様子を見て遼一が声をかける。
「…眠れなくて」
「何で…あ、もしかして昨日の心霊番組のせいで?」
そう言われると必ず忍がからかって来るため遼一の隣の忍を見ると半分寝ていて箸を持ったまま止まっていた。
「そう…そうだよ。心霊なんか」
「見なきゃ良かっただろ」
「そりゃそうだけどさ…」
「部屋にいるのもさ…」
遼一が忍の背中を叩いて起こしながら寝不足は昨日の心霊番組のせいだと言う事にしておく。だって言える訳が無い。同級生と先輩のキスシーン見て目が冴えてしまったなどと。
「おはよう」
「おはは」
「おはー…」
目を冴えさせた張本人が来た。
いつもと変わらぬ涼しい顔で朝食に手を合わせて行儀よく食べている。いや、いつもと同じだろうか。心なしか浮かれて見える。浮いているんじゃないか。
「何か様子おかしいね」
「寝不足だとさ」
「何で?」
「昨日の心霊番組が怖くてだと」
「へぇ…亜季も?」
「…うん。怖かった」
「怖かったなら俺の部屋においでよ!亜季!」
「早く食えよ」
遼一に何度も背中を叩かれてようやく目を覚ました忍がいつもの調子で亜季に話しかけて来たため少しだが気が紛れる。
「忍。俺も行っていい?」
「嫌だよ!何で和彦まで招くんだよ!」
今は忍の喧しいそれがうまく気を紛らわせてくれて安心する。本当に今日一日どうしようもならなかったら忍の部屋に突入しようか。
「何?三人でお泊まりでもするんか?」
既に朝食を食べ終えて温かいお茶を飲む弘忠が尋ねる。朝食の後にお茶を飲むなど珈琲の方が似合いそうなのにそっちを選ぶ辺り大人びていると言うより何だか爺臭く思えた。
「部屋に泊まるのってどうだっけ?」
「良くはないけどバレなきゃ大丈夫みたい感じだ」
先生がしょっちゅう見回りに来る訳でもないため友達同士のお泊まり会程度なら黙認されている。ただし男女が同じ部屋になるのは禁止。過ちが起こるのを防ぐためである。それは自分達にも分かる。
「とは言え…同性同士ならオッケーって言うのもな」
お茶を飲み干して弘忠が話す。その意味を受け取り遼一が頷きながら返す。
「まあ…俺やだよ?隣からそう言う声が聞こえたら」
「…あー…うん。うん」
「ちなみ部屋でそう言う事したら停学だから」
「あ?そうだっけ?」
「停学で反省文。書きたくねぇしそうなったらすぐにバレるだろ?」
あいつとあいつが部屋で致しておりましたと。
「…それはやだな」
「想像するのも…」
「……そうだね」
会話を聞いていた月人が俯きながら小さく言った。その姿を見て「まさか」と言う思いが浮かび亜季と目を合わせながら味が感じられない朝食をひたすら口の中に運んだ。
「俺月人の顔見れねぇよ」
「俺だって見れねぇよ」
どうすればいいんだと。
もう今日一日何かある度に昨日のキスシーンが浮かんでしまう。月人と雑談をしている時も、授業を真面目に受けようと姿勢を正した時も、昼食の弁当が届いた時に蓋を開けて真っ赤なトマトを見た時も、いやどうしてだ。
弁当を食べ終えて亜季と共に教室から逃げるように五階に向かう階段に座り嘆く。
「てかいつの間にかだよ」
「同じ美術部ではあるけど…」
「朝もさ…つい野崎先輩の方見ちゃって…涼しい顔しながら納豆かき混ぜてたんだよ」
「あの人納豆食うんだ…」
「ギャップ凄いよな…月人もこう言うところに惹かれたんたか?」
「納豆かき混ぜて惚れる事は無いと思うが…」
何を言っているのか俺達は。
月人と野崎先輩の間にどんな会話がされてどんな風にお互いを知りそしてそう言う仲になったのかと推測してしまい訳の分からない事を繰り返しただ二人で唸っていた。
「……にしても」
亜季が呟く。
「え?」
「言ってくれるかと思った。野崎先輩と付き合ってるって」
「…確かに」
「いっそ言ってくれたら昨日こんな事してたろって…言えたかもしれないし」
「あー…何かあんのかな」
公に出来ない何かがあるんだろうか。
「……ん?」
亜季と唸っていると階段を上がる音がする。誰か来た、邪魔になってはいけないと立ち上がると階段を上がって来た二人と目が合う。
「あ、お疲れ様です」
「おー亜季」
「あ…えーっと…中條先輩?」
「そうそう」
「それと…」
「輝。円城寺輝」
階段を上がって来たのは亜季と同じバスケ部の先輩と月人と同じ美術部の先輩の円城寺先輩だ。
「何?自分等もいちゃいちゃしに来たの?」
「…いちゃいちゃ?」
「何や違うの?」
中條先輩の言葉に首をかしげているとどうやら五階は殆ど使われていないため何か隠れて話をしたり隠れて恋人同士が仲良くするために利用されていると言う。
それを知らずに二人でいたためてっきりそう思ったと笑いながら話す中條先輩にそんな関係じゃないですと慌てて立ち上がり教室に戻ろうとする。
「あ、ねえ」
すると中條先輩の隣で置物のように大人しくしていた円城寺先輩が口を開く。
「和田に今日は部活休んでも良いって伝えて」
「あ、はい分かりました…」
「まあ来たいなら来てもいいよっても伝えてね」
「はい?」
「気まずいだろうしね」
「何かあったん?」
「付き合ってすぐにチューして驚かせたからね」
「……!先輩知ってるんですか!」
伸びた髪を手で遊びながら円城寺先輩が何でもないように呟いた言葉を決して聞き逃さなかった自分と亜季は先輩に詰めよった。
突然後輩二人が顔色を変えた事に中條先輩は驚いていたが円城寺先輩は階段を軽快に上がりながらこっちに来なと指で示して五階の空き教室に案内してくれた。
「和田は君らに言った?」
「何も、何も聞いてません」
「俺はさぁ。朝何となーく部長の様子がおかしいから声かけてみたの」
何か元気無いですね。
今描いてるの何か行き詰まりました?
腹痛ですか?トイレにどうぞ。
それとも別の悩みです?
矢継ぎ早に聞いてみるとどうも一年生の和田と恋人になったと聞いて「はあ。おめでとさんです」と言おうとした嬉しくてその新一年生のファーストキスを奪いましたと言う。それに驚いて和田は部長から逃げたとか何とか。
「いやー。あかんなあ楓先輩、物事には段階踏まな」
「まったくだ恋のABCがあるのに」
「…その、野崎先輩は何と?」
「反省してる。ついでに伝えといて」
「無理っすよ。そしたら何でその事知ってるんだって驚かれるじゃないですか」
「……君らは何で和田と部長の事情を知ってんの?」
「……あ」
「俺が二人がチューしたのを聞いたら“何ですかそれ”とかじゃなくて“知ってるんですか”だし」
「……その」
「覗きでもした?」
「してませんよ!」
「うっかり見ちゃったんです!」
決して他意はない。いわば事故のような形で見てしまい狼狽えているのだと伝える。
「まあ~別に部内恋愛しても構わんけど部活に行く度にギクシャクしてるような二人は見たくないし~」
「どうしたら…いいやら…俺らも月人の顔見れませんよ」
「純情やな」
話を聞いていた中條先輩は携帯電話のアンテナを伸ばしては仕舞い伸ばしては仕舞いと遊んでいたが考えるように黙り込んた後に提案する。
「輝!楓先輩一年生の教室に連れて来よか!」
「何?人づたいじゃなくて本人の前で謝らせる感じ?」
「人に頼んで直接謝らないなんて誠意が無いやん?ほんなら引きずってでも本人の前に連れて来て謝らせるのが一番や」
「一理ある」
「いきなりチューしてごめんね?君の気持ちを考えてなかった…」
「そんないいんですよ先輩」
「えとえーっと…?誰やっけ?」
「和田」
「和田!好きだ!」
「先輩俺も!」
「……」
何だこれは。何を見せられているのか。
芝居がかかった台詞で中條先輩と円城寺先輩が抱き合い自分達は置いて行かれている。するとそのままの体制でこちらを向いて尋ねられる。
「和田は教室にいる?」
「いると思います…」
「じゃあ行こか!まずは三年生の教室や!」
「え?」
観客を置いてけぼりにした二人の先輩は一目散に走って行った。このまま三年生の教室に行くのかと呆然としていると二人の先輩は振り返り手招きする。
「何しとん?おいで!」
「…お、俺らもですか!?」
「もう仲間みたいもんだろ。見届けろ」
戻って来た先輩達に手を掴まれて三年生の教室がある二階まで走る事になった。先生に見つかると怒られる事は確実の音を立てるうるさい走りで三年生の教室に突然飛び込んで来た二年と一年の姿に三年生は驚いていた。やっぱり三年生となると全員大人っぽく見えるな。
「楓先輩」
「あれ?輝、どうしたの?」
「ちょっとこちらへ」
「ん?何?…何?」
驚き困惑する野崎先輩の手を中條先輩と円城寺先輩がしっかり掴み一番後輩の自分達は野崎先輩の背中を押して決して逃げないようにしろと言われる。野崎先輩は体が大きいので背中も広い。
「え?本当に何?僕何されるの!?」
「大した事やないですよー」
「部長が和田を驚かせた事で他の一年が被害を受けてます」
「…え?え!?」
手を掴まれて背中を押されながら困惑する野崎先輩はこちらを何度と振り返っていた。
「…その」
「部長後ろの二人、見てましたよ」
「あ!あ~…気のせいかと思った…」
「純情な二人はそれを見て友達の顔も見れなくなりました」
何だかこうも純情純情と言われるのは恥ずかしいが悲しいかな顔を見れないのは事実だ。
「ごめんね…誰もいないと思って…」
「そもそもどうしてあんな夜に!」
せめて放課後の誰もいない空き教室とかでしてくれたらこっちもこんな事にならなかったのにと半ば八つ当たりで野崎先輩に尋ねる。
「昨日…心霊番組やってたじゃん?それ見て目が冴えて…月人にメールしたら起きて来てくれて…」
「何でそんな遅い時間にメールするんです!」
「そうですよ!迷惑です!」
三年生の先輩にたいしてどんどん遠慮が無くなっていき亜季も文句を言い始める。心霊番組が怖かったと言うのは唯一共感出来るが。
「まあそれに気付いて返す和田も和田だな」
「付き合い始めで浮かれてんちゃう?」
「その内面倒で返さなくなるぞ」
「輝ちゃん!そうやって俺の愛のメールいっつも無視する!」
たまには返して!と言う二人のやり取りにようやく中條先輩と円城寺先輩がそう言う仲だと気付いた。引き摺るようにして一年生の教室が見えて来るとあからさまに野崎先輩は気まずそうな顔をしている。
「…何事?」
トイレから戻って来たであろう弘忠が突然の先輩の来訪に教室に戻る足を止めて困惑していた。
「邪魔すんで~」
「和田呼んで~」
一年生の教室に入ると分かっていたが皆が驚いてこっちを見た。事情が分からないし何の用事なのかと呼ばれた和田は断れるはずもなく大人しく来てくれた。そして野崎先輩の後ろから出てきた自分と亜季を見て「何で?」と言わんばかりの表情をした。
「ほら部長」
しっかりして下さいよと円城寺先輩が野崎先輩の背中を叩く。謝るのを急かされた野崎先輩は何とも気まずそうな顔のままに月人と向き合う。
自分達は離れていいだろうかと思ったがタイミングを失い野崎先輩の背中にまた隠れて可能な限り姿を消した。
「……ごめんね月人」
「…何がごめんですか?」
「う…」
あ、月人も怒る時は怒るんだ。
野崎先輩の影に隠れてどういう表情をしているか分からないが声色が怒っている。その雰囲気を察してか周囲も気にはしないように他人の振りをしているが横目で見ていた。
「…ごめんね。いきなりキスして」
その発言にこの間まで中学生だった同級生がざわつく気配を感じ取る。事情を知っている自分達はその輪に入れる事無く黙って気配を消した。
「本当ですよ。眠れないなんて言うから来てみればこれですよ。段階踏んで下さい」
「ごめんね。本当に…ちゃんと聞くべきだったね」
「まあ謝ったからよしとします」
「うん…ありがとうね許してくれて」
「わざわざ来てくれたのも考慮します」
「…僕一人じゃ来れなかったよ。輝君と夕夜君…あと」
「亜季と和彦」
「この二人に背中を押されてね」
気配を消していたのに野崎先輩が退いて月人と対面する。こんにちは。
「…何で二人が知ってるの?」
そして何故野崎先輩と自分がそうなっているのを知っているのか尋ねられ、普段は大きい目の可愛らしい顔立ちの月人が怖い表情をしている。
「……」
それに沈黙してしまう。が、何も答えれない自分達に代わり円城寺先輩はあっさりバラした。
「見ちゃったらしいよ二人のキスシーン」
「は!?」
「ごめん…俺達も偶然起きてて…」
「…だから!あんな所で嫌だって言ったんですよ!部屋まで待てないんだから!本当に!」
「ごめん!ごめん!わー怒った顔も素敵」
「ふざけない!」
あ、なるほど人目に着くかもしれない場所でAをしたのも先輩を避けている原因だったのか。変に納得してしまい二人の新たに始まった喧嘩を無感情で見ていた。
野崎先輩は立ち振舞いが大人っぽくて言葉遣いも柔らかい良い先輩だなと思っていたのに恋愛が絡むと我慢が効かないのか。
月人は普段はいつも笑顔を浮かべていて誰にでも優しく接していると思ったが恋人の野崎先輩の前ではあんな風に声を大きくして怒る事があるんだな。
「…恋は人の新たな一面を見せるな」
「気が合うな。俺もそう思うよ」
ため息を吐きながら目の前の恋人達を見ていると事情を知った同級生達が自分達からいつからそうなっていたのか知っていたのか聞き出そうとして何も分かりませんと言う表情を見せてすり抜ける。
事が終わって二年生の教室に帰ろうとする中條先輩と円城寺先輩を見て声をかけようとするが、何と声をかけようか。
色々ありがとうございます?
助かりました?
友達の新たな一面を見ました。
そもそも月人と野崎先輩だけで解決しても良かったものに首を突っ込んでしまった気がすると思うと円城寺先輩が振り返る。
「解決して良かっただろ?」
「うーん…何か余計ややこしくなった気もしますが」
怒る月人を野崎先輩が謝りながら宥めているし。
「まあいいじゃん?若い内しかあんな風に出来ないかもしれないし」
「そんなもんですか?」
「そうだよ。命短し、恋せよ乙女」
「乙女とは違いますが…」
「いいんだよ。そこの部分はどうでも」
「ええやん?うじうじするよかバーっと大声で言い合った方がすっきりするで?」
「先輩達はした事があるんですか?」
その問いに中條先輩と円城寺先輩は顔を合わせた。そして顔を合わせて考えた後に中條先輩は笑って答える。
「まだ」
「え?」
そんな言っておきながら。
「だから勉強になったわ」
「そうだな」
「んな…他所のカップルをそんな風に」
「まあええやん。んじゃ亜季、部活でな~」
「和田と部長にもちゃんと来るように伝えておいて」
そう言って中條先輩は円城寺先輩の肩を抱いて二年生の教室へと戻っていった。
教室へと戻るとすっかりお互いの顔を見てすっかり仲直りしたような月人と野崎先輩がおり、どこにも自分達を含めて気まずい空気はなくなっていた。
薊学園七期生、野崎楓
イギリス人とのハーフで天然の金髪を持つ三年生。美術部部長で物腰柔らかな喋り方と立ち振舞いをしている。身長180センチ後半。普通体型。
誕生日は7月28日。




