第3話・教皇猊下の御前にて ~底の浅さを露呈する~
第2章 混沌に沈む絶望の
第3話・教皇猊下の御前にて ~底の浅さを露呈する~
「教皇猊下。ヴィロバ=エルマーニ校長をお連れ致しました」
判別神官長であるラティス=ペタリソスが扉を閉めた瞬間。
張り巡らされた強固な結界にヴィロバが驚きの声を上げる間もなく……
彼の前に進み出たラティスが一礼して告げるのを聞いて、慌てて……けれどもできる限り落ち着いているように見せて……ヴィロバも深く頭を下げる。
「ご苦労様。ラティスちゃん。急に呼び出してごめんなさいね? ヴィロバ君」
「…………いえ……。ヴィロバ=エルマーニ。お召しにより参上いたしました……」
明るい。若い女の艶のある声にゾクリとしつつ。
同時にとんでもない違和感に混乱しつつ。
ヴィロバは乾ききった唇を湿らせて口上を述べる。
教皇猊下に目通りが叶った際には……と考えていた言葉は何も出ては来なくて、最低限の名乗りだけとなってしまった。
「結界に驚いていたみたいだけど? 大丈夫? ここでは色々と、外には出せないようなお話しとかも多くなるから、資格を持っている者の扉の開け閉めで自動的に展開するようにされてるのよ」
「……さようでございましたか……」
さらりと言ってのけた教皇の言葉の中に、最上層部しか知るはずのない内容が含まれていることに気づいて、一度は落ち着いた高揚感が再び胸に満ちる。
ああ。猊下は私にこんな重要な秘密を授けても良いと思って下さっている……!
歓喜に打ち震えるヴィロバの様子を……けれど、この部屋に集まっている神官長たちは冷ややかに見ていた。
「ラティスちゃん。ヴィロバ君を席に案内してあげて」
「かしこまりました」
そんな、室内の雰囲気に苦笑しつつ告げた教皇に従って、今しも跪いて祈りを捧げそうなヴィロバを案内する。
「……こちらに……」
「ありがとうございます……失礼します……」
案内された先は、円卓の一角。
左右の席に座るまだ若い神官長らに軽く挨拶し、ヴィロバはその席に座った。
顔を上げた正面に、透き通るような桜銀色の髪とどこか冷ややかさを宿す黄銀色の瞳の美女を目にして顔を強張らせた。
年齢は二十代後半か三十代に入っているかという程度の外見。
可憐を体現したかのような美しさを持ち、化粧一つ施されていないというのに、唇の左下にある小さなほくろのせいかあだっぽい色気が滲んでいる。
微かな動きの一つ一つに色気が滲んでいて、貞淑なはずの神官衣が煽情的にすら見える。
ヴィロバが表情をこわばらせた理由は、彼女が身に纏う神官衣が最高位を表す教皇のものであったから。
そこにいる、どう見てもまだ若すぎる……艶と色を感じさせる女がなぜ教皇衣を纏っているのか分からない。
「改めまして? ヴィロバ=エルマーニ君?」
こわばった顔で睨むヴィロバに向かって、教皇・ステラ=シアスは嫣然と微笑み、小さく首を傾げた。
その声が、先ほど聞こえた『教皇猊下』のものであると理解した瞬間――
「っ! 堕落しましたか!! 痴れ者が!!」
激昂したヴィロバの怒声と、激しく机を叩く音と、蹴り倒して立ち上がった動きで椅子が倒れる音とが連続して響き渡った。
「……痴れ者はどっちだ……」
がしりと、ヴィロバの左右に座っていた神官長たちがその腕を掴み、強引に床に座らせる。
「無礼ですよ。ヴィロバ校長。こちらにおわすお方こそ、間違いなく教皇・ステラ=シアス猊下です」
右に座る攻術神官長から苦言を呈され、左に座る結術神官長から明確に告げられて、ヴィロバは信じられないとばかりに目を見開く。
「……ヴィロバ君。急にどうしたの?」
こてりと首を傾げたステラに、一段下がった左側に座る浄術神官長である女性が溜め息を漏らす。
「猊下にそのおつもりが一切ないことを、わたくし共は重々承知しておりますが……」
すっと、浄術神官長の新緑色の瞳がヴィロバを冷たく見据える。
「己の色眼鏡でしか物事を見られない者には、猊下の他意なき言動のすべてに存在しない邪なものを見てしまうのです」
お前の目や意識が曇っているからそう見えただけ。
言葉の裏を読み取って、ヴィロバはカッと顔を赤くし、俯く。
今のやり取りで、教皇が情婦のように見えたのはヴィロバ自身が色に溺れているからだと周知されてしまった。
そんなことはない! と今更声高に主張しても言い訳にしか聞こえないと分かって、悔しさに唇をかみしめる。
「ん~。よく分からないけど、ただの勘違いなら、別にいいんじゃない? ヴィロバ君も落ち着いた?」
「……はい……失礼いたしました……」
けれど、全く気にもしていない様子のステラのその言葉に、内心ほっと息を吐く。
消え入りそうな声で、それでも謝罪を伝えると、腕を掴む神官長たちの拘束も緩み、再び椅子に腰を下ろすことを許される。
「それじゃあ。本題に入るわね?」
にこりと、艶のある微笑を向けたステラに目を伏せ、軽く一礼する。
まともに見るとまた邪な誤解をしてしまいそうで、真っ直ぐ見るのが躊躇われた。
「ラティスちゃん。お願いね」
その一礼を同意と受け取って、ステラが進行を促す。
「かしこまりました」
答えて、判別神官長のラティスが立ち上がる。
彼女の席は浄術神官長の隣。
即ち、教皇より一段下がった位置の右側。
教皇本人の顔を見なくて済むと顔を上げかけたヴィロバだったが、ラティスが立ち上がったことで二人の顔の高さが近いことに気づき、慌てて顔を伏せる。
そんなヴィロバの様子を、ラティスも、左右の神官長たちも……他の席からヴィロバを見る神官長たちも、全員が冷ややかな目を向けていた。
「今回、エルマーニ校長にお越しいただいた理由は、このところわたくし共の間で問題視されている神官呪師見習いのアインに関して、校長の真意を明らかにする必要があるとの声が上がったからです」
ラティスがピクリとも表情を動かすことなく、全く感情を見せない声で淡々と告げた内容に、ヴィロバは一瞬、息を飲んだ。
「……問題視、ですか……?」
最高位の神官たちが……最上層部である者たちが問題視する内容とは一体?
緊張に、じっとりと背に汗が浮かぶのを感じながら、ヴィロバは続きの言葉を待つ。
「はい。どうやら、アインの認知に歪みが生じているようだ。と……」
「っ!? 何と!!」
頷いたラティスの言葉に驚く。
あれほど心を砕いて導いてきたアインの認知に『歪み』? それは許されないことだ。
早急に、正さなくては……!
そんな、本気で驚くヴィロバの様子に……
(……何を驚いているのやら……自分が歪めたんだろうに……)
若干呆れて、今回この会議の開催を申請した医呪神官長のシリウムは内心で溜め息を漏らした。
(神殿の外は穢れているとでも言ったのか……。それとも、自分に従わなければ追い出されるとでも思い込ませたのか……)
どちらにしろ、アインが必要以上に怯えて、限界を超えるほどの努力を強いられていたことに違いはない。
何よりもシリウムが……いや、この場に集まった最上層部が許せないのは――在りもしない『神罰』を、あたかも存在するがごとく思わせたこと。
まさに、神をも畏れぬ所業。
(……そのツケを、これから払うことになるだろう……)
第2章第3話をお読みいただきありがとうございます。
今回はインスとアインの視点から少し離れ、舞台は主神殿の中枢・特別室へ。
呼び出された神官呪師学校の校長を待ち受けていたのは、教皇猊下をはじめとする神殿の最上層部たち。
己の正しさを微塵も疑わず、自らの「色眼鏡」でしか物事を見られない者の滑稽さと、彼を冷ややかに見つめる大人たちの静かな怒り。
アインを不当に苦しめた者に対する、神殿トップ層の「反撃」がいよいよ始まります。
彼が自分の置かれた状況に気づくのはいつになるのか……?
次回もお楽しみに!
【今後の連載スケジュールについて】
続きは本日22時から、毎日昼と夜、1日2話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
【ミニコラム掲載中!】
活動報告にて、キャラクター紹介や用語の解説などを不定期で掲載しております。ぜひチェックしてみてください!
【読者の皆様へのお願い】
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また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
【第7弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト
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