第5話・暗い闇の底で走れ ~それは現か幻か~
第1章 残光薄れて始まるは
第5話・暗い闇の底で走れ ~それは現か幻か~
気が付くと、インスは闇の中に佇んでいた。
「……え……?」
戸惑って辺りを見回すが、どこまでも暗い闇に閉ざされ、見えるものは何もない。
いや……
なぜだか自分の姿だけは見えた。
両手を胸元まで上げて、まじまじと見下ろす。
掌側、甲の側と手首を捻り、袖口から覗くその手首も、じっと観察する。
そこに残る、無数の傷痕。
指先も掌も手の甲も……
手首も、少し袖をめくって見た腕にも……
多分、服に隠れている全身の、至る所にあるのだろう。
現実には……物質の器である肉体には存在しない――痕が。
(……精神体に残る傷痕……ですか……)
アインが『視た』インスの精神体に残っているという怪我の痕。
それがこれだろうと分かると、今の状況も何となく分かってきた。
「……良くて夢……最悪、離れてしまいましたか……」
そっと、息を吐く。
改めて周囲を見回し、今度は先ほどよりも慎重に様子を探った。
目を凝らし、耳を澄ませて、魔力も探る。
「―――――、――――?」
(…………っ!?)
微かに、何かが聞こえた気がした。
自分を呼ぶ声?
「……アイン、くん……?」
間違えるはずのない、けれど、あまりに遠くて、あまりにも小さくて、あまりにも――弱い、恐れるような声。
どうしてアインがそんな声で自分を呼ぶのか分からなくて。
けれども、アインの声が呼んでいると思った瞬間、一気に心臓が早鐘を打ち始めて……
嫌な予感が全身を凍り付かせていく。
夢なのか現実なのかもわからない、このただただ暗い闇の中で、分かったのがそんな、アインの声だけで……
「っ。アイン君!! 居るのですか!!」
せり上がる恐怖に突き動かされて、喉が張り裂けそうなほどの叫びを上げる。
けれど、そんなインスの声は暗い闇に吸い込まれて消えるだけ。
ザラリとした胸騒ぎ。
必死に、辺りの様子を探る。
何か。何か、手がかりは――!?
焦って見落とすことがないようにと神経を張り詰めて。
けれども落ち着く様子のない鼓動が集中を妨げる。
ぎりっと唇を噛んで、その痛みで何とか冷静さを保つ。
痛みを感じるということは、夢ではないのかもしれないと妙なところに意識がそれかけて、それどころではないと集中力を高めた。
(―――――――――っ!!!!???)
「っ!? アイン君!!」
声にならない悲鳴を感じて、その方向に走り出す。
この闇の中が安全なのか、危険なのかも分からないが、そんなことはどうでもよかった。
今の、微かに感じ取れた気配が、本当にアインの悲鳴だったら――!!
その焦りだけに突き動かされて足を動かす。
どこまで行っても闇しかなくて。
ちゃんと進んでいるのか。
実は同じところをひたすらぐるぐると回らされているだけではないのかと、押しつぶされそうな不安が胸を圧迫した。
「……っ」
それでも、そんな不安を振り払って、自分の感じたものを信じて走り続ける。
「っ!! アイン君!!」
そうして、走り続けた先に、鎖に繋がれ、青い顔で蹲るアインと、そのアインに鞭を振るう、小汚い格好の男たちが見えた。
叫んで、駆け寄る。
男たちを振り払って、アインに覆いかぶさるようにして抱きしめた。
けれど……
「……っ……!?」
ギョッとしてインスは息を飲む。
まず、男たちに触れられなかった。
付き飛ばそうと伸ばした手は、そのまま男たちをすり抜けて、アインの元にたどり着く。
けれど、そのアインにも触れられない。
覆いかぶさるようにして、男たちから、身体で守るように抱きしめようとした、インスの腕を――すり抜ける。
「……ぇ……?」
鞭を振るう男たちと、打たれて悲鳴を上げるアインとの間で、ただ座り込むような形となったインスは愕然とした吐息を零す。
目の前で、アインが乱暴されているのに、守ることも、止めることも……触れる、ことすら……できない。
まるでここにインスは存在していないとでもいうかのように。
一体何が起きているのか分からなくて、ほんの僅か、インスの思考が停止した。
第1章第5話をお読みいただきありがとうございます。
暗く冷たい闇の中で目覚めたインス。
彼自身の精神に刻まれた傷痕と、微かに聞こえてきた愛しい幼子の悲鳴。
普段は決して取り乱すことのない彼が、焦燥に駆られて走り出した先で直面したのは、「触れることすら許されない」という残酷な光景。
果たしてこの闇は夢なのか、それとも……。
そして、絶望の淵に立たされたインスはどう動くのか!?
次回もお楽しみに!
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続きは明日12時から、毎日昼と夜、1日2話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
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【第7弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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