第4話・積み重なった違和感と ~瞬時に判じる、できること~
第1章 残光薄れて始まるは
第4話・積み重なった違和感と ~瞬時に判じる、できること~
皇宮医務殿・緊急手術室にて
病室で、血を吐いて倒れているインスを見つけたウスニーがすぐさま手術室を手配し、運び込んだインスの容態を素早く、けれども確実に確認させていく。
確認が進むにつれ、集まった人員たちの間に、困惑が広がって行った。
(……うそだろ……)
同様に、ウスニーも報告を聞くたびに内心、喚き散らしたくなるのを……執刀医として表情を変えることなく聞き続ける。
「……以上です……」
「「「「「………………」」」」」」
最後の一人の報告を聞いて、手術室内には奇妙な沈黙が落ちた。
全員の視線が、ウスニーに集まる。
「……つまり、異常はないわけだな?」
「……はい……」
体内の、内臓の損傷などを確認させた技師の返事に頷き返す。
「なのに、インスは血を吐いていて、身体にも重症反応が出ている」
「……はい……」
困惑を隠さない技師の返答には他の面々も困惑するしかない。
「とりあえず、呼吸はこのまま補助しておけ」
「分かりました」
そうは言っても、呼吸が弱く、途切れかかっているのは確かなので、精霊補助師に維持を続けるよう命じる。
「……脈拍と血圧は?」
「危険水域にあります」
そして、何よりの問題点の確認に、助手の神官呪師が即座に応じ、緊張感は途切れない。
けれど……
「……で、手術の必要性はない。と……」
「「「「「「「……………」」」」」」」
言い切った、ウスニーの結論に沈黙が返ってきた。
ない。というよりも、できない。
何しろ、症状は出ているのに、その原因となる異常が存在しないのだ。
集められた人員にはまったく意味の分からない状況。
けれど、ウスニーだけは理解できた。
(……これが、精神体の損傷の影響を物質体が受けている。ということだな……。厄介なんてものじゃないぞ!)
内心で愚痴るぐらいは許して欲しい。
何しろ、病巣が存在しないので外科的手術は不要。
けれど、症状は出ているので生命の危機ではある。
なのに、回復魔法をかける事すら意味をなさない。
完全に詰んでいる。
重く、深い溜め息を吐いたウスニーは……
「手術は中止だ。集中治療に移行!」
他に、できることがなくて、そう宣言し、すぐさま各人員が行動を開始した。
集中治療室に移されたインスは、しばらくすると症状が落ち着き、異変があったことなど嘘のように静かに眠っていた。
手配した人員からの報告を受け、ホッと一安心したウスニーは、主神殿から届いたばかりの書簡を開き、そこに書かれていた内容を冷めた目で確認する。
(……ヴィロバ=エルマーニ神官呪師学校校長……か……。確か、私が神官呪師学校に通っていたころは座学担当教員の一人だったか……信仰心篤いと噂に聞いたことがあったが……)
その、篤い信仰心とやらが暴走し、幼子の思想を歪めるような教育を繰り返していたのだとすれば大問題。
(……シリウム神官長はすぐさま神前裁判を申請したらしいが……実際に行われるのはいつになるのか……いや。ことが事だけに、今まさに行われていても不思議ではないが……)
幼い子供を教育と騙って抑圧し、支配しようとするなど、許されることではない。
今のところ、アインの証言しかないとはいえ、神前裁判では証拠も証言も関係しない。
何しろ、その行いが正しいか間違っているのかを判断する、神の裁きに過ぎないのだから……
もっとも……
(……アインから聞き出した内容だけでも相当の罰を受ける可能性があるだろうに……大人しく神前裁判なんか受けるか? いや。自分の行いが『正しい』と信じているのなら、むしろ堂々と参加するか……)
さて、どちらになるのか。
どちらにしろ、ウスニーの所感。シリウムやインスも同様の考えだったが、彼は今後、校長としても、教員としても、神官としても人前には出なくなるだろう。
「……そう言えば、インスの父方の親類。労役に付いている奴らだけじゃなくて、合法的に死んだ奴らも多かったな……なぜだか……」
ふと思い出した事実に、ぶるっと体を震わせる。
(ヴィロバ校長……これで懲りなかったら次はないぞ? いや。だが、神前裁判で咎人とされたら同じようなものか……)
どちらにしろ、詰んでいる。
少し前に、手術室でインスに対して思ったのと同じ感想が浮かんで……
「……報告は、どうするかな……」
このタイミングでインスの容体を神殿側や皇宮側に知らせて大丈夫だろうかとほんの僅かに迷う。
だが、知らせないわけにもいかなくて……
重い溜め息を吐いて、ウスニーはペンを手に取った。
第1章第4話をお読みいただきありがとうございます。
今回は、血を吐いて倒れたインスが運び込まれた皇宮医務殿の緊急手術室での緊迫したやり取りです。
次々と上がる「異常は見当たらない」という報告。
それなのに重症反応を示し、命の危機に瀕しているインス。
物理的な病巣が存在しないため、あらゆる治療が意味をなさないという絶望的な状況の中で、ウスニーがたどり着いた「精神体の損傷」という真実。
自分を極限まで追い込んでしまったインスに対するウスニーの怒りと頭痛。
そしてこの「詰んでいる」状況を各方面へどう報告すべきかというウスニーの苦悩。
インスも、アインも予断を許さない状態が続きます。
果たして彼らの行く末はどうなるのか!?
次回もお楽しみに!
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