第4話・医呪神官らの憤り ~変わらないのが現実で~
第4章 明けない夜がないように
第4話・医呪神官らの憤り ~変わらないのが現実で~
医務殿での緊急手術はひとまず成立した。
傷口が塞がらないのは、今はまだどうすることもできないので、できうる限り隙間なく縫って、出血を押さえる。
その上で、造血剤や栄養剤を投与し、体力の回復を促し、血を作らせる手助けをして……残りは本当に、神に祈るしかなかった。
神官呪師学校からの搬送に付き合ってアインの呼吸補助に貢献したペルフィーも、まだ見習いの身ではあったが手術への立ち合いを許可し、今は疲れ切って休んでいるところ。
自分も休みたいところではあったが、まだまだやることが残っている。
「完全に出血を押さえることは不可能だ……その他の症状にも十分注意を払うように。あと、適宜、包帯の取り換えと、縫合状態の確認を」
「分かりました」
集中治療に移行させたアインは現場の担当者に任せ、一旦神官長室に立ち寄る。
「お戻りになられてすぐと、その後、少ししてからの二度、書簡が届いております」
待ち受けていた秘書官が皇宮医務殿から至急の報告書が届いていることを伝えてきて、嫌な予感が沸き上がった。
素早く内容を確認して頭を抱える。
「……あの、バカ者が……具合が悪いならちゃんと言え……!」
呻くように愚痴を漏らしたのは、シリウムたちが皇宮医務殿から帰った直後にインスが倒れたという内容だったから。
似たようなことを皇宮医務殿の長官であるウスニー=メンテが心の中で怒鳴っていたとは知らないが、後々話し合う機会があれば二人とも「当然そう思うよな……」と言い合うことになるだろう。
その後、手術の必要はなく……と言うより、病巣などが見当たらないせいでできないと判断し……集中治療に移行して症状の安定を確認したことまでが、主神殿に戻って来てさほど経たずに届いていた。
こちらはこちらで、帰ってきてすぐに教皇猊下にお目通りを依頼し、神前裁判を申請したり、実際に神前裁判を行ったりとで慌ただしく過ごしていたため、今の今まで全く知らなかったが……
「……これの報告……どうしたものか……」
皇宮医務殿から送られてきた知らせをどう処理するべきかと頭を悩ませる。
本来であれば、自分が受けたあとは確認するだけなのだが、患者が患者だ。
(……皇宮呪師とは言え、インスは教皇猊下の玄孫に当たる……猊下に報告を上げるべきか……だが、こんなもの、上げられたところでどうしようもないぞ……!?)
実際、自分もどうすることもできないとしか結論付けられない。
精神体の損傷が、物質の器である肉体に影響を与え、命を蝕むなどと言われても……
治すべき傷も病も物質の器には存在しないのだ。
外科的手術も、内科的処置も、魔法による治療も、何も意味をなさない。
(……詰んでやがる……)
何かの奇跡でも起きない限り無理としか言えない状況。
溜め息を吐いて、シリウムは書簡を手に部屋を出た。
主神殿の奥向きに近い聖殿。
そこは教皇が普段執務を執る建物で、神前裁判が行われた特別室もそこにある。
アインのことは直接教皇から頼まれたので、その報告に向かう必要があった。
ついでに、一応、インスのことも報告しておくことにする。
道すがら、気持ちが重くなるのを誤魔化すように、そう言えばと思い出す。
(……インスの魔力とアインの魔力が、感じ分けができないくらいに似ているように思ったが、そういうわけじゃなかったな……アインを守るように、インスの魔力が包み込んでいたせいでそう錯覚させられただけだった……)
手術を終え、集中治療室に移る頃にはインスの魔力の気配は薄れ、アインの魔力の気配だけが残っていた。
そうは言っても、アインは魔力切れの状態なので、感知できたのは普段の比ではないほど微かなもの。それでも、魔力というのは似ることはあっても、全く同じはあり得ない。
だから、感じ分けが付くし、感じ分けができないと医呪神官は務まらない。
(……な・ん・で! そんな状況だったのかも、どうやってやったのかもわからんがなっ!!)
けれど、どう考えても不可能そうなことをやってのけたことになるので、訳が分からなくていらだつ。
それが不安の表れだということは頭の片隅で理解していたが、正直、分かりたくない。
(……まったく……)
今のこの国は、本当にどうなってしまっているのか……
大陸を守護する女神様が、己が巫女としてこの国の皇孫皇女であるジャンヌ――ジニア・プローフ・ジャネット皇女殿下を祝福して下さった歓びもつかの間。
この夏の終わり頃からの騒動は頭が痛いことばかり……
ぶるっと、外気の寒さではない寒さに震えて、シリウムは素早く十字を切った。
(……これ以上の騒動は、本当にごめんだぞ……!)
心からの祈りに、果たして神は応えてくれるのか。
それとも、願いは叶えられないものなのか……
どちらにしろ、人ができることは限られている。
日々を、ただ懸命に生きるだけだ。
少なくとも、神前裁判で魂魄までもを消し去られた愚か者のようにはならないよう、自分も気を引き締めようと決意も新たに、シリウムは漸くたどり着いた特別室の扉を開いた。
第4章第4話をお読みいただきありがとうございます。
アインの治療がひと段落した裏で、インスが倒れたという報告がシリウムの元にも届きました。
「精神体の損傷」という、物理的な治療も回復魔法も意味をなさない絶望的な状況。
まさに「詰んでいる」状態のインス……。
そんな限界の状況にありながらも、遠く離れたアインを「自らの魔力で包み込んで守っていた」という規格外の事実が判明します。
どうやってそんな不可能を可能にしたのかは分かりませんが、インスの執念(愛の重さ)には神官長もお手上げのようです(笑)
次々と降りかかる問題に、大人たちはどう立ち向かうのか!?
次回もお楽しみに!
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ノリト&ミコト
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