92. 帰還への鍵
「それはこっちのセリフだ」
俺も負けじと睨み返す。
どうしてこんなところにいるのか。聞きたいことはいくらでもある。
けれど、それより先に対抗心が口をついて出た。
「あぁ!?」
「ちょっと、兄さん。誰に向かって口きいてるのよ」
横からマリアが冷ややかな声で割って入った。
「あの時、ソウタがいなかったら死んでたのよ? 素直にお礼くらい言ったらどうなの」
ヴァイルは一瞬言葉に詰まり、盛大に舌打ちした。
「……あー、クソ。分かってるよ。あの時は……悪かったな」
不服そうに視線を逸らしながらも、一応は謝罪してくる。
セシルの兄じゃなきゃ、ぶん殴ってるところだ。
ふと、タオルで汗を拭うヴァイルの姿に違和感を覚える。
「……右腕、戻ってる」
間違いない。
グリムハルトとの戦いでセシルを庇い、消滅したはずの右腕だ。
なのに今、彼は右腕でタオルを握り汗を拭っていた。
「再生治療。あんたの時代には無いの?」
マリアが尋ねる。
「いや、失った手足を戻す技術なんて無いぞ」
「そう。じゃあ驚くのも無理ないわね。遺伝情報を元に、欠損した部位を細胞から再構築させるの。ただ、筋肉の量まで完全には戻せないから、こうして筋力を取り戻すためのトレーニングが必要ってわけ」
「再生治療……。すげえな、未来の医療技術」
感心する俺の横で、得意げに話すマリア。
だが、別の疑問が浮かび上がった。
「なあ、マリア。ヴァイルがここにいること……知ってたのか?」
「え? ……ええ、まあ」
マリアは少しだけ目を逸らし、毛先を指でぐるりと弄んだ。
その仕草に、胸の奥がざわつく。
俺がいなかったこの一年。
俺の知らない二人の時間。
余計な想像が頭をよぎり、慌てて振り払う。
駄目だ。そんなことを考えている場合じゃない。
胸のざわめきを無理やり押し込んで、アレンに向き直った。
「アレンさん。さっき言っていた『女神の代行者に近い人物』っていうのは、ヴァイルのことですか?」
「いや——」
アレンが答えようと口を開いた、そのとき。
コツ、コツと部屋の奥から乾いた靴音が響いた。
視線を向けると、奥の仕切りから一人の女性が姿を現す。
茶色い髪を後ろで束ね、白衣を羽織った小柄な女性。
その両手には冷えた缶飲料が握られていた。
クロスタ博士。
カイムに協力していた、アルカナ屈指の天才技師。
彼女は俺たちには目もくれず、真っすぐヴァイルの元へ歩み寄る。
そして、持っていた缶のひとつを無言で差し出した。
「おう」
ヴァイルはそれを受け取ると、慣れた手つきでプルタブを開け、一気に喉へ流し込んだ。
クロスタが残ったもうひとつの缶を開ける。
プシュッと炭酸の弾ける音が響いた。
「そういうことだ」
いや、どういうことだよ!
アレンの言葉に、心の中でツッコまずにはいられなかった。
そんな疑問など露知らず、アレンが続ける。
「無許可で“外”とを繋ぐ“門”を作成し、フォルテリアの人々を危険にさらした。さらには女神様の殺害。これらが二人の罪状なのだが」
罪。
そうだ。彼らは犯罪者だ。
未来の司法がどうなっているのかは分からないが、あれだけのことをして無罪放免とはいかないだろう。
もしかしたら死刑とか、考えたくはないけど、それすらあり得るのかもしれない。
「特に後者は前例が無く、どう取り扱うべきか決めかねていてね。それに、動機にはノクセイアへの調査遠征が深くかかわっている。中央本部にも責任の一端がある。そんなわけで、処遇が決まるまでの間、二人にはここで過ごしてもらっているんだ」
「事情は分かりました。ですが、それが女神の代行者とどう関係するんですか?」
「ああ、それなんだが——」
アレンはクロスタへ視線を向けた。
「そこにいるクロスタ博士がその代行者に協力し、世界のシステムを継続できるようにしてくれたんだ」
「クロスタ博士が……?」
思わず彼女を見る。
一瞬だけ目が合い、すぐに逸らされた。
雰囲気もそうだけど、ちょっと苦手なタイプかもしれない。
「現状、街の維持やマナの仕組みに関する技術は我々にはほとんど理解できていない。いや、理解できないよう意図的に秘匿されている、と言った方が正しいかもしれない」
「だが、彼女はその一端を理解している。おそらく女神様を殺害する計画を進める過程で知り得たものだろう」
そうだ。
クロスタは女神の、この世界の仕組みそのものに反対していた。
自身が犯罪者になってまで壊したものを、戻したということになる。
そんな簡単に心変わりなんてするはずがない。
「ちょっと待ってくれ。この世界の仕組みを壊すためにあんなことをしたんだよな? なのにどうしてそれを戻すのに協力したんだ? まだ何か企んでるんじゃないのか?」
疑問をそのままクロスタ本人へぶつける。
だが、彼女は感情の読めない目でこちらを見返すだけだった。
「……コホン」
アレンが小さく咳払いをする。
「答えてもらえるかな?」
促されると、クロスタは「はぁ」とため息をつき、いかにも面倒そうな顔でようやく口を開いた。
訂正。ちょっとじゃない。
大分苦手だ、この人。
「勘違いしないで。今も女神は嫌い。実際に会って、ますます嫌いになったわ。でも、魔素からマナへの変換、これについては別の目的があることを知ったの」
「別の目的?」
「そっちの言う、代行者から聞いたわ。内容は話せないけれど」
「話せない? どうしてだ?」
「さあ。でも『言うな』って」
知られてはまずい理由。一体なんだろうか。
女神の代行者も段々と胡散臭くなってきた気がする。
「で——」
クロスタは缶を口元から離し、俺の目を見た。
「私に何か用、あるんでしょう」
そうだ。彼女が女神の代行者と繋がっているなら、頼むことはひとつしかない。
「クロスタ博士」
一歩、彼女に向かって踏み出す。
「頼む。俺をその代行者に会わせてくれ。もう一度、元の時代へ帰るために、力が必要なんだ」
クロスタは心底面倒そうに溜息をついた。
「私にアレと面会させる権限なんてないわ。向こうから一方的に指示が来て、私はそれに従っているだけ」
「そんな……じゃあ、どうすれば……」
「でも」
クロスタは缶を机に置き、俺の右手——正確にはそこに装着されているはずのギアのあたりを指差した。
「あなたが元の時代へ帰りたいだけなら、話は簡単よ」
「……どういうことだ!? 教えてくれ!」
思わず身を乗り出す。
クロスタは露骨に眉をひそめ、鬱陶しそうに手で制した。
「落ち着きなさい。あの戦いの最後。あなた自身がその右手のギアを使って消えたの。女神の娘と一緒にね」
「俺が……?」
記憶を辿る。
あの時、俺は途中で意識を失った。
だとすれば、リゼが俺の身体を一時的に使って時間跳躍を行ったのか。
「ギアには使用時のマナの出力、術式の構成、さらには周囲の映像までが、すべてメモリーとして記録される仕組みになっているわ」
白衣のポケットに両手を突っ込み、クロスタは淡々と説明を続ける。
「つまり、そのメモリーを解析すれば、あなたがどうやって過去へ跳んだのか、その術式を割り出すことができる。それを再現すれば、もう一度跳ぶことも可能ってわけ」
——帰れる。
代行者に頼らなくても、このギアさえあれば自力で帰れる。
「じゃあ、博士! 今すぐそのメモリーを調べて……!」
「無理ね」
クロスタはあっさりと期待をへし折った。
「メモリーは通常、ギアの作成者しか取り出せないの。使用者の個人情報の塊だから」
「取り出せない……じゃあ、どうしろっていうんだ」
「簡単よ。そのギアの作成者本人に頼みなさい」
「ルミナだ。そうか、あいつに頼めば……!」
ルミナの屈託のない笑顔が浮かんだ。
巻き込むつもりは無かったけど、四の五の言ってられない。
「あなたが見たもの、聞いたもの、全てを知られる覚悟があるならね」
「……っ!」
元の時代で見たもの。
灯の最後が頭をよぎる。
「それでも、俺は行くしかない。どんな醜態だって見られても構わない」
拳を握りしめ、自分に言い聞かせるように言い放つ。
「……見たくないものだって、あるのにね」
クロスタがぽつりと呟いた。
その視線は部屋の隅に立て掛けられた紅い剣型のギアへ向けられていた。
「マリア。すぐにルミナの元へ行こう」
踵を返し、マリアを見た。
「ルミナは今、どこにいる? やっぱりリュキアの本社か?」
「いいえ。ロムサの実家に戻ってるわ。セシルも一緒にいる」
ロムサ。あの、吐くほど寒かった北の果ての街。
「そうか。……って、セシルも一緒なのか? ここへ来たのに姿が見えないからおかしいとは思ってたけど」
すると、アレンが少し申し訳なさそうに口を挟んだ。
「すまない。先に説明しておくべきだった。セシルはロムサ支部へ異動になったんだ」
「異動……」
未来でも転勤みたいな制度があるんだな。
でも、ロムサへ行けばふたりに会える。
気の毒に思いつつ、久しぶりの再会への期待がこみあげてくる。
「一年前、ロムサの外で大規模なマナが使用された影響で、周辺の魔物が異常に増えてしまっているんだ。彼女自身の希望もあって、その掃討の任についてもらっている」
一年前。大規模なマナ。
……完全に俺のせいじゃないか。
ごめん、セシル。俺なんかの尻拭いまでさせて。
「よし、じゃあロムサへ行こう。正直、あの寒さは二度と味わいたくなかったけど……ルミナとセシルに会うためにも、行くしかないな」
気合を入れ直した、そのときだった。
「待ちなさい」
不意に背後から声をかけられる。
振り返ると、クロスタがこちらへ歩み寄ってきていた。
「教えた見返りとして、私も同行させてもらうわ」
「……は?」
俺も、マリアも、そしてヴァイルでさえも驚いてクロスタを見た。
「どうして?」
「そのギアの作成者、リュキア会長の孫娘でしょう。個人的に興味があるの。それに——」
クロスタの視線が部屋の隅へ流れた。
「私にも、確かめたいことがある」
その表情は、これまでの冷めたものとは違った。
何か切実なものを孕んでいる、そう見えた。
ロムサへの再訪。
どうやら、一筋縄ではいかないことになりそうだ。




