91. 予期せぬ再会
ローセルの転移ステーションは、相変わらずのんびりとした空気に包まれていた。
行き交う人々も急ぐ様子がなく、中央都市の慌ただしさとは明らかに空気が違う。
俺はホールの片隅にあるベンチへ腰を下ろし、ぼんやりとアーチ状の天井を見上げていた。
……遅いな。
マリアに「準備するから先に行って待ってて」と言われ、ここへ来てからもう一時間くらい経つ。
一人で待っていると、どうにも落ち着かない。
中央へ行って、女神の代行者に会う。
すんなり会えて、無事に元の時代へ帰れたとして——その後どうする。
灯から託されたこの力と無限の手があっても、あのレオンをどうにかできるビジョンはどうしても浮かばなかった。
「お待たせ」
澄んだ声が不意に耳へ届いた。
ハッとして顔を上げる。
そこには、少し息を弾ませたマリアが立っていた。
視線が自然と彼女の髪へ向かう。
三つ編みのおさげ髪。
さっき会った時は肩まで真っすぐ下ろされていた赤い髪が、今はきっちり編み込まれていた。
「引き継ぎとかいろいろ手間取って。あと、ミレイユ様にも報告してたの」
マリアは小さく息をつきながら、俺の隣へ腰を下ろした。
言い訳のように理由を並べる横顔は、なんだか少し照れくさそうに見えた。
「マリア」
「どうしたの? もしかして、待たされて怒ってる?」
視線に気づいたのか、彼女は少し眉をひそめて睨み返してきた。
相変わらず防御より先に反撃が出るよな。
「いや、髪。戻ってるなって」
「ああ、これね」
マリアは毛先を指で弄りながら、視線を少しだけ逸らした。
「こっちのほうが動きやすいでしょ。聖女の仕事してるときは下ろしてるんだけどね。そっちの方がそれっぽくなるから」
「そうなのか」
「もしかして……似合ってない?」
上目遣いで探るように尋ねてくる。
その反応が妙に可愛らしくて、思わず口元が緩みそうになるのを必死に堪えた。
髪を下ろした姿も大人びていて綺麗だった。あれはあれで、目のやり場に困るくらい魅力的だ。
けれど。
「いや、いつものマリアに戻ったみたいで安心したよ」
本心からそう言うと、マリアは一瞬だけ目を丸くし、それからふいっと顔を背けた。
「そう。じゃ、行きましょ」
ぶっきらぼうに言うと、そのまま立ち上がり、ずんずんと歩き出す。
耳の先がほんのり赤くなっている。
俺は立ち上がり、その背中を追いかけた。
下ろした髪型も良かったけど、こっちのほうがやっぱりマリアらしい。
口が悪くて、でも誰よりも強くて優しい、俺の知ってる彼女だ。
転移の光に包まれ、一瞬の浮遊感の後、中央都市バルグレイスへと降り立った。
相変わらずの喧騒と、空を突くような高層ビル群。
ローセルとは違う景色を横目に、ヴァンガード中央本部へと向かった。
「よく無事で戻ってきてくれた、ソウタ殿」
デスクの向こうから立ち上がったアレンが、一年前と変わらぬ凛とした佇まいで俺たちを迎える。
「昨年は同行出来ずすまなかった」
開口一番、アレンは深く頭を下げた。
土壇場で同行を禁じられたことは、今でも彼の中に重いしこりとして残っているのだろう。
「上層部から止められたんですよね」
「ああ。まったく……」
アレンは眉をひそめ、不機嫌そうに呟いた。
いつも冷静な彼にしては珍しい反応だった。
「だが、結果的に良かったこともある」
アレンは顔を上げ、俺とマリアを交互に見つめた。
「マギアが使えなくなったとき、いち早く街の混乱収拾に動けたからね。戻ってきていたマリアさんがそちらの状況を伝えてくれたおかげで、事態をすぐに理解し対応できた」
「アレンさんは知ってるんですよね。その、女神が……」
言葉を濁しながら切り出すと、アレンは深く頷いた。
「ああ」
あの日、女神は確かに消滅した。それは目の前で起きた紛れもない事実だ。
だというのに、今この世界は何事もなかったかのように回っている。実際、俺たちも転移ステーションを使ってここまで来た。
それはつまり、誰かが新たな女神として世界を維持しているということに他ならない。
「この街に、女神の代行者がいると聞きました。もう一度元の時代へ帰るために、その方に会わせてください」
元の時代へ帰る。リゼを助ける。
そのためには、女神の力、あるいはそれに代わる存在の力が必要だ。
「なるほど、それで私のところへ」
「はい。アレンさんならもしかしたら、と」
ヴァンガードの部隊長であり、俺が知る中でこの街の中枢に最も近い人物。彼なら、代行者の正体や居場所に心当たりがあるはずだ。
だが、アレンはゆっくりと首を横に振った。
「残念だが、私では君の望みに応えることはできない」
「……え?」
予想外の返答に言葉を失った。
何か、教えられない事情でもあるのか。
戸惑う俺を前に、アレンはデスクに両手をつき、まっすぐにこちらの目を見た。
「私はその人物と会ったことはない。が、近しい人物なら知っている」
アレンの背中を追い、中央本部のさらに奥へと進む。
すれ違う隊員たちの数は次第に減り、いつしか誰ともすれ違わなくなった。
無機質な壁が続くだけの通路は、どこまで歩いても終わりが見えない。
「あのー、一体どこまで行くんですか?」
「セキュリティチェックに時間がかかっているようだ。ソウタ殿は初めてだからね。もう少し辛抱してくれ。じきに終わる筈だ」
承認されるまでこの通路は終わらないということだろうか。
相変わらずの謎テクノロジー。俺の常識なんてこれっぽっちも通用しない。
しばらく歩くと、重厚な扉が現れた。
アレンがセキュリティパネルに触れると、短い電子音と共にロックが外れる。
部屋へ入るなり、荒い息遣いが聞こえてきた。
訓練室と研究室を強引にくっつけたような雑然とした空間だった。
「……九十八、九十九、百」
部屋の中央で汗だくになって片腕立て伏せをしていた男が、こちらに気づき、ゆっくりと立ち上がる。
灰色の髪。鋭い眼光。
「なんでテメェがここにいるんだよ」
俺の顔を見るなり、ヴァイルは露骨に顔をしかめ、吐き捨てるように言った。
まさか女神の代行者に近い人物って——ヴァイルのこと?




