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77. 魂を焼く黒雷

 ぽた、ぽた、と。

 右の拳から落ちる血が床を叩く。昂った意識が少し冷める。

 穿たれた暗闇の奥から、瓦礫が崩れ落ちる音がした。


『颯太、来る』


 頭の中でリゼの声が響いた。

 同時に、暗闇の中で空間が泥のように歪むのが見えた。

 

 どす黒い光の糸が絡み合い膨張していく。

 そして影が吐き出された。


 瓦礫だ。数百、数千の石塊が壁となってこちらへ殺到する。


 右手をかざす。

 

 音速で迫る瓦礫の群れが俺の数メートル手前でぴたりと止まった。

 それらひとつひとつの運動エネルギーを逆位相で打ち消す。

 そして、分解する。


 パラ……サラサラ……。

 砂のように空中で崩れ落ちていく。


 ――まだ終わってない。再構成だ。


 滞留していた砂粒が渦を巻き、一点へ収束していく。

 より鋭く、確実に奴を穿つ形を思い描く。

 

 擦れ合う音の中、砂は形を変え、螺旋を描く巨大な槍になった。

 

「お返しだ」


 空気が爆ぜると共に槍を暗闇へ射出した。

 グリムハルトが右腕を突き出す。

 空間がひしゃげ、透明な断層が現れた。

 

 槍が激突する。

 轟音と火花が散った。

 

 ギリギリと耳障りな摩擦音が響く。槍の先端が削られながらなお食い込み続ける。

 間髪入れず、俺は槍の軌道をなぞるように跳躍した。

 

 一瞬で距離を詰め、火花を散らす断層へそっと触れる。


「なっ――」


 単眼と、視線が交差する。


「プレゼントだ。遠慮せず受け取れ」


 『無限の手』から逆位相のマナを叩き込む。

 壁が霧のように消えた。


 防御を失ったグリムハルトへ漆黒の槍が突き刺さる。


「ガァァァァァァァッ!!」


 左半身を抉り、背後へ突き抜けた。

 壁が崩れ、粉塵が噴き上がる。

 むせ返るような灰の中、俺は静かに床へ降り立った。


 粉塵が晴れる。

 グリムハルトの左腕は肩から消え失せていた。

 千切れた血管から赤黒い血が流れ落ち、足元に広がっていく。


 だが。

 奴の口から漏れたのは苦痛の呻きではなかった。


「クク……クハハハハ……!」


 低い笑い声が、やがて腹の底から湧き上がる哄笑に変わっていく。


「素晴らしい。素晴らしいぞ、“無限”! そして、名も知らぬ未来の羽虫よ!」


 グリムハルトの左肩の断面が蠢く。

 赤黒い肉の繊維が這い出してくる。

 ぐちゃ、ぐちゃ。

 

 繊維が絡み合い、骨を形作る。筋肉が編み上がり、青白い皮膚が覆う。

 

 気味の悪い水音が止んだ時には、左腕が完全に戻っていた。


『再生魔法。魔素による肉体の復元』


 リゼの声が脳内で淡々と告げる。


「……この昂り。あの時を思い出す。この目を奪われた、あの時を」


 再生したばかりの左手を握り、ゆっくりと開く。


「さあ、もっとだ! もっと私を愉しませてくれ! 貴様に奪われたプライドも、すべて乗り越える。ヴァンクロフトをも超越し、私は神になるのだ」


「……くだらない」


 口を突いて出たのは凍てつくような声だった。

 俺の怒りとリゼの軽蔑が重なる。


「これからお前に与えるのは、一方的な蹂躙だ」


 グリムハルトの笑みがピタリと止まる。


「お前のプライドなんかどうでもいい。ミジンコほどの価値もない。俺たちの大切なものを奪った。だから、ここで消す。泣いて謝っても許さない」

 

 ふと、マリアの顔が頭をよぎる。

 あいつならこんなことを言っただろうな。


「少し褒めただけで随分と大きく出たものだな」


 重圧が空間に満ちていく。

 グリムハルトの全身から漆黒のマナが立ち上る。

 それが凝縮し、黒い球体となって周囲に浮かんだ。


「本気を見せてやる。喜べ、お前が二人目だ」


 グリムハルトが両手を広げる。

 球体が一斉に膨張した。


 暴風が巻き起こる。いや、風じゃない。

 引力だ。

 

 床のパネルが剥がれ、瓦礫が砕け、光さえも吸い込まれていく。

 視界を埋め尽くすように、十、二十と数が増えていく。


「呑み込まれろ! 塵も残さず、永遠の虚無を彷徨うがいい!!」


 凄まじい吸引力が身体を引き寄せる。

 普通なら抗う間もなく吸い込まれて終わりだ。

 だが。


『……左上、3。右、2。正面、5、直列』


 脳内でリゼの声が座標を刻む。

 言われるまでもない。もう視えてる。

 ブラックホールが形を成す直前、空間に走るマナの亀裂。どす黒いエネルギーが一点へ収束し、脈動が浮かび上がる。


「これが本気か。拍子抜けだな」


 小さく呟き、『無限の手インフィニティ・ハンド』の指先を軽く振る。

 左上の空間が歪みかけた瞬間、放った逆位相のマナが収束点へ突き刺さった。


 パチンッ、と小さな破裂音。

 それだけで、生まれかけていたブラックホールが霧散した。


「なっ……!?」


 グリムハルトの顔が引き攣る。

 俺は歩みを止めない。

 

 迫り来る暴風の中を進む。

 右。正面。足元。頭上。

 次々と発生しようとする暗黒の穴へ視線を向ける。

 それだけでいい。マナを流し込むだけで片端から打ち消していく。

 

 バチッ、パチンッ、と。

 乾いた音がリズムを刻む。


「馬鹿な……!? 私の『虚無』が、発生する前に解体されているだと!?」


 グリムハルトの右目に焦燥が浮かぶ。

 両手を振り回し数を増やそうとする。

 無駄だ。

 マナが収束しようとするその過程が、俺にはスローモーションのように見えている。

 奴の魔法はもはや届く前に消える、ただの手品にすぎない。


「どうした? そんなもんかよ、自称・神様」


 数メートルの距離まで歩み寄り、足を止めた。

 見の前にいるのは、かつて絶対的だった化け物のひどく滑稽な姿だった。


「貴様ァァァッ!!」


 激昂したグリムハルトが両手を突き出す。

 重力で俺を押し潰そうする――が。


「お手本を見せてやる。重力ってのは、こう使うんだ」


 右手を高く掲げ、無造作に振り下ろした。

 轟音と共にグリムハルトの身体が床へ叩きつけられる。

 奴を遥かに上回る密度の重力場。空そのものが落ちてきたかのような圧が巨体を押し潰す。


「が、ぎッ……!? ごはァッ!」


 顔面を床にこすりつけ、無様に這いつくばる。

 ミシッ、メキメキッ、と。

 骨が軋み、砕ける音が響く。


「き、さま……ゴミ風情が……私を見下ろす、なァッ!!」


 血反吐を吐きながら、なお立ち上がろうとする。

 腕に力を込めるたび、床が蜘蛛の巣状にひび割れ、体が沈み込んでいく。

 反発しようとするマナを俺とリゼの演算が瞬時に上書きし、さらに重力を倍加させる。


「立てないだろ? それが、お前が踏みにじってきた奴らの絶望だ」


 左手を天へ向けた。

 吐息が白くなる。

 

 天井付近で極低温の凍気が渦を巻いた。


『……カイムの魔法』


 脳内でリゼが呟く。

 

 あいつは身勝手で、許されないことをした。

 けれど、家族を奪い、人生を狂わせたのは目の前のこいつだ。

 

 カイムの無念もここで晴らしてやる。


 ピキピキと空気が凍りつく。

 頭上に無数の氷槍が生成されていた。

 青白い切っ先が、すべてグリムハルトへと向けられている。


「貫け」


 左手を振り下ろす。

 

 氷槍が降り注いだ。

 肉を穿ち、床を砕く音が連なる。

 重力に縫い付けられた奴の背中へ、太ももへ、肩へ、突き刺さっていく。


「ぬぐおおおぉぉッ!!」


 血飛沫が舞い上がり、極低温の冷気で瞬時に凍りつく。

 赤い氷の粒が空中に散った。

 

 数十、数百の氷槍がグリムハルトの身体を貫く。

 床は崩れ、砕けた氷と血肉が混ざり合って広がっていた。


 やがて氷の雨が止む。

 

 人の形はない。

 無数の氷柱に穿たれた肉塊だけがそこにあった。


 だが。


「……ハ、ハハ……」


 血に濡れた肉塊から歪んだ笑いが漏れた。

 グチャ、グチュリ。

 突き刺さっていた氷槍が内側から弾け飛ぶ。

 

 抉り取られた肉と砕けた骨が、どす黒いマナの糸に引き寄せられる。

 強引に繋ぎ合わされ、形を取り戻していく。


「ハハハハハッ! 痛い……中々に痛かったぞ!!」


 血まみれのスーツを引きずりながら、ふらふらと立ち上がった。

 残された右目は大きく見開かれ、口元からは涎と血が混ざって糸を引く。


「だが、無駄だ! 私は不滅! 魔素がある限り、何度でも蘇る! 貴様らの魔力が尽きるのが先か、私が喰い殺すのが先か……試してみようではないか!!」


 虚勢ではない。

 マナによる肉体の再構築が続く限り、物理的な損傷は決定打にはならない。

 

 だが、俺の目にははっきりと視えていた。

 再生のたび、体を構成するマナの密度がわずかに薄れているのを。

 

 無限じゃない。

 この化け物にも底はある。


「なら――その腐った魂ごと、一撃で消し炭にしてやる」


 両手を体の前に構え、目を閉じる。

 

 脳裏に浮かぶのは、生意気で口が悪くて、でも誰よりも優しかったあいつの顔。


『颯太、終わらせよう』


 リゼの声が心臓の鼓動と重なった。

 

 両手の間にマナを極限まで圧縮する。

 赤黒い火花が空間に散り、空気が焼ける。

 黒と赤の雷光が球体となり、脈打つ。

 暴れ狂うエネルギーに空間が歪んだ。

 光が地下空間を真昼のように照らし出す。


「な、なんだ……その光は……!?」


 再生したばかりの身体が後退った。


「お前が飲み込んだ彼女の光だ。その身で味わえ」


 限界まで圧縮した黒雷を解き放つ。


「消えろォォォッ!!」


 光が弾け、音が遅れて追いつく。

 極太の黒雷が空間を削りながら一直線に走る。


「オォォォォォッ!?」


 防ぐ間を与えない。

 黒雷はグリムハルトを正面から捉え、その巨体を貫いた。

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