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104. また来る

『おっさんじゃん。しかも子持ちだし。趣味悪、理解できない』


 映像の中のクロスタが容赦なく毒を吐く。

 その鋭さは今の彼女とまったく変わっていない。


『あの激シブが良いんじゃん。お子様には分からないかー』


 視点の主は、ふふん、と得意げに鼻を鳴らした。


『あ、でも息子くん超イケメンよ。多分あなたと同い年くらい。見たら絶対惚れちゃうと思う!』


 どこまでも明るく軽い調子だ。

 クロスタは少しだけ眉をひそめ、端末を膝へ下ろした。


『興味ない。それより、早くして』

『はいはい。ほら、これ』


 ガサリ。

 擦れる音とともに、視点の主が一枚の紙を差し出す。

 クロスタがそれを受け取り、広げた。

 映像の視点がその紙の盤面を捉える。


 そこには禍々しいまでに真っ赤な剣が描かれていた。

 柄の部分には、燃え盛る炎を模したような過剰な装飾。


『どう? いい感じでしょ?』


 クロスタは紙をじっと見つめたまま、数秒間、固まった。

 そして。


『……やっぱり、やめようかな』


 声が本気で嫌そうだった。


『えー、いいじゃん! 超カッコいいでしょ』


 視点の主が身を乗り出し、熱弁を振るう。


『名前はね、“紅蓮の葬花《スカーレット・リコリス》”。苛烈な炎が敵をすべて焼き尽くすの。アルカナのイメージにもぴったりでしょ?』


 ……紅蓮の葬花。


 なんというか、そういう名前にしなきゃいけないルールでもあるんだろうか。

 マリアの“赤の鴉(クリムゾン・レイヴン)”と似た絶妙な香ばしさだ。


 クロスタが大きなため息をつく。


『その、ダサいイメージを変えたいの』

『ダサくないってば!』


 再びため息をつくクロスタ。

 その時だった。


『——待たせたな』


 背後から渋く落ち着いた声が響いた。

 視界が勢いよく反転する。


 大剣を背負ったゲイル立っていた。

 相変わらずの圧倒的な存在感。

 そして、視点が捉えたのは彼だけではなかった。


 ゲイルの傍らにひとりの少年が立っていた。

 灰色の髪。

 鋭く、どこか反抗的な瞳。

 ポケットに両手を突っ込み、退屈そうに周囲を睨みつけている。


 今よりも少し若いヴァイルだ。

 俺の知る奴よりずっと線が細いが、生意気そうな雰囲気はすでに完成されている。


『隊長!』


 視点の主が弾むような声で応えた。


『そっちはもう、済んだのか?』

『はい!』

 

 視点の主が振り返り、クロスタを手で示した。


『クラリスの最初のお客さんは私って約束してたんで!』


 得意げに言い切る声に、クロスタは慌てて手元の紙を隠そうとした。


『ち、ちょっと! まだこれを受けるとは——』

『はいはい、よろしくー!』


 視点の主が強引に話をまとめる。

 あのクロスタがなす術もなく流されていた。


『あ、そうだ』


 視界の端で退屈そうに立っていたヴァイルに、軽い調子で語りかける。


『この子ね、現在売り出し中の天才少女、クラリス。最年少でマイスター認定とったのよ。すごいでしょ? 将来絶対に有名人になる。ヴァイルくんも今のうちに予約しときー』


 ポケットに手を突っ込んだまま、ヴァイルは少し面倒くさそうにクロスタの前へ歩み出た。


 鋭い眼光を持つヴァイルと、顔を上げ、怪訝そうに彼を見つめるクロスタ。

 ふたりの視線がぶつかった。


『な、何』

『……親父のより強いやつ、できるか?』


 ぶっきらぼうな声だが、目は逸れず真っすぐにクロスタを見据えている。


 クロスタは驚いたように目を見開き、胸に抱えていた端末をぎゅっと抱きしめた。

 そして視線をすっと足元へ落とした。


『……できる』


 ぽつり、と消え入りそうな声。

 でも、芯の通った響きだった。


『じゃ、頼む』


 ヴァイルは短く言い放つと、くるりと背を向けた。


『また来る』


 背中越しにそう言って歩き出す。


『はっはっは!』


 背後でゲイルの豪快な笑い声が弾けた。


『こりゃ楽しみだ。いつまでもヘルマンのジイさんが持て囃されててもしゃーないからな』


 満足げに頷いたゲイルがこちらへ視線を向ける。


『カスティア、そろそろ行くぞ』

『うっす!』


 視点の主が元気よく応じる。


 ゲイルが歩き出し、ヴァイルがその後に続く。

 アルカナの重厚な扉が開き、外の光が差し込んだ。

 二人の影がその光の中へと吸い込まれていく。


 映像の視点はその場から動かなかった。

 視界の中心にあったのは、ドアの向こうへ消えていく親子の背中をぼーっと見つめ続けるクロスタの姿だった。


『……もしかして、惚れた?』


 ニヤニヤと笑いを堪えるような声。


 クロスタの肩がびくりと跳ねた。

 顔を背け、端末で口元を隠す。


『……うるさい』


 その声は普段の冷やかさとは程遠い、年相応の少女のものだった。


 ——ブツン。


 そこで映像が途切れた。

 ルミナの工房が元の薄暗さに戻る。


 ……なるほどな。


 今の映像の視点主は間違いなくカスティアだ。

 過去のノクセイアで無惨に命を落とした女性隊員。


 クロスタと彼女がどんな関係だったのかはわからない。

 でも、きっとこれは彼女自身の始まりの記憶だったんだ。


 ヴァイルとの出会い。

 カスティアとのやり取り。

 彼らと共にあった、ささやかで、確かに息づいていた時間。


 俺はそっと視線を動かし、クロスタの方を見た。


「……」


 彼女はいつの間にかあののっぺりとした仮面を被っていた。

 映像を見始めたときは、確かに素顔だったはずなのに。


 きっと今の顔を誰にも見られたくないのだろう。

 その不器用な隠し方に、俺は少しだけ親近感を覚えていた。

 彼女もまた、大切な何かを失って足掻き続けている一人なんだと。

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