103. 追憶
ガーディアンの討伐から夜が明け、俺たちはルミナの実家へと戻ってきた。
どうやらガーディアンはロムサ周辺の魔物をあらかた吸収してしまっていたらしい。
おかげで一帯の魔物の数は激減。
討伐隊の任務は完了とみなされ、その場で解散となった。
隊の危機を救った上に、増えすぎた魔物の問題までも解決した。
本来なら英雄と祀り上げられてもおかしくない……はずなんだが。
今俺に向けられている視線は英雄へのそれとは違っていた。
「……ひどい」
ルミナが頬をぷくっと膨らませて、俺をじっと睨んでいる。
黙って抜け出したのがよほど気に食わなかったらしい。
「いや、あの時は本当に緊急事態だったし……ヴァンガードじゃないルミナを巻き込むわけにはいかなかったんだ」
「クロスタ先生は? ヴァンガード関係ないよね」
「うぐ、それは……」
「たー坊のばか。薄情者」
ダメだ。
ルミナを納得させられる言い訳が思いつかない。
「そのあたりにしておけ」
無言でコーヒーを啜っていたスティグが低い声でたしなめた。
「寝ぼけたお前を待った結果、セシルの到着があと少し遅れていたら、私は今ここにいなかっただろう」
「うっ……」
スティグの言葉にさすがのルミナも黙り込んだ。
……助かった。
確かに、スティグの言う通り本当にギリギリだった。
そこまで考えてはいなかったけど。
「おじじに免じて今回は許す。でももう、置いていったら絶対ダメだからね。約束できる?」
ルミナが身を乗り出し、ぐいっと顔を寄せてくる。
「わ、わかった。約束するよ」
「……ほんとに?」
「ああ」
「ほんとに本当?」
顔が近い。
詰め寄るルミナから逃げるように、俺は慌てて話題を切り替えた。
「と、とりあえず元の時代へ帰れるようになったわけだし、一旦中央に戻ろうと思うんだ。マリアにも……ちゃんと別れを告げてから帰るよ」
「そっか……」
ルミナはゆっくりと身を引き、元の位置に座り直した。
「じゃあ、ボクも一緒に行くよ」
「えっ、ルミナも?」
「うん。マリアっちにも久しぶりに会いたいし。……まだちょっと怖いけどね」
そう言って苦笑いを浮かべるルミナ。
どうせ帰るなら、最後はルミナにもちゃんと別れを告げたい。
そう思って、俺はそれ以上何も言わなかった。
「中央……」
ふと、セシルが呟いた。
テーブルの端でカップを両手で包み込むように持っている。
彼女は現在ロムサ支部勤務だ。
俺たちが中央へ戻れば、ここでお別れになる。
正直なところ、寂しい。
できれば彼女にも見送ってもらいたかった。
「辞令だ」
静寂を破ったのは、またしてもスティグだった。
彼の言葉と同時に、セシルのポケットで電子音が鳴る。
ピピッ。
セシルがびくりとして、慌てて端末を取り出した。
画面を見つめる彼女の目がみるみるうちに見開かれていく。
「何て書いてあるんだ?」
俺が尋ねると、セシルは指で画面をなぞりながら声を出した。
「……半年間の休養……その後、中央本部へ異動……」
「えっ!? つまり、中央へ戻れるってこと?」
セシルは勢いよく顔を上げ、スティグを見る。
「支部長……これは、一体……」
「討伐の任務は終わった。これ以上お前をここに縛り付ける理由はないだろう。それに、上げた成果を考えれば、半年の休養でもお釣りが来る」
セシルの瞳が小さく揺れた。
端末を握る手にぎゅっと力が入る。
「……ありがとうございます」
彼女は立ち上がり、スティグに向かって深々と頭を下げた。
「ふふっ」
キッチンの方からくすっと笑う声がした。
ヒルダさんだ。
「先輩、随分甘くなりましたね」
スティグは何も答えず、ただ忌々しそうに鼻を鳴らした。
よかった。
これでセシルも一緒に戻れる。
「そういえば」
俺はふと思い出し、部屋の隅で腕を組んだまま目を閉じている人物に声をかけた。
「なあ、クロスタ博士」
彼女がゆっくりと目を開ける。
「こっちに用事があるって話だったけど、もういいのか?」
俺の問いにクロスタは答えなかった。
ただ、視線をちらりと横へ流した。
その先には優雅に紅茶を飲むセラさんがいた。
コトリ。
セラさんがソーサーにカップを置く。
そして、いつもの涼しい表情のまま口を開いた。
「頼まれていたものの解析なら、終わっていますよ」
「解析……?」
俺は首を傾げた。
クロスタがセラさんに? 一体何を?
クロスタは俺の疑問を素通りし、セラさんの方を向いた。
「彼らに見せても構わないかしら」
「ええ。構いません。ただ、現物は返却できません。リュキアで厳重に保管することになります」
「分かっているわ」
クロスタは短く応じると、俺とセシルに視線を向けた。
「来なさい」
リビングを出て工房へ移動した。
ひんやりした空気の中、俺とセシル、ルミナ、セラさん、そしてクロスタの五人が作業台の前に集まっている。
「じゃ、いくよー」
ルミナの手にピンポン玉ほどの球体があった。
水晶のように透明で、中が淡く光っている。
ルミナは作業台の上にある機械の窪みに、それをそっとはめ込んだ。
低い起動音が鳴り、青白い光が宙へと放たれる。
それが空中で重なり合い、立体的な映像を結んだ。
『はぁっ……はぁっ……』
映像から荒い息遣いが聞こえてきた。
視点が激しく上下に揺れている。
視界の持ち主が動いているんだ。
使い込まれた板張りの床。
がらんと広い空間。
『踏み込みが甘いぞ』
渋く、よく通る男性の声。
視点がぐるりと回り、声の主を捉える。
そこに立っていたのは大柄な男だった。
木刀を肩に担ぎ、汗だくで笑っている。
「……父さん」
隣でセシルが声を漏らす。
この景色、見覚えがあると思ったけど、セシルの実家の道場だ。
『そう、いい動きだ。だが、剣を振るう前に肩が下がる癖がある』
ゲイルが木刀でゆっくりと動きを実演してみせる。
『踏み込むときはこう。進行方向とつま先の角度に注意しろ』
視点の主は黙ってそれを見つめていた。
その時。
ゲイルの動きがピタリと止まった。
鋭い眼光が和らぎ、視線が逸れる。
つられるように、視点も同じ方向を向いた。
道場の入り口。そこにお人形のように可愛らしい少女の姿があった。
アッシュグレーの髪。
両手で、自分の背丈ほどある剣のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめている。
もしかしなくても、すぐに分かった。
幼いころのセシルだ。
木刀が床に転がった。
『セシルちゃ〜〜〜ん!!』
ゲイルが満面の笑みで駆け出していく。
少女をひょいと抱き上げ、頬ずりする。
『ぱぱ、おひげ、いたい……』
『おおっと、すまんすまん! いやぁ、今日もセシルは世界一可愛いな!』
隣でセシルが指先でそっと目元を拭った。
やがて、映像が白くフェードアウトしていく。
数秒の後、再び新しい景色が描き出された。
黒を基調とした、重厚でシックな空間。
こっちも見覚えがあった。
アルカナ社の受付ロビーだ。
『——でさ、これが超カッコよくってさー。もうヤバいの』
視点の主が軽い口調で誰かに語り掛けている。
手元の端末を眺めていた少女がゆっくりと顔を上げた。
茶色い髪を後ろで束ねた、落ち着いた雰囲気の少女。
どこか冷めたような理知的な瞳。
その顔立ちと雰囲気が、今近くにいる人物と重なる。
——クロスタ?
現在の彼女より少し幼く見えた。




