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101. 閃光

 考えている暇はない。


「内側から吹き飛べ!」


 咄嗟に右手をかざし、ベヒモスの体内に直接マナを送り込んで爆破のイメージを描く。


 ——バキィッ。


 分厚い氷の装甲が内側から弾け飛び、巨体が粉々に爆散した。

 氷片がぱらぱらと周囲に降り注ぐ。


 ……倒した。

 そう思った、次の瞬間だった。


 破裂した中心部、飛び散る肉片と氷の隙間から黒い影が噴き出した。


「なっ——」


 避ける間もなかった。

 無数の黒い触手が、蛇のようにうねりながら俺の右腕に巻き付く。


「がぁっ!?」


 腕に焼けるような激痛が走る。

 皮膚が焼け、骨の芯まで浸み込むような激痛に視界が滲む。


 ——ザンッ!


 白銀の軌跡が闇を切り裂く。

 セシルの剣が、俺の腕に絡みついていた触手を切断した。


「ソウタさん!」

「助かった……!」


 千切れた触手が地面に落ち、泥のように溶けていく。

 だが、安堵する間もなかった。


 周囲に散っていた黒い霧が、まるで逆回しの映像のように一点へと集まり始める。

 砕け散った氷の装甲が再び形を成し、数秒前と同じベヒモスの巨体がそこに立っていた。


「……嘘だろ」


 再生したベヒモスが、咆哮とともにセシルへと飛びかかる。


「はっ!」


 セシルは姿勢を低くしてそれを躱し、すれ違いざまに巨体の腹部を横一文字に斬り裂いた。

 刃が触れた場所から魔物を構成するマナそのものが霧散していく。

 “霧の妖精(ミスティ・フェアリー)”の特性だ。


 ベヒモスの身体が半分ほど黒い霧となって消えかけた。

 が、途中でピタリと止まる。

 そして再び黒い霧が収束し、傷口が完全に塞がっていった。


「攻撃が……効かない?」


 セシルが目を見開く。


「ベヒモスはただの外殻。中に潜むガーディアン本体を狙いなさい」


 背後から冷静にクロスタが伝える。


 ……そういうことか。

 魔物の内側に寄生し、その身体を操りながら再生させている。


 それなら。


「セシル! 俺が奴の動きを完全に止める。その隙に……!」

「はい!」


 俺はギアにありったけのマナを込め、ベヒモスへと掌を向けた。


「潰れろッ!」


 ベヒモスに加わる重力を引き上げていく。

 メキメキッ、と氷の装甲が悲鳴を上げた。

 巨体が地面に縫い付けられ、四肢が不自然な角度に曲がる。


「今だ!」


 俺の合図に合わせ、セシルが地を蹴った。

 白銀の刃が重力で押し潰されたベヒモスの背中へ深々と突き刺さる。


「はああぁぁぁッ!!」


 そのまま装甲ごと強引に両断する。

 刃がベヒモスの体内へ届いた瞬間、中から真っ黒な触手の塊が転がり出た。

 ガーディアンの本体だ。


 セシルは息をつく間もなく、手首を返して連撃を叩き込む。

 刃が触手を細切れにし、マナを強制的に霧散させていく。


「ギィィィィィィッ……!!」


 断末魔を上げ、ガーディアンの本体が黒い霧となって消えていった。

 主を失ったベヒモスの残骸も雪のように崩れて跡形もなく消え去る。


「……ふう」


 セシルは剣をひと振りし、鞘へと納めた。

 俺も重力場を解除する。


「マナそのものを散らす特性。自己再生を繰り返すガーディアンにとっては、まさに天敵ね」


 クロスタがゆっくりと歩み寄ってきた。

 その視線はセシルの腰に下がる剣へと向けられている。


「あの堅物な優等生から生まれたギアとは思えないわ」


 相変わらず一言多いな。

 だが、それを気にする風でもなくセシルはにこやかに答えた。


「私はセラさんを信頼しています。あと……彼女は堅物ではなく、真面目なふりをしている天才ですから」

「……そう」


 クロスタはセシルから視線を外し、そうつぶやいた。




 遠くに巨大な楕円形のシルエットが浮かび上がる。

 討伐隊の拠点であるキャビリンだ。


 その周囲では閃光が弾け、爆音が鳴り響いていた。

 数多の魔物が群がり、数名の隊員たちが必死に防戦している。


 その中に見覚えのある姿があった。

 オルクだ。

 右腕を赤く染め、片手で剣を振り回しているが、明らかに動きが鈍い。

 一体の狼が背後から彼に飛びかかろうとしていた。


「危ない!」


 俺は走りながら重力の弾丸を放ち、オルクの背後の狼を地面に叩きつける。

 同時にセシルが滑り込み、周囲の魔物を次々と切り刻んでいった。


「あ、あんちゃん! セシルちゃん!」


 オルクが安堵の声を漏らし、その場にへたり込む。


「オルクさん、大丈夫ですか? すぐに治療を……」


 セシルが腰のポーチから治療用ギアを取り出そうとする。


「いや、俺がやるよ」


 俺はセシルを制し、“無限の手”をオルクの腕にかざした。

 癒やしのイメージをマナに乗せて流し込む。

 出血が止まり、傷口がみるみるうちに塞がっていく。


「……え、あ、おう。サンキュー、あんちゃん……」


 オルクは俺の治療を受けながら、露骨にがっかりした顔をした。

 お前、こんな状況でもセシルに手当てしてもらいたかったのかよ。

 そのブレなさはある意味尊敬に値する。


 傷が塞がるとオルクはすぐに立ち上がり、セシルの方を向いてニヤけた顔になった。


「いやー、セシルちゃんが来てくれて助かったよ! やっぱり俺とセシルちゃんは赤い運命の糸で……」

「オルクさん」


 デレデレと語りかけるオルクの言葉を、セシルが冷ややかに遮った。


「状況を教えてください。いったい何があったんですか?」


 鬼気迫るセシルの勢いに、オルクも心痛な面持ちで語りだす。


「急だったんだよ。突然、見たこともない触手の化け物が現れて……キャビリンを攻撃し始めたんだ。向こうは完全にこっちを認識してた」


「しかも、物理攻撃がまるで通じねえ。斬ってもすぐにくっつきやがる。誰も手に負えなくて、スティグさん……支部長が一人で囮になって、群れを引き連れて離れていったんだ。俺たち動ける奴らは、残った魔物からキャビリンを死守するだけで精一杯で……」


 スティグが一人で囮に。

 あの強さなら簡単にはやられないだろうが、相手は物理無効のガーディアンだ。いくら彼でも分が悪い。


「……」


 隣で話を聞いていたセシルが無言のまま身を翻した。

 そして振り返ることなく、闇の向こうへと駆け出していった。

 地面を蹴る音があっという間に遠ざかっていく。


「セシル!」


 俺も後を追おうと地を蹴りかけた——が。


「待ってくれ、あんちゃん!」


 オルクが俺の腕を強く掴んだ。

 血走った目で俺を見上げてくる。


「頼む……中に、怪我人が大勢いるんだ。さっき俺を治してくれただろ? あの力で、あいつらを助けてやってくれねえか」

「でも、セシルが……」

「頼む! 街に戻れば再生治療ができる。でもここじゃ無理だ。このままじゃ……死んじまう奴がいるんだよ!」


 オルクの手は震えていた。

 俺は暗闇に消えたセシルの背中と、オルクの顔を交互に見る。


「……分かった。案内してくれ」




 キャビリンの内部は想像していた以上の惨状だった。

 医務スペースには血と消毒液の匂いが充満し、あちこちから苦しげな呻き声が聞こえてくる。


「こっちだ」


 オルクに連れられて奥へ進む。

 ベッドの一つに大柄な男が横たわっていた。

 以前、フロストベヒモスの討伐で同行した大剣使いの隊員だ。

 全身のあちこちが黒く炭化し、ピクリとも動かない。かすかに呼吸が感じられるだけだった。


「あなた……お願い、目を開けて……」


 その傍らで紅一点だった女性隊員が涙をこぼしながら彼の手を握りしめていた。


「ドルンとシェナ、ふたりは夫婦でフリーやってんだよ」


 オルクが絞り出すように教えてくれた。


「シェナを庇って、あの触手をまともに食らっちまったんだ。……あんちゃん、頼む」


 俺は黙って頷き、ドルンのベッドの横へ立った。

 “無限の手”をかざす。

 ただの傷を塞ぐのとは訳が違う。炭化した細胞は死んでしまっている。


 どうすればいい?

 思い浮かんだのは、地下空間で見たグリムハルトの異常な再生能力だった。

 マナを肉体の情報に変換し、失われた部位を強引に再構築する力。


 ……あんなグロテスクなイメージはごめんだ。

 もっとクリーンに。

 細胞が滑らかに分裂し、正常な組織へと置き換わっていく、精密で穏やかな再構築。


 目を閉じ、マナを極限まで絞り出してイメージを形にする。

 手のひらから淡い光が溢れ、ドルンの身体を包み込んだ。


 パリッ、と。

 炭化して黒ずんでいた皮膚がひび割れ、剥がれ落ちていく。

 その下から新しい皮膚が再生していくのが見えた。


「嘘……」


 シェナが息を呑む。

 数秒後。ドルンの全身を覆っていた炭化の痕は完全に消え去り、呼吸が深く、規則正しいものへと変わった。


「ん……」

「あなた!」


 ドルンがゆっくりと目を開ける。

 シェナが泣き崩れるように彼に抱きついた。


「おいおい、泣くなよ……俺は大丈夫だから……」


 ドルンが戸惑いながらも、シェナの背中を優しく撫でる。

 俺は立ち上がり、そのまま他の負傷者たちも順番に傷を治していった。


「あんちゃん……本当に、ありがとうな」


 オルクが深く頭を下げる。シェナも涙目で何度も礼を言ってくれた。




 負傷者の治癒を終え、俺は再び冷たい闇の中を駆けだした。

 ガーディアン以外の魔物相手なら、あのメンバーもきっと持ちこたえてくれるはずだ。

 索敵の網を広げ、遠くに残るセシルのマナの痕跡を頼りに荒野を突っ切った。



「理解できないわ」


 並走するクロスタが口を開く。


「ヴァイルの妹と支部長。そしてさっきの彼ら。戦力的にも、あなた個人にとってもどちらを優先すべきか分かり切っているのに」

「まあ、迷ってないと言えば嘘になるけど、やっぱり目の前で苦しんでる人を無視なんてできないだろ。それに、セシルなら大丈夫だ。馬鹿みたいに強いからな」

「そう」


 クロスタは前を向いたまま、淡々と続ける。


「妹に死なれるとあいつが狂った様に暴れるのが目に浮かぶわ。悪いけど、面倒だから死なせないように守りなさい」


 あいつってヴァイルのことだよな?

 不器用な言い方だけど、彼女なりに仲間の妹を案じているってことか。


 その時だった。


 ——ズンッ。


 大気が大きく震え、地面から突き上げるような振動が伝わった。


「なんだ……?」


 前方の闇が不自然に歪んでいる。

 索敵の網が強烈な警鐘を鳴らした。


 セシルのマナの反応。

 そしてそれに衝突する、もう一つの……信じられない規模のマナ。


「これは……」


 クロスタの足が止まる。


 直後。

 前方で夜を真昼に変えるほどの巨大な白銀の閃光が吹き上がった。

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