第三章⑭
モチコトはそんな突飛な、一生の内に何度かあるお願いについて、説明してくれた。カーテンをオーバドクターズのスカートに作り替えるのだと言う。確かに篠塚のスカートを見れば、写真部のピンクでチェックのカーテンは、彼女たちのスカートの材料にベストなものだと思えた。ユウカとミドリ、二人で選んだ大事なカーテンだけれど、でも、オーバドクターズにとっては、今夜が最後のステージ。最後なんだから、篠塚たちの細かいことは知らないし、話をするのも今が初めてなんだけれど、最高な気分で終わって欲しいって思う。それが人情っていうものだ。篠塚は新しくカーテンをプレゼントしてくれるって言うし、ユウカはモチコトの一生のお願いに承諾した。ミドリも承諾した。
「ありがとう、」篠塚はユウカとミドリの手をギュッと握って、視線をモチコトに動かす。「それじゃあ、もっちぃ、私、店長に頼まれて、カラーゲを積まないといけないから、完成したら、マチソワに届けて頂戴、料金はあとで口座に振り込んでおくから」
篠塚は被服部の部室を出ていく。
「よっしゃ、」モチコトはジャージの袖を捲って、ミシンを起動させた。「それじゃあ、はじめますかっ、二人とも私が完成させるまで、黙ってるんだよ」
そんなこと言われなくても。
黙ってるよ。
ユウカがミドリの突然の告白に返事をしてなくて。
ミドリの首筋のキスに、瞳が濡れちゃったから。
ミドリに見られて。
ミドリのキスは嬉しかったのに。
何も言えなかったから。
笑顔になれなかったから。
なんだかちょっと。
難しいことになったんだ。
ミドリの気持ちが、全然分からない。
モチコトも何を考えているんだろう。
二人が抱き合っていたシーンを見たはずなのに。
それについて触れてこない。
ユウカは今、女の子の考えていることが全然分からない。
「よし」モチコトはためらいもなく、カーテンを裁断して形を作った。
ハサミが動く速度は信じられないほど早くて、一見して出鱈目に切っているように見える。
でも、それは計算された精緻な作業。
ミシンを動かす。
リズムよく、音が立つ。
生地と生地を複雑に縫い合わせている。
時に優しく。
時に強引に。
編み込んでいく。
見とれるほどの、超絶技巧。
まるで魔法だ。
モチコトは、魔女だ。
絶対そう。
そうに違いない。
ミシンが止まる。
小さなハサミで、余計な糸を切る。
スカートを裏返し、ミシンの上に持ち上げ、両端を引っ張って広げる。
「……完璧だわ、」モチコトの横顔は被写体に相応しい。「ユウちゃん、ここ、写真に撮るところでしょ?」
モチコトに先に言われてしまったことが少し、悔しい。
ユウカはカメラを持ち上げ、レンズを覗き、シャッタを切る。
モチコトのウインクが写真として残された。
「もっちぃさんって、」ユウカは言った。「魔女みたいです」
「は?」モチコトはユウカを睨んだ。「どういう意味だ?」
「魔法みたいだなって思って、そんな風に、どんな服だって作れちゃうんだから」
「分かってないな、分かってないよ、ユウちゃんは、」モチコトは首を振ってスカートを自分の体に当てて鏡の前に立ちながら言う。「私はね、魔法よりも難しいことをやってんの、魔法だって作れないものを作ってるの、魔法なんかと一緒にしないでよね」
そういうモチコトは素敵だった。そんな素敵なモチコトはスカートをユウカに渡した。「それじゃ、ユウちゃん、ミドリ、篠塚さんに届けてくれる? 私、リリコを迎えに行かなきゃいけないから、ああ、私たちもすぐにマチソワに行くわ、カラーゲ食べたいもんねっ」
そういうとモチコトは二人を残して、被服部の部室から出ていく。
来る、沈黙。
錦景女子は夜の七時に近づく。
シノヅカカノコ・アンド・オーバドクターズ・アンド・ミス・ウチダのステージが始まってしまう。
急いでスカートを持って行かなくちゃいけないんだけど。
走らなくちゃいけないんだけど。
時間切れになる前に。
だけど。
ユウカも。
ミドリも。
難しいことになっている。
このままだと、後味が悪い。
過去から未来に予告して、きっとこんなはずじゃないって思ってる。
だから。
だから。
だから私は君の名前を呼んだ。
「ミドリ!」
そのタイミングで。
鳴る、ロックンロール。
ミドリのスマホだ。
ミドリの方から音がしている。
ミドリがスマホを手に取り、画面触っている。
ミドリは顔を上げて、ユウカを見る。「……ユウちゃん」
ユウカは名前を呼ばれたことが嬉しかった。
「急ぐよっ」
「え?」
ミドリはユウカの腕を掴んで引っ張る。被服部の部室を出て走り出すから、ユウカも走る。
階段を駆け下り、部室棟を出る。
走りながら聞く。「ど、どうしたの!?」
講堂の前で一度止まった。
「これが最後のチャンスだって、」ミドリは高い声で言った。「黒猫が言ってるんだよ!」
ミドリのジョークだと思って、ユウカは世界の礼儀に則って笑った。
ミドリはユウカにスマホの画面を見せた。
黒猫がいた。




