第三章⑬
篠塚がモチコトの前に現れたのは、ユウカとミドリが被服部の部室に向かって、遠くから聞こえる軽音楽部のロックンロールの一曲目が終わった時だった。
篠塚はスカートを今すぐに作って欲しいと言ってきた。篠塚のバンド・メンバのスカートがないのだと言う。すぐに用意して欲しいと言われた。篠塚が穿いているチェック柄のスカートの色違い。指定された色はピンク。ピンクでチェックのひらひらのスカートだ。
「七時まで、用意できる?」
「ええ、その、」モチコトは時計を見て頷く。「まあ、なんとか、いや、でも、生地が、」言いかけたところでモチコトは思い出した。「いえ、多分、大丈夫」
リリコをテントに残し、モチコトは篠塚を連れて被服部に向かった。
そして。
「ユウちゃん、ミドリ、いる?」
扉を開けたら。
なんか。
なぜか白いドレスを着ているユウカを。
着替えていないミドリが背中から抱き締めていた。
モチコトは扉を一度閉めた。
二人に頼みたいことがあったんだけど。
でも、何かを頼める雰囲気じゃなかった。
どうしたんだろう?
分からない。
いや。
ああ、そうか。
モチコトは気付く。
香水のせい、なのかな?
水園シイカの香水は、彼女が初めて香水を作ったその瞬間から、媚薬に近い怪しいものだった。女子が彼女から買い求める理由も、ほとんどはそこにあった。匂いを嗅がせ、眩ませる。そういう効果が水園の香水にはある。メーカのカタログにはない種類の香水なのだ。
水園は、スーパ・ムーンを濃いって言った。
つまりそれは、媚薬としての機能が強い、ということを意味ずる。
だから、モチコトはリリコに嗅がせたくなかったし、二人には必要もないものだった。
モチコトがユウカにスーパ・ムーンをプレゼントしようって思ったのは、いつも一緒にいる二人の関係をハッキリさせたかったからだけど。
だがしかし。
いざ、抱き合う二人を見てしまうと、戸惑った。
ユウカはモチコトとリリコのキスを見て、戸惑っただろうか?
戸惑ったと思う。
でも。
ユウカは二人のキスの写真を撮ろうとした。
谷崎ユウカ。
やっぱり、変な娘だ。
でも、いい女だ。
しかしでも、なぜミドリは背中からユウカを抱きしめているの?
「どうしたんだ?」被服部の中にいる二人のことを見ていない篠塚はモチコトに訝しげな視線を向ける。
「いえ、別に、その、」モチコトは半笑いで答える。表情の作り方が難しい一瞬だった。「なんていうか、大丈夫です」
「何が?」篠塚は被服部の中を気にしているようだった。「中で何かあったの?」
「いえ、あの、その、」モチコトはニコニコしながら写真部の部室の前に立つ。「こっちです、間違えました、要があるのは被服部の部室じゃなくて、写真部の部室でした」
「何で?」篠塚はつぶらな瞳を不安そうにする。「いや、スカートを作ってくれれば、それでいいんだけれど」
モチコトは写真部の扉のノブを回した。
こんな時に限って、しっかり施錠されていた。
モチコトは舌打ちして、振り返り、二歩進み、祈り、願いながらノブを回し、被服部の部室の扉を押し開いた。
二人は離れて座っていた。白いドレスを身に纏ったミドリはソファに、ユウカはミシンを前に座っている。二人とも顔の色が体育の後みたいだった。その顔の色で、二人とも自分の足下を見つめている。なんだか難しい雰囲気。モチコトは二人にいろいろと、なんていうか、恩みたいなものがあるから、それにこのムードが香水のせいだとしたらモチコトが百の内の半分くらいは悪いに決まっているのだから、なんとかせねばと思うのだが、うん、今は、とにかく、チェック柄のひらひらのスカートの話をしよう。二人の愛撫のことは忘れてスカートの話をしよう。だって、今日は前夜祭だから。
意味分かんない理由だけど。
とにかく、モチコトはすっかり渇いてしまっている喉を開いた。
「ユウちゃん、ミドリ、お願いがあるの!」
モチコトも想像していないくらいのボリュームで飛び出した声に二人は、ゆっくりと顔を上げてくれた。「何?」
「一生のお願いがあるの、あ、一度きりのお願いではないんだけれど、」モチコトは手の平を顔の前で合わせて可愛い声を作って言った。「写真部のカーテン、ピンクでチェックのカーテンを頂戴」
写真部の真新しいピンクのチェック柄のカーテンを、スカートにしようって、モチコトは考えていた。




