第三章⑫
ユウカとミドリは被服部の部室の施錠を解いて、中に入った。電気のスイッチを入れて中を見回せば、ミドリのドレスはすぐに分かった。その形はリリコが来ていたものに似ていたが、そのドレスに色はなく、白かった。
ユウカはそれを手に取り言う。「うわぁ、ウェイディング・ドレスみたいだね」
「こんなの着れないよ!」とミドリは若干キレ気味だった。きっとウェイディング・ドレスみたいだからだ。「ゆ、ユウちゃんが着れば、サイズだってほとんど変わらないでしょ、その代わり、私に香水頂戴、それでいいや、そうしようよ」
「は? 何勝手に決めてるの?」ユウカはミドリが意味不明なことを言うから睨みつけてやった。「ミドリが着るんでしょ?」
ミドリはドレスを本気で着たくないようで、反抗的にユウカを睨みつけ、拳を前に付き出して言う。「じゃんけんで決めよう、私が勝ったら、ユウちゃんがドレスを着ること」
「はあ、なんで? なんでそうなるわけ?」ユウカはヒステリックに声を荒らげた。「ミドリのドレスだよ」
「じゃんけんでユウちゃんが私に勝ったら着てあげる、」ミドリは腕を組み言う。「さあ、どうるする?」
「だから意味が、」
「じゃん、けん、」ミドリはユウカの声を遮って始めた。「ぽん!」
慌ててユウカは拳を付き出した。
ミドリは手の平を広げていた。
だから、ユウカの負け。
「やったぁ、」ミドリは両腕を広げて回った。「私の勝ちぃ」
「く、くそぉ、」ユウカは拳を震わせてがなる。「こ、こんなの無効だわ!」
「ええ、グー出したじゃん」ミドリは唇を尖らせて言う。
「それは、ミドリが急に始めるからぁ、とにかく、」ユウカはジタバタしながら言った。「私はミドリのドレス姿が見たいのっ!」
「じゃあ、こうしよう、」ミドリはニコニコしながら人差し指を立てて言う。「ユウちゃんのドレス姿を見せてくれたら、私も着てあげる」
「……本当?」ユウカは聞き返す。
「もちろん」
「本当に、本当?」
「うん、うん」
「本当に、本当に、本当に、本当に、」
「いいから早く着てこいよ!」ミドリはユウカにドレスを投げた。
「……分かったよぉ、」ユウカはドレスをギュウってやってミドリを睨んだ。「絶対、着るんだからなぁ」
ユウカは試着室に入った。普段ピンクでヒラヒラの服を着ているから、別に今更ドレスを着るのに抵抗はないが、やっぱり色が白いから、やっぱりウェイディング・ドレスみたいだから、なんだか恥ずかしい。きっとサディスティックなモチコトだから、ミドリを恥ずかしがらせようとして、こんな純白なドレスを作ったんだ。ユウカもミドリがドレスを来て恥ずかしがる姿を写真に撮りたかったから、モチコトの企みには両手を上げて大賛成なんだけれど、まさかこんな風にとばっちりがくるなんて。
そんなことを考えていたら、ユウカはドレスに着替えてしまった。鏡で自分の姿を確認して、眼鏡はやっぱり変だなと思って、外した。外しても、やっぱりこれから結婚するわけじゃないから、なんだか変だ。へんてこりんだ。
「着替えたよ、」言ってユウカは試着室のカーテンを開け、ポーズを取ってみせた。「どう、そそる?」
ユウカが繰り出した突飛なジョークに対してミドリの反応は小さかった。
手を叩いて笑いもしない。
そうだ。
可笑しいって、変なのって、笑われると思っていたのに。
別に綺麗とか、可愛いとか言われなくたってよかったのに。
ミドリは無反応。
じっと。
静かに。
こっちを見ているだけだ。
彼女の手には紫色の瓶があった。
リリコが冷蔵庫に入れていたっていう香水だろう。
「あ、その香水、どんな匂いだった?」ユウカは試着室から出て、ミドリに近づいた。
すると、ミドリははっと表情を変えて、その香水を後に隠し、後ずさった。「だ、駄目、これ、大人の匂いだから、ユウちゃんは嗅いじゃ駄目!」
「ミドリだって子供じゃん!」
「私の方がお姉さんだよ!」
「誕生日は三月でしょ?」
「お、お願いだからっ、」ミドリは部室の扉に背中を付けて急に怒鳴った。「その、えっと、ああ、もうっ、やだぁ、なんなのよ」
「ミドリ、大丈夫?」
ミドリの様子がなんだか変だった。
首を振って、ふわふわの髪の毛を揺らしている。
顔は赤くなっているし。
涙声だし。
目が潤んでいるし。
本当に、どうしちゃったんだろう?
ミドリは両手で顔を覆って、黙り込んだ。
「……ミドリ、平気?」
「……平気」
「いや、すっごく、なんていうか、平気じゃなさそうだよ、あ、香水のせい? 気持ち悪くなったの?」
「……あの、ユウちゃん、お願い、」顔を覆ったまま言う。「向こう、向いててくれない?」
「なんで?」
「たまには何も聞かずに言うことを聞いてよ、」ミドリは低い声を出して、早口で言う。「私の方がお姉さんなんだから」
そんなことを言うから。
「……分かったよぉ」
ユウカは言われたように向こうを向いて立つ。
何なんだろう?
本当に、ミドリってば、何を考えているの?
いたずらでもしようっていうの?
と、ユウカが考えていたら。
突然。
背中の方からミドリに抱き締められた。
ギュウって。
徐々にその力が強くなっていく。
ユウカはびっくりして声も出ない。
「ユウちゃん、」ミドリは耳元で囁く。「好き、大好きだよ、だから今日は、泣かないでね」
そしてミドリはユウカの首にキスをした。
もう何も考えられなかった。
全身の力が抜けて。
声も出なくて。
そのとき、突然。
「ユウちゃん、ミドリ、いる!?」
モチコトが扉を開いた。




