第五 英雄兵
下の子が初めて兵を向こうの端まで届かせたのは、教え始めて三月ほどたった日盛りの月のことで、四の列の兵が四十に着いたとき、あの子は駒から手を離さずに私の顔を見た。私が頷くと、あの子は兵を裏返し、それから、第十一の巻にある英雄の名を一つ口にして、その駒をそう呼ぶことに決めた。名のない兵が名を得る、ということを駒の名を教えた日に言っておいたから、名を得た以上は呼び名が要ると思ったのだろう。申し合わせの上では、その駒の名は英雄兵で、それ以上でも以下でもないのだが、私はあの子の呼び名を直さなかった。
定めを言おう。万夜側の一般兵が十の段に着いたとき、神側の一般兵が一の段に着いたとき、その兵はその手の中で直ちに英雄兵になる。真正面に進んで着いても、斜めに取って着いても、隊列行軍で二マス進んで着いても同じで、着いた手のうちに英雄兵になり、次の手を待たない。なるかならないかは選べないし、ほかの何かになることもない。なるのに手番は使わず、兵を動かした手の中で済むのだが、英雄兵になった手で続けてもう一度動く、という手はない。盤で言えば、万夜側の兵が四九から四十へ進めば、その手で兵は英雄兵になり、手番は神側へ移る。
箱の中に英雄兵という駒はない。十七枚のどれも英雄兵ではないから、集いではたいてい、端に着いた兵を裏返して英雄兵にする。兄の館の古い駒は裏に刻みが一つ入っていて、裏返すと刻みが上を向くのだが、王都の私の駒には裏に何もなく、裏返した兵は、ただの裏返した兵だ。それでも誰も間違えない。盤の端の段に兵が立っていれば、それは英雄兵のほかにありえないからで、刻みは子どものためにあるのだと、兄は言っている。
英雄兵の動きは、縦横斜めのどの方向へも、一マスか二マスだ。二マス進むときは途中の一マスが空いていなければならず、間にある駒は跳び越せない。堅磐神のように長くは走れず、門守神のように跳べもしないが、叡智神と同じ八つの方向へ動けて、後ろへも横へも戻れる。四十にいる英雄兵は、四九と四八、三十と二十、五十と六十、三九と二八、五九と六八へ行けるのであって、四九に駒があれば四八へは行けない。一般兵だったときには前へ一歩、取るときだけ斜めだった駒が、名を得た手から八つの方向へ二歩まで動けるのだから、盤の上でこれほど変わる駒はほかにない。
名を得た兵は、もう一般兵の仲間ではない。隊列行軍は使えず、隣にいても一般兵の支えにならず、王護という決まりの相手にもならない。その利きは、英雄兵になった手からもう英雄兵のものだから、四十で英雄兵になった駒は、五九が空いていれば六九にいるお客に、その手のうちに届いている。それから、英雄兵は王ではないから、取られても負けにはならず、取られれば盤の外へ出て、それで終わりだ。一般兵に戻ることはなく、英雄兵になった駒が一般兵の列へ帰って兵として歩くこともない。
名を得た兵が英雄兵と呼ばれる理由は、第十の巻の終わりを読んだ者なら知っている。最後の百年に、人のうちより数多の英雄が立った、とある、あの英雄だ。兵は神々の先兵として立った人で、十枚のうちのどれが英雄になるかは並べたときには誰にも分からず、盤の向こうの端まで歩き通した兵だけが名を得るのであって、集いの者は、兵が端に着くことを昇格と呼ぶ。私は昇格という言葉よりも、名を得る、という言い方のほうが好きで、子どもに教えるときはそう言っている。
万夜側の兵が名を得るには、三の段から十の段まで七つの段を歩かなければならない。隊列行軍を使えば少しは縮まるが、途中には相手の兵の斜め前があり、固有駒の利きがあり、正面に立たれれば止まるのだから、七つの段を歩き通すのは、言うほど容易ではない。だから英雄兵は、一局のうちにそう何枚も生まれるものではなく、私の見た限りでは、英雄兵が一枚でも生まれる局は三つに一つもない。生まれにくいから、生まれたときの値打ちが大きい。相手の陣の奥に、八つの方向へ動ける駒が一枚立つのだから、お客はそれだけで居心地が悪くなる。
十九の年、王都の集いで、私は初めて集いの盤で英雄兵を作った。七の列の兵を十手かけて七一まで歩かせ、裏返して、しばらくその駒を眺めているあいだに、私はその駒を叡智神のように思い始めていて、相手の駒がどこから来ても二マスで逃げられると、そう思っていた。次の手で、相手の不転将が二六から斜めに走ってきて、七一の英雄兵を取った。間には何もなく、私の英雄兵を守る駒は一枚もなく、二マスまでしか動けない駒は、五つ向こうから来る駒から逃げる術を持たなかった。向かいに座っていた年長の人は、取った英雄兵を盤の脇に置いてから、名を得ても人は人だ、と言った。十手かけて作った駒を一手で失ったあの日から、私は英雄兵を作ったら、その手ではなく次の手で守る駒を一枚添えることにしている。
下の子は英雄兵を作った日に、英雄兵が取られたら負けかと聞いた。負けではない、取られるのは王ではないからだ、と答えると、あの子は少し考えてから、ではもう一枚作る、と言って別の列の兵を進め始め、その兵は三つ目の段で相手の兵に取られた。それでいい。英雄兵は作れるなら何枚でも作れるのであって、十枚の兵が全部端に着けば十枚の英雄兵になる。私はそういう盤を見たことがないが、見たことがないからといって、ないとは言えない。
さて、今日の宿題だ。前の宿題と同じように固有駒を箱に残して王と兵だけを並べ、どちらかに英雄兵が一枚できるまで指してほしい。できたら、そこでいったん手を止めて、その英雄兵が次の手で行けるマスを全部指で押さえてから、続きを指せばいい。英雄兵が取られても、まだ負けではない。




