第四 一般兵
一般兵は、前へ一マスしか進まない。十枚ずつあって、盤の上でいちばん数が多く、いちばん動きの小さい駒で、名を持たないことは駒の名を教えたときに言った。神書の第十の巻で神々の先兵として立った人を写した駒だから、神々のように盤を長く走ることはなく、一歩ずつ歩く。師は兵を教えるとき、人は神ではないのだから一度に一歩でいい、と言っていて、私はそれを子どもに言うたびに、師が暖炉の脇で兵を一枚ずつ私の手に握らせた冬のことを思い出す。
兵の進む向きは決まっていて、万夜側の兵は段の数が増える方へ、神側の兵は段の数が減る方へ進む。横へは動けず、後ろへも戻れず、正面に駒があればそこで止まって動けなくなる。取るときだけは別で、斜め前の一マスへ進んでそこにいる敵の駒を取るのであって、正面にいる敵は取れず、敵のいない斜め前へ進むこともできない。並べたばかりの盤で見てみよう。万夜側の五三の兵は、五四が空いていれば五四へ進めるが、四四や六四に相手の駒がいなければそちらへは行けず、相手の駒が四四に来たときだけ、斜めに進んでそれを取れる。
ここで、一つ言葉を覚えてほしい。駒が次の手で取ることのできるマスを、集いでは利きと呼ぶ。堅磐神の利きは縦横の直線の上にあり、門守神の利きは跳び先の八つにあって、兵の利きは斜め前の二マスだけだ。兵の正面は利きではないから、兵の鼻先に立った駒はその兵には取られず、兵と兵が正面で向かい合うと、どちらも取れず、どちらも進めず、相手が取ってくれるまでそこに立ち続ける。五四に万夜側の兵、五五に神側の兵が向かい合えば、この二枚は、どちらかが横から取られるまで、もう動かない。利きという言葉はこのあと何度も使うから、兵の利きは斜め前の二マスだ、ということをここで手に覚えさせておいてほしい。
兵には、仲間がいるときだけ使える動きが一つある。動かそうとする兵と同じ段のすぐ左かすぐ右に味方の一般兵がいれば、その兵を真正面へ二マス進めてよい。途中の一マスと着く先の一マスが両方とも空いていること、動かしたあとで自分の王が王手を受けていないこと、この二つが条件で、隣の兵はその場に残り、動くのは選んだ一枚だけだ。初めの一手に限った定めではなく、条件が揃えば一局に何度でも使えるし、隣に兵がいても一マスだけ進むのはもちろん構わない。隣にいるのが固有駒や英雄兵では支えにならず、一般兵の隣に一般兵がいるときに限る。集いの者はこれを隊列行軍と呼んでいて、その名のとおり、隊列を組んでいる兵だけが二歩行ける。
盤で見てみよう。万夜側の三の段には初め十枚の兵が並んでいるから、どの兵も両隣か片隣に仲間がいて、二の列の兵は、二四と二五が空いていれば二三から二五へ進める。一の列の兵も、隣の二三に兵がいるあいだは一三から一五へ行ける。ただし、二の列の兵が先に二五へ進んでしまったあとでは、一三の兵の隣は空いているから、一三の兵は一歩ずつしか進めない。二五にいる兵は二の列の仲間には違いないが、同じ段にはいないので、支えにならない。支えになるのは同じ段のすぐ隣にいる兵だけで、前にいても後ろにいても数に入らない。
集いで初めての人からよく聞かれることを二つ書いておく。一つは、二マス進んだ兵が相手の兵の横をすり抜けたとき、すり抜けられた側の兵がそれを横から取れるか、ということで、取れない。兵の利きは斜め前の二マスだけで、通り過ぎたマスを取り返す定めは、昔からの申し合わせにはない。もう一つは、支えになった兵も一緒に進むのか、ということで、進まない。動くのは一枚で、隣の兵は立ったままだ。隣の兵が二歩行くのを見送って、自分は次の手で一歩ずつ追いかける、というのが兵の暮らしで、人は一人では一歩しか進めず、隣に人がいれば二歩進める、と師は言っていた。
上の子は何でも一度で覚える子で、兵の動きも一度で覚えたのだが、一度だけ、これで手を止めたことがある。二の列の兵を二五まで進めた次の手で、一の列の兵も同じように二マス進めようとしたので、私は、隣を見てごらん、と言った。上の子は一三の隣を見て、空いているのを見て、それから二五の兵を見て、しばらく黙ってから、兵を一四に置き直した。私は何も足さなかった。同じ段という言葉の意味を、あの子はそのとき、自分の指で覚えたのであって、私が口で言い直すより、そのほうがよく残る。
十二の年の春、私は兵の使い方を一つ思いついて、父の館で試した。十枚の兵を、一の列から順に一マスずつ、全部一度ずつ進めるという指し方で、十手かけて八の段の兵をそっくり七の段に移し、きれいに並んだ壁を眺めて、これで固有駒が全部守られたと思った。相手はそのあいだに固有駒を次々に出していて、十一手目には、私の壁を跳び越えて来た破境将と滅法将が王の前に並んでいた。兵の壁は直線の駒を止めるが、跳ぶ駒は止めないのであって、跳ぶ駒が兵を越えることは師から習っていたはずなのに、壁を作ることに夢中で忘れていた。私は壁の内側で追い詰められ、兵は十枚とも一度しか動かないまま、その局を落とした。師はその局のあとで、壁を作るのに十手かけるなら、その十手で向かいが何をするかを先に数えろ、と言った。
兵について、あと二つ言っておく。一つは、兵の一歩は取り消せないということだ。固有駒は進んだ先から戻れるが、兵は戻れないから、一歩進めるたびに、その兵はもう二度とそこへ帰らないと思って進めるほうがいい。もう一つは、進み続けた兵が盤の向こうの端に届いたとき、名を得て別の駒になるということで、これは兵の定めのうちでいちばん大きな事柄なのだが、兵の歩き方を覚えた日に一緒に教えると頭からこぼれるので、あとに回す。いまは、兵は前へ一歩、取るのは斜め、隣に仲間がいれば二歩、この三つで足りる。
さて、今日の宿題だ。固有駒を全部箱に残して、王と兵だけを並べ、誰かと一局指してみてほしい。王が六二と六九、兵が三の段と八の段に十枚ずつで、固有駒のいない盤だ。一局のうちに隊列行軍を三度使い、兵と兵が正面で見合って動けなくなる形を一度作って、それがどういうものかを手で確かめればいい。勝ち負けは、どうでもいい。




