第三 固有駒の動き
動きを教える日、下の子はやはり叡智神に手を伸ばした。いちばん強い駒から覚えたいという子に、いちばん弱い駒から教えても頭に入らないのだが、叡智神の動きはほかの駒の動きを知ってからのほうが分かりやすいから、私はその手をそっと盤に戻して、堅磐神から始めた。固有駒の動きは六つあって、向かい合う駒は同じ動きをするから、神側の六枚を覚えれば万夜側の六枚も覚えたことになる。六つの動きは大きく二つに分かれ、一つは盤の上を直線に進む動き、もう一つは間にある駒を越えて跳ぶ動きで、この二つの違いが分かれば、固有駒の話は半分済んだようなものだ。
堅磐神と崩壊将は、縦か横の一方向へ、好きなだけ進む。一マスでも九マスでもよいが、一手に進めるのは一方向だけで、途中で曲がれず、途中に駒があればその手前で止まる。並べたばかりの盤で見てみよう。一九の堅磐神は、一八に味方の兵がいるから前へは出られず、三九には聖母神がいるから横へは二九までしか行けず、後ろの一十へは下がれる。だから初めの盤で堅磐神が行けるのは二九と一十の二つで、それ以上はない。師はこの駒を教えるとき、第十の巻で鉄鎖の山脈が一環も切れなかった話を引いて、堅磐神は一筋に行く神であって曲がらない、と言っていた。覚え方としてはそれで足りる。
ここで、六つの動きのすべてに共通する決まりを言っておく。味方の駒がいるマスへは行けない。敵の駒がいるマスへは行けるが、そこで止まり、その駒を取って盤の外へ出す。取られた駒は二度と盤に戻らず、取った駒を自分の駒として使うこともない。直線に進む駒は途中の駒で止まるから、敵の駒の向こうへは抜けられず、味方の駒の手前で止まる。盤で言えば、一五にいる堅磐神は、五の段に何もなければ十五まで行けるが、六五に相手の兵がいれば六五まで行ってその兵を取るか、その手前で止まるかのどちらかであって、六五を越えて七五へ行くことはない。これは誰のための定めかと聞かれれば、取られる側のための定めだと私は答えることにしている。
聖母神と堕命将は、斜めの一方向へ好きなだけ進む。縦横には一マスも動けず、途中に駒があればその手前で止まるのは堅磐神と同じだ。聖母神が四六にいて七三に相手の兵がいるなら、五五と六四が空いていれば七三まで進んでその兵を取れるのだが、六四に味方がいれば五五で止まるほかない。斜めにしか動けない駒には、ほかの駒にない事情が一つある。三九から出た聖母神は、どれほど長く盤の上にいても、六九には行けない。斜めに一マス進むたびに列と段の数が一つずつ変わるから、行けるマスと行けないマスが初めから決まっているのであって、盤の百のマスのうち、聖母神が踏めるのは半分しかない。聖母神は正面に立たず傍らから手を添える神だからだ、と教えたのは師で、第十の巻の二の夜で聖母神が触れた手を癒やした話から来ているのだろう。
叡智神と狂叡将は、縦横斜めのどの方向へも、好きなだけ進む。堅磐神の動きと聖母神の動きを一枚で持っていると思えばよく、一手には一方向だけ、途中の駒で止まる、というところも同じだ。盤の上でいちばん遠くまで届く駒で、下の子がこの駒に手を伸ばすのは、正しいといえば正しい。ただ、序で言ったとおり、いちばん強い駒というものは盤の上にはない。叡智神は遠くまで届くが、取られればほかの駒と同じ一枚で、しかも相手は、この駒がどこにいるかをいつでも見ている。
門守神と破境将は、跳ぶ。縦に二つ横に一つ、または縦に一つ横に二つ離れたマスへ、間に何があっても越えて行く。跳び先は多くて八つあり、盤の端や隅では減る。直線の駒と違って、間のマスに味方がいようと敵がいようと関わりがなく、着く先に味方がいれば行けず、敵がいればそれを取る。並べたばかりの盤で、門守神は四九から三七へも五七へも跳べ、八の段の兵を越えて出ていける。初めの盤で兵の壁の向こうへ出られる駒は、神側では門守神と、このあとに言う律天神と流転神だけだ。門守神は大扉の鍵を預かる神だから閉じた門も通る、というのが師の教え方で、私はいまでもそのまま子どもに教えている。
律天神と滅法将は、二つの動きを持つ。一つは堅磐神と同じ縦横の直線、もう一つは門守神と同じ跳躍で、一手にはどちらか一方しか使えない。縦に三つ進んでから跳ぶ、という手はなく、跳んでから横へ滑る手もない。この駒には、律天神が三の夜で滅法将と秤を競った話から、一度に片方の皿にしか載せられない駒だという覚え方があって、これも師から聞いたものだ。流転神と不転将も二つの動きを持ち、一つは聖母神と同じ斜めの直線、もう一つは門守神と同じ跳躍で、やはり一手にはどちらか一方だ。並べたばかりの盤で律天神は、七九と九九へ横に、八十へ後ろに動けるほか、七七、九七、六十、十十へ跳べ、流転神は、九十へ斜めに下がれるほか、九七と八十へ跳べる。二つの動きを持つ駒は、相手が片方の動きを忘れていることが多く、私の見た限りでは、固有駒を取られる手の半分は、この二枚の跳躍を見ていなかった手だ。
王は固有駒ではないが、動きはここで言っておく。王は縦横斜めのどの方向へも、一マスだけ進む。好きなだけ進む叡智神を、一マスで止めたものだと思えばよい。ただし王には王だけの決まりがあって、相手の駒に取られる場所へは、進めない。王は取られない駒だと前に言ったが、取られないのは、取られる場所へ行くことがそもそも許されていないからであって、その話は王手の決まりと一緒に、あとで詳しく言う。
十の年の冬、私は叡智神を三手目に出した。前へ出した兵の後ろから斜めに盤の真ん中へ進めて、どの方向にも長く利いているのを眺め、一人で満足していたのだが、次の手で相手は兵を一つ進め、その兵の斜め前に私の叡智神がいた。取られた駒は、盤の外へ出す。取ったのは名のない兵で、取られたのは、いちばん遠くまで届く駒だった。師は何も言わず、取られた叡智神を箱に戻してから、第十の巻の一の夜で叡智神が狂叡将を問いで空転させた話を思い出させて、答えを急ぐ神ではなかっただろう、と言った。盤は嘘をつかない。遠くまで届く駒も、兵の斜め前では一枚の駒で、そのことを私は、箱の中の叡智神を見て覚えた。
さて、今日の宿題だ。駒を並べて、神側の固有駒六枚について、初めの盤からそれぞれどのマスへ行けるかを全部数えてほしい。横へ滑る手、後ろの十の段へ下がる手、兵を越えて跳ぶ手を一つずつ指で押さえて、数え終えたら万夜側でも同じことをして、数が合うかどうかを見ればいい。合わなければ、どちらかで一つ忘れている。




