第一 盤と駒の名
盤は縦に十、横に十で、百のマスがある。下の子は最初の日にこれを聞いて指で一つずつ数え始め、途中で何度か数え間違えて、三度目にようやく百まで数えて顔を上げたのだが、私はその間ずっと待っていて、数え終わるまで何も言わなかった。数えてみたいと思った子に数えるなと言う理由はないし、一度自分の指で百まで数えた子は、盤の大きさを頭ではなく体で覚えるものだ。兄の館の盤は古い樫の板で、マスの線は彫ってあり、角の一つが欠けている。王都の屋敷にある私の盤は師から譲られたもので、もっと古く、もっと欠けているのだが、どちらの盤も百のマスであることに変わりはない。
マスには一つずつ呼び名があって、本書ではそれを列と段の数で言うことにする。列というのは縦に並んだマスの筋のことで、盤の左から一の列、二の列と数えて右の端が十の列になり、段というのは横に並んだマスの筋のことで、万夜側の手前を一の段、神側の手前を十の段と数える。だから盤のどのマスも列の数と段の数の二つで言い表せるのであって、六の列の二の段なら略して六二と言い、三の列の八の段なら三八と言う。駒を動かすときも同じで、堅磐神を一九から一五へ、と言えば、堅磐神が一の列の九の段から一の列の五の段へ進んだことになる。対面して座っていてもこの数え方は変わらず、万夜側に座った者から見ても、神側に座った者から見ても、六二は六二であって、それ以外の場所にはならない。
盤で見てみよう。初めに並べたとき、万夜側の王は六二にいて神側の王は六九にいるのだから、両方の王は同じ六の列に、七つの段を隔てて向かい合っているのであって、この二枚のあいだには、初めのうち、一般兵が二枚だけ立っている。並べ方そのものはこのあと順に言うから、いまは、六の列の両端近くに王がいる、ということだけ覚えておいてほしい。盤を前にしたらまず六の列を指でなぞる癖をつけておけば、盤の向きを間違えることはなくなる。
さて、千年盤という名の由来を、先に言っておかなければならない。この盤は、神書の第十の巻にある千年の闘争を、百のマスの上に写したものだ。君が神書を読んでいるなら、あるいは炉端で親から聞いているなら知っているとおり、千年の闘争とは、万夜の軍勢が世の果ての一つの村を焼いたことに始まり、神々と人とが千年をかけてそれを押し返した戦のことだ。終わりの日に至天の兄神が弟神を闇界の大扉の内に封じて戦は終わり、盤の片側にはその兄神と六柱の神々が、もう片側には反逆神と六大夜の将が並ぶ。兵として並ぶ二十枚は、神々の先兵として立ち、やがて魔導を授かって万夜と互角に戦った、人である。誰がいつこの盤を作ったのかは、私は知らない。師は、昔は炉端で闘争の話を子に聞かせるときに、石を並べて語ったのが始まりだと言い、集いの年長の者には、神代からあったのだと言う人もいたが、どちらも確かめようのない話で、私はどちらも、そういう話として聞いている。少なくとも今の王国歴が定まったときにはもう今の形で遊ばれていたのであるから、その起源は計り知れない。
駒の話に移ろう。駒は両方の陣営に十七枚ずつあって、王が一枚、固有駒が六枚、一般兵が十枚で、合わせて三十四枚が一つの箱に入っている。濃い色の駒が万夜側で、白い駒が神側だ。固有駒というのは一枚ごとに名と動きが違う六枚のことで、一般兵というのは十枚とも同じ動きをする名のない兵のことであって、この区別は、駒の動きを覚えるときにも、王護という決まりを覚えるときにも、あとあとまでついて回る。名があるかないかで、できることが違うのだ。
神側の王は聖嵐神で、固有駒の六枚は、堅磐神、聖母神、門守神、叡智神、律天神、流転神だ。万夜側の王は反逆神で、固有駒の六枚は、崩壊将、堕命将、破境将、狂叡将、滅法将、不転将である。この名は、神書を読む者なら誰でも知っている名だ。神話の神々になぞらえた駒は、それに伴った動きを持っている。
神側の固有駒と万夜側の固有駒は、向かい合う駒どうしが同じ動きをするようになっている。堅磐神と崩壊将、聖母神と堕命将、門守神と破境将、叡智神と狂叡将、律天神と滅法将、流転神と不転将は組となっており、名は違っても、動きは組ごとに同じだ。この組が何であるかは、第十の巻を読んだ者ならすぐに分かるはずで、闘争のあいだ、六柱の神々がおのおの相対した六つの夜になぞらえている。叡智神は狂叡将と、聖母神は堕命将と、律天神は滅法将と、堅磐神は崩壊将と、流転神は不転将と、門守神は破境将と、神書のとおりに向かい合う。だから覚える動きは六つで済み、十二ではない。盤の上でもこの組は同じ列で向かい合っていて、堅磐神は一九に、崩壊将は一二にいて、同じ一の列の両端から互いを見ている。
八つか九つのころ、私は万夜側の駒のほうが強いと思い込んでいた。第十の巻で崩壊将がグーデンリアの長城を一夜で崩す話を聞いたばかりで、濃い色の駒に崩壊だの滅法だのと物騒な名がついていれば、子どもがそう思うのも無理はないのだが、思い込みは盤の上で損になる。ある日の一局で、私の堅磐神と相手の崩壊将が取り合える形になり、取れば取り返されるというだけの、損も得もない形だったのに、私は崩壊将のほうが堅磐神より強いと信じていたから、取り合いを避けて堅磐神を逃がした。逃がした先で堅磐神は働きを失い、その局は負けた。あとで師に、崩壊将は堅磐神と同じ動きだ、神書でも鎖は一環も切れなかっただろう、と言われてから、私は初めて二枚の駒を裏返して見比べた。同じ形に削ってあった。
千年盤では、万夜側が必ず先に動く。これは昔からの申し合わせで、闘争が万夜の側から始まったことを、盤もそのまま写しているのだと私は思っている。盤を挟んだ二人のどちらかが必ず万夜側に座り、初めの一手は万夜側の駒のどれか一枚で、神側はそれを見てから自分の一手を考える。初めての人の中には万夜側に座るのを嫌がる人がいて、館の子どもにも、従者にも、貴族の子弟にもいたのだが、私はそういう人に、一度だけ、こう言うことにしている。盤の上で万夜側に座る者は万夜に与しているのではなく、神側に神側の役を果たさせている相手役なのであって、相手役がいなければ、神側は一手も指せない。それ以上のことは私は言わないし、言う立場でもない。
王の話を一つしておこう。盤の上の王は、取られることがない駒だ。追い詰められて動けなくなればそこで負けになるが、王を盤から取り上げることはしないのであって、これも、終わりの日に兄神が弟神を討たず、光で包んで大扉の内に封じたという神書の次第を、盤が写しているのだろう。先王は、盤を教えて差し上げた最初の日に、聖嵐神を手に取ってしばらく眺めてから、この盤の上でだけは私も追われる王なのだな、と言われた。私は何と答えたか覚えていないのだが、その言葉のほうはよく覚えていて、いまでも王の駒を手に取るたびに思い出す。どれほど強い駒を周りに置いていても、王が一枚で立っていればそこが弱いのであって、いまは、王は弱い駒だ、とだけ覚えておけばいい。
もう一つ、一般兵について言っておく。一般兵には名がなく、十枚とも同じ形で同じ動きをして、盤の上では一の列の兵、二の列の兵と、いる場所で呼ばれるだけなのだが、この名のない兵が盤の向こうの端まで届くと、英雄兵という名を得る。第十の巻の終わりに、最後の百年に人のうちより数多の英雄が立った、とあるのを君は覚えているだろう。盤の端まで届いた兵は、その英雄だ。名を得た兵は動きが変わり、もう一般兵には戻らない。詳しい話はあとに回すが、駒の名を覚えるこの章で言っておきたいのは、箱の中に、初めは名のない駒が二十枚入っている、ということで、その二十枚のうちの何枚かが、対局の中で名を得る。
さて、今日の宿題だ。箱から駒を全部出して濃い色と白とに分け、それから、堅磐神の隣に崩壊将、聖母神の隣に堕命将、というふうに神書で相対した組を六つ作って、王を二枚、その脇に置いてみてほしい。残るのは名のない兵が二十枚で、組を作りながら名を声に出して言い、それが終わったら駒を箱に戻していい。並べるのは、次からだ。




