第十一 初めての人の悪手と勘違い
申し合わせを一通り覚えた人が次に覚えるのは、申し合わせの内で何をしてはいけないかだ。集いで初めての人の局を横から見ていると、負け方はさほど多くなく、指してはいけない手を指す悪手と、決まりを取り違えている勘違いとがあって、私が集いで見てきたものは、どちらも三つずつに収まる。悪手は盤の上に出るから相手にも見えるが、勘違いは頭の中にあるから誰にも見えず、本人が気づくまで、何局でも同じ負け方を繰り返す。順に書いておく。
悪手の一つ目は、取れる駒を全部取ることだ。初めての人は、相手の駒が利きに入ると手が伸び、取ったあとに取り返されるかどうかを数えないから、兵一枚を取って聖母神を失うことが起きる。神側の聖母神が四八にいて、万夜側の兵が七五まで出てきたとしよう。四八から五七、六六と斜めに走れば七五の兵は取れるのだが、その兵は六四の兵に守られていて、取った聖母神は次の手で六四の兵に取られる。一つを得て三つを渡したのであって、中盤の数え方で言えば二つの損だ。取る前に、取ったあとの盤でその駒を取れる相手の駒を指で押さえる、これが手の癖になるまでは、取れる駒を取らないほうがいい。
二つ目は、王の前の兵を動かすことだ。万夜側なら六三、神側なら六八の兵で、初めての人はこの兵を真っ先に二マス出す。真ん中が開けて盤が広く見えるからだが、兵は後ろへ戻れず、一度開けた王の前は一局のあいだ開いたままになる。六八の兵を六六へ出せば六の列は王まで空き、中盤で六六の兵が取り合いに消えたあとは、崩壊将が六の列に入るだけで王手になる。中取りの型を初めての人に勧めないと書いたのは、このためでもある。壁の兵は、王の前と王の両隣の三枚を残して、ほかの列から動かす。
三つ目は、王手を続けることだ。王手をかければ相手は王を動かすほかなく、初めての人はそれを、相手を思うままに動かしていると感じる。けれども王手は、お客の逃げ場を減らす手であって、お客を動かす手ではない。六二のお客に叡智神を六七から当てればお客は五二へ逃げ、五七から当てれば四三へ、四七から当てれば三四へと逃げて、三度の王手でお客は二の段から四の段まで出てくる。詰まされる王の三分の二は端か隅にいて、半分は初めの段から一度も出ないと前に書いたのであって、端にいるお客を王手で真ん中へ追い出すのは、相手の王のために道を開ける手だ。しかも同じ王手を繰り返せば、同じ形が三度現れて引き分けになる。王手は、その一手でお客の逃げ場が減るときにだけかける。
勘違いの一つ目は、兵の壁の向こうは安全だというものだ。壁を越えられない駒は堅磐神と聖母神と叡智神で、跳ぶ駒は壁の上を越えてくる。門守神と律天神と流転神、万夜側なら破境将と滅法将と不転将、片側に三枚ずつある跳ぶ駒が、序盤で最初に駒を取る駒だ。神側が六八の兵を六六へ出し、叡智神を五九から八六へ斜めに走らせたとしよう。壁の後ろから相手の陣を睨むつもりの手だが、万夜側の滅法将が七四にいれば、八六は七四の跳び先で、叡智神は次の手で取られる。壁の向こうへ駒を置くときは、相手の跳ぶ駒三枚の跳び先を先に数え、そこに自分の駒を置かない。初めての人の最初の駒損は、たいてい、この跳びの見落としから起きる。
二つ目は、王護は困ってから使うものだという勘違いだ。初めての人は王護を一度きりの逃げ道だと思っていざというときのために取っておくのだが、王護は王手を受けている間は使えず、入れ替えたあとの王が利きの中に立つ形でも使えないのだから、困ったときにはたいてい使えない。しかも相手になる駒は堅磐神と門守神だけで、取り合いでその二枚を失えば、王護は使わないまま終わる。館の戸締まりと同じで、王護は火が出てから探す鍵ではなく、日の暮れるうちにかけておく錠だ。三十手目ごろ、取り合いが本格になる前に、堅磐神の居場所を決めて入れ替えておく。詰まされる王の半分が初めの段から出ないのは、王護を取っておいたまま、使う間もなく追い詰められた王だ。
三つ目は、英雄兵は何でもできるという勘違いだ。名を得た兵は八つの方向へ動けるが二マスまでで、間に駒があれば跳び越せず、名を得た手のうちに続けて動くこともなく、隊列行軍はもう使えず、隣の兵の支えにもならず、王護の相手にもならない。初めての人は英雄兵を叡智神のように扱い、遠くから走ってくる駒に取られる。英雄兵は強い駒だが、一局を一枚で決める駒ではなく、お客を隅へ追ったあとの最後の一手を受け持つ駒だ。作ったら次の手で守る駒を一枚添える、ということは英雄兵の章で書いた。
二十四の年の秋、御前の集いで、私は先王の前で指した。その年の春に同じ集いで名を挙げたばかりで、向かいに座ったのは私より二十は年上の人だったが、名は書かない。中盤で私は相手より駒を一枚多く取り、叡智神を残していて、数えの上では勝っていた。そこで私は王手を続けた。六七から、五七から、四七からと叡智神を回し、お客はそのたびに一マスずつ逃げ、十二度目の王手のとき、お客は五五に、私の叡智神は四六に立っていた。四六を守る駒は一枚もなく、お客は隣の叡智神を取った。
残ったのは私の王と堅磐神と兵が二枚、相手は王と不転将と兵が三枚だった。盤の真ん中に出たお客は私の兵を一枚ずつ取りに来て、そこから二十手ほどで私の王は十の段の隅へ追われ、不転将の跳びで詰まされた。先王は局のあいだ一言も発せず、終わると席を立たれた。手控えを開くと手が止まる頁がある、と初めに書いた、それがこの局だ。追い払うことと追い詰めることの違いを、私は王都の集いの全員の前で教わったのであって、あの日から私は、王手をかける前に、その王手でお客の逃げ場が減るのかどうかを必ず数えている。
さて、今日の宿題だ。六二に万夜側の王、六九に神側の王、五七に神側の叡智神、一三に神側の堅磐神を置いてほしい。手番は神側として、お客を二の段から一度も出さずに詰ませてみてほしい。堅磐神が三の段を切っているから、お客の行ける場所は一の段と二の段だけで、叡智神を近づけるときは、王手でないのにお客の逃げ場が一つもなくなれば手詰まりの引き分けだから、一手ごとに逃げ場を数えればいい。できたら駒を元に戻し、今度は堅磐神を箱に戻して叡智神だけで王手を続け、お客が何の段まで出てくるかを数えてみるといい。追い払った段の数が、君が相手に渡した道の長さだ。




