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結 盤と長く付き合うために



 この本を書き始めてから三年がたち、兄の孫たちは三人とも、もう初めての人とは言えなくなった。上の子は春から王都の集いに顔を出していて、真ん中の子は手控えをつけ始め、堅磐神と律天神を取り違えることはなくなった。下の子は十になり、いまでも駒に手を伸ばすときはまず叡智神に伸びるのだが、先日その叡智神で私の王を隅へ追い込み、八九に据えたまま手を止めて、私の顔を見た。手詰まりだった。私が二十二の年にやった引き分けを、あの子は十の年にやったのだから、私より十二年早い。駒を箱に戻しながら、あの子は、負けなかった、と言い、私は、そうだ、と答えた。


 申し合わせは、ここまでで全部教えた。駒の名と並べ方、固有駒と兵と英雄兵の動き、王護、王手と詰み、引き分け、序盤の型と中盤からの追い方、初めての人がしやすい悪手と勘違い、それで終わりで、ほかに隠している決まりはない。君はもう、誰とでも同じ盤を見られる。残っているのは、この盤とどう付き合っていくかという話で、これは申し合わせではないから、集いの誰に聞いても答えが違う。私の答えを書いておくが、六十年付き合ってきた者の答えとして、一つの例にはなるだろう。


 初めに言っておくのは、負けた局を捨てないことだ。勝った局は気持ちがよいが、教えることが少なく、負けた局は気持ちが悪いが、教えることだらけで、私が盤について知っていることの半分は負けて覚えたものだと初めに書いたのは、そういう意味だ。負けた局を手控えに書き留めるとき、どこで負けたかを一手だけ探して、その手の脇に印をつけておく。十局書けば、印のつく手はたいてい同じ場所に集まっていて、それが君の癖で、癖は盤の上でしか見つからない。手控えを開くと手が止まる頁が私にあるのは、恥ずかしいからだと思われそうだが、その頁がいちばん多くのことを私に教えたからだ。


 次に、相手を選ばないことだ。勝てない相手とも、勝てる相手とも指し、年長の人とも、子どもとも、従者とも指す。私に王護は一局に一度だと教えたのは父の館の従者で、十九の年に私の英雄兵を取ったのは集いの年長の人で、先日私を手詰まりに追い込んだのは十の子どもだった。盤の前に座れば、どちらが伯家の次男でどちらが台所で育った子かは、駒の動きに何の関わりもない。先王は、盤を教えて差し上げた最初の日に、この盤の上でだけは私も追われる王なのだな、と言われた。あの言葉を私は、王の嘆きとしてではなく、盤を褒めた言葉として覚えている。盤の上では王も追われるのであって、だからこそ、誰とでも指せる。


 集いに出ることも勧めておく。盤の集いは、盤好きの館が回り持ちで開く夕べの集まりで、名簿も掟もなく、主人役の館に盤と酒が出て、年長の者が迷った手を裁くだけのものだ。初めての人は腕が足りないと思って遠慮するが、集いは盤を囲む場であって、負けた人が駒を戻しながら勝った人に手を聞く、あの時間のためにある。上の子が春に初めて顔を出した日、あの子は三局指して三局負け、帰りの馬車で、三人の指し方を覚えてきた、と言った。それでいい。集いで覚えるのは、人によって盤の見方が違うということで、それを知った人は、一人で指しているときも盤が広い。


 盤を離れる年があってもいい、ということも言っておく。師が亡くなった年、私は四十五で、刈入れの月から芽吹きの月まで、一度も盤を出さなかった。駒を見ると、暖炉の脇であの人が私の手に握らせた冬を思い出して、並べる気になれなかったのだ。春になって、館の子どもに頼まれて盤を出したとき、駒は半年前と同じ場所に並び、申し合わせは一つも変わっていなかった。千年変わらなかった盤が、君の半年や一年で変わるわけがない。忙しい年も、病の年も、盤から気持ちの離れる年もあって、戻ってくれば、盤はそこにある。離れることを怖がるより、戻る日に誰と指すかを決めておくほうが、よほどいい。


 誰かに教えることも付き合いの一つで、教えると、自分が覚え直す。下の子に王護を教えた日、私は六十年使ってきた決まりを、初めて言葉で言い直すことになって、言い直してみると、自分が王護を使う前に何を見ているかが、自分で分かった。教えるときは、駒の名を一つずつ声に出して言わせることから始めるといい。それは師の流儀で、この本の語り口も、あの人が暖炉の脇で私に語った口調を、私が写したものだ。書き終えて読み返すと、あの人の声がする頁が幾つもあって、私はそれを直さなかった。君がいつか誰かに教えるとき、君の声の中に私の声が混じっていたら、それでこの本の役目は果たせたことになる。


 最後に、盤は嘘をつかない、と前に書いたことを、もう一度書いておく。盤は君の身分を見ないし、年を見ないし、昨日の勝ちも見ないのであって、君が出した手だけを見て、そのとおりに答える。だから盤は、長く付き合うほど、君のことを君より正直に教えてくれる相手になる。私は六十八で、目が弱って、昔なら三手で読めた筋を五手かけて読むようになったが、盤は私にそれを隠さず、隠されないから、まだ面白い。私の駒は王都で誂えた裏に刻みもないものだが、五十年のあいだに角が丸くなって、手に取ると指が勝手に居場所を知っている。六十で指南役を退いた日、私は王都の館を出るとき、この盤と駒だけを持って出た。それで足りたし、いまも足りている。


 さて、最後の宿題だ。盤を出して、駒を並べ、誰かを向かいに座らせて、一局指してほしいのであって、相手は誰でもいい。勝ったら、その局は書かなくていい。負けたら、その局を手控えの最初の頁に書き、どこで負けたかを一手だけ探して印をつけてほしい。それが君の手控えの始まりで、この本の終わりだ。そして十年たったら、この本をもう一度開いて、私の言っていることのどこが間違っているかを探してみるといい。見つかったら、君はもう、私に教わることのない人だ。


 王国歴1638年 刈入れの月 アルヴェインの館の離れにて


 テオドル・アルヴェイン



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