第9話「気づかない特別」
七月初旬。
放課後。
図書委員の仕事を終えた二人は、昇降口へ向かっていた。
「今日は暑かったね。」
「もう夏だね。」
そんな他愛ない会話。
校門を出ようとした時だった。
「あ……。」
陽菜が立ち止まる。
「どうした?」
「定期券。」
鞄の中を探す。
制服のポケット。
本の間。
見つからない。
「落としたかも……。」
朝比奈は落ち着いた声で言う。
「じゃあ、一緒に探そう。」
二人は来た道を戻る。
図書室。
廊下。
昇降口。
何度探しても見つからない。
陽菜は申し訳なさそうに笑う。
「ごめんね。」
「付き合わせちゃって。」
「気にしない。」
湊はそう言って、さっきまで返却された本を運んでいた台車の下をのぞき込む。
「あった。」
小さな定期券ケースが、車輪の陰に挟まっていた。
「本当!?」
陽菜はほっと息をつく。
「よかったぁ……。」
胸に抱きしめるように受け取る。
帰り道。
駅まで歩く。
陽菜が言う。
「朝比奈くん。」
「ん?」
「もし見つからなかったら、どうするつもりだったの?」
「駅員さんに届けがないか聞いて。」
「なかったら学校に戻る。」
「それでもなかったら?」
湊は少し考える。
「見つかるまで付き合うかな。」
陽菜は笑う。
「今日だけで何時間かかるか分からないよ?」
「うん。」
「でも困るでしょ。」
あまりにも自然な返事だった。
陽菜は心の中でつぶやく。
(まただ。)
(誰にでもそう言うんだろうな。)
そう思う。
そう思うのに。
胸の奥が少しだけ温かい。
駅に着く。
改札の前。
「今日はありがとう。」
「見つかってよかった。」
「うん。」
少し照れながら陽菜が言う。
「今日ね。」
「朝比奈くんがいてくれて、すごく安心した。」
その言葉に、湊は少しだけ驚く。
「そう?」
「うん。」
「一人だったら、たぶん泣いてた。」
湊は少し困ったように笑う。
「じゃあ、一緒に探せてよかった。」
それだけだった。
陽菜は改札を通る。
振り返る。
湊はもう歩き出していた。
(……本当に。)
(ありがとうって言われるためじゃないんだ。)
その夜。
ベッドに寝転びながら、今日の出来事を思い返す。
定期券を探してくれたこと。
焦らせなかったこと。
「見つかるまで付き合うかな。」
と言ったこと。
そして最後の笑顔。
胸の奥が少しだけ熱くなる。
陽菜は枕に顔をうずめる。
「……ずるいなぁ。」
自分でも理由は分からない。
でも。
今日一日を思い返すと、自然と笑ってしまうのだった。




