第8話「まね」
昼休み。
図書室は今日も静かだった。
返却された本を棚へ戻しながら、陽菜はふと窓の外を見る。
校庭では一年生が慌ただしく走り回っている。
その中で、一人の女の子がベンチに座ったまま動かない。
「どうしたんだろう……」
思わず声が漏れた。
湊も窓の外を見た。
「ああ。」
それだけ言って、本を棚に戻し続ける。
陽菜は少し不思議に思った。
「行かないの?」
「うん。」
「先生もいるし。」
「今は大丈夫そうだから。」
その答えが少し意外だった。
(朝比奈くんなら、すぐ飛んでいくと思ったのに。)
十分ほどして、その一年生は保健室の先生と一緒に歩いていった。
「……なるほど。」
陽菜は小さくつぶやく。
湊は笑う。
「困ってる人を見ると、何でも自分がやらなきゃって思いがちだけど。」
「その人を助けられる人がいるなら、その人に任せた方がいいこともあるから。」
「余計なお世話になることもあるしね。」
「だから、ちゃんと見る。」
「本当に自分が必要な時だけ動く。」
陽菜は静かにうなずいた。
(優しさって……。)
(何でもすることじゃないんだ。)
放課後。
帰り道。
昇降口で、一年生の男子が困った顔で靴箱を探していた。
(知らない子だ……。)
(でも、朝比奈くんなら……。)
「どうしたの?」
陽菜が声をかける。
「あの……上履きがなくて。」
「何組?」
「一年三組です。」
「あっ、それなら反対側だよ。」
男子はきょとんとする。
「一年生は先週から場所が変わったんだ。」
「そうなんですか!」
「ありがとうございます!」
男子は笑顔で走っていった。
その様子を少し離れた場所から見ていた湊は、何も言わずに微笑む。
陽菜はその視線に気づく。
「……何?」
「いや。」
「白石さんのおかげで、あの子、困らなくて済んだね。」
たったそれだけ。
褒めるわけでもない。
大げさに感謝するわけでもない。
でも、その一言が陽菜には嬉しかった。
帰り道。
夕焼けの空を見上げながら、陽菜は思う。
(少し前の私なら。)
(たぶん、そのまま通り過ぎてた。)
(でも今日は、自然に声をかけられた。)
思い出すのは、図書室で聞いた言葉。
「今日が少し良くなれば、それで十分。」
陽菜は小さく笑った。
「……少しだけ、真似しちゃった。」




