第7話「名前」
図書委員になって二週間。
放課後。
返却された本を書棚へ戻していると、司書の先生が困ったような顔をした。
「高橋さん、今日はお休みだったのよね。」
「返却期限が今日までの本があるんだけど……。」
「延滞になっちゃうかな。」
先生が小さくため息をつく。
湊は返却カードを見る。
「一年二組……。」
少し考えてから言った。
「明日来るなら、一日延ばしてもいいんじゃないですか?」
先生は首をかしげる。
「でも規則は規則だし……。」
「風邪なら、今日返しに来る方が大変ですよ。」
先生は少し笑う。
「そうね。」
「今回はそうしましょう。」
翌日。
一年生の高橋さんが慌てて図書室へ駆け込んでくる。
「すみません!」
「昨日熱が出ちゃって……。」
司書の先生は笑顔で本を受け取る。
「大丈夫よ。」
「朝比奈くんが『一日待ってあげてもいいんじゃないですか』って言ってくれたの。」
「え……。」
一年生は安心したように胸をなで下ろした。
「ありがとうございます……!」
湊は本を棚へ戻しながら、
「元気になったならよかった。」
それだけだった。
帰り道。
陽菜はふと聞く。
「朝比奈くん。」
「ん?」
「どうして、あの子が風邪だって分かったの?」
「分かったわけじゃないよ。」
「え?」
「返却日を忘れる子じゃなかったから。」
「前も時間ぴったりに返しに来てたし。」
「だから何か理由があるんだろうなって。」
陽菜は立ち止まる。
(そんなところまで見てるんだ。)
少し歩いてから、湊が照れくさそうに笑う。
「本当はさ。」
「延滞って、返す方も言いづらいじゃん。」
「だから一回くらいなら。」
「安心して返せる方がいいかなって。」
陽菜はその言葉を胸の中で繰り返す。
(安心して返せる方がいい。)
(この人は……。)
(人を助けるんじゃなくて。)
(人が安心できるようにしてるんだ。)
その日の夜。
陽菜は自分の机の前でノートを開く。
ふと昼間のことを思い出す。
「安心して返せる方がいい。」
思わず小さく笑う。
「……優しいな。」
窓の外では、夏の始まりを告げる風が、静かに木々を揺らしていた。




