最終話「今日を少し、いい日に。」
文化祭が終わった。
校舎には、祭りの賑わいが少しだけ残っている。
教室では片付けをする生徒たちの笑い声。
廊下には、まだ色紙や飾りの名残があった。
夕方。
図書室だけは、いつも通り静かだった。
「終わったね。」
陽菜が本を棚へ戻しながら笑う。
「うん。」
湊も最後の一冊を並べる。
カタン、と本が棚に収まる。
その音で、今日の仕事も終わった。
司書の先生が微笑む。
「二人とも、お疲れさま。」
「ありがとうございました。」
二人は頭を下げる。
図書室の照明が一つずつ消えていく。
廊下へ出る。
窓の外は、茜色に染まっていた。
秋の風が、ゆっくり吹き抜ける。
いつもの帰り道。
何度も歩いた道。
今日は少しだけ足取りがゆっくりだった。
駅へ向かう途中。
並木道で、湊が立ち止まる。
「白石さん。」
陽菜も立ち止まる。
「ん?」
少しだけ緊張した空気。
でも、不思議と怖くはなかった。
湊は小さく息を吸う。
「白石さん。」
「今日、何かいいことあった?」
陽菜は少し笑う。
「うん。」
「文化祭が終わったこと。」
「みんなで頑張れたこと。」
「図書室で本を片付けたこと。」
少し考えてから、
優しく続ける。
「あと。」
「朝比奈くんと、一緒に帰れること。」
湊は静かに笑った。
「俺も。」
その一言だけで、陽菜は少し照れたように笑う。
秋風が二人の間を通り過ぎる。
少しだけ沈黙が続く。
湊は空を見上げる。
夕焼けは、初めて一緒に帰った日と同じ色だった。
「白石さん。」
「うん。」
「俺ね。」
「今まで、誰かの今日が少しでもいい日になったら嬉しいって思ってた。」
陽菜は静かに頷く。
「でも。」
「最近気づいた。」
「白石さんが笑ってると。」
「俺も嬉しい。」
「白石さんが元気だと安心する。」
「会えない日は、少し寂しい。」
一つ一つ、確かめるように言葉を紡ぐ。
「だから。」
少し照れくさそうに笑う。
「これからも。」
「白石さんの今日を。」
「少しだけ、いい日にしたい。」
その言葉には、飾りがなかった。
かっこいい台詞でもなかった。
でも、積み重ねてきた想いが全部詰まっていた。
陽菜は、少しだけ目を潤ませる。
泣いてはいない。
でも、とても嬉しそうだった。
「朝比奈くん。」
「私ね。」
「ずっと前から。」
「朝比奈くんが笑ってると。」
「今日がいい日だったって思えるの。」
少し笑う。
「だから。」
「私も。」
「朝比奈くんの今日を。」
「少しだけ、いい日にしたい。」
二人は顔を見合わせる。
どちらからともなく笑った。
その笑顔は、今までで一番自然だった。
「よろしくお願いします。」
湊が少し照れながら言う。
「こちらこそ。」
陽菜も笑う。
その返事だけで十分だった。
湊がそっと手を差し出す。
陽菜も自然にその手を重ねる。
ぎゅっと握るわけでもない。
指を絡めるわけでもない。
ただ、並んで歩けるくらいの、やさしいつなぎ方だった。
駅までの道。
二人は手をつないだまま歩く。
特別な話はしない。
今日あった出来事。
文化祭で笑ったこと。
司書の先生が差し入れてくれたお菓子のこと。
そんな、いつも通りの話。
でも、その「いつも」が少しだけ変わった。
改札が見えてくる。
陽菜が笑う。
「ねえ。」
「ん?」
「今日、何かいいことあった?」
湊は少しも迷わなかった。
「いっぱい。」
陽菜も笑う。
「私も。」
夕焼けの空の下。
二人の笑い声が、秋の風に溶けていった。




