第3話「一本の傘」
六月の初め。
昼休みまでは晴れていた空が、六時間目を終える頃には灰色の雲で覆われていた。
ホームルームが終わると同時に、大粒の雨が降り始める。
「あーあ、傘忘れた。」
「天気予報見てなかった……。」
昇降口には、足止めされた生徒たちが集まっていた。
湊も靴を履き替えながら外を見る。
(結構降ってるな。)
鞄から折りたたみ傘を取り出した、その時だった。
少し離れたところで、一年生の女子がスマートフォンを見つめながら立っている。
何度も空を見て、またスマートフォンを見る。
誰かに連絡しようとして、やめた。
そんな様子だった。
湊は少し考えてから近づく。
「駅まで?」
少女は驚いたように顔を上げる。
「えっ……はい。」
「迎え?」
「いえ……止むまで待とうかなって。」
雨脚は強くなるばかりだった。
湊は折りたたみ傘を開く。
「よかったら駅まで一緒に行く?」
「え、でも……。」
「俺も駅だから。」
少し迷ったあと、一年生は小さくうなずいた。
「……お願いします。」
二人は肩がぶつからないくらいの距離を空けて歩く。
湊は傘を少しだけ相手側へ傾ける。
自分の肩が少し濡れる。
一年生はそれに気づいて、
「傘、もっと真ん中で大丈夫です!」
と言う。
湊は笑う。
「制服は乾くけど、風邪はすぐには治らないから。」
その一言に、一年生は思わず笑ってしまった。
駅に着くと、
「ありがとうございました!」
と何度も頭を下げる。
「気をつけて帰ってね。」
それだけ言って、湊は改札へ向かった。
少し離れた場所から、その様子を見ていた陽菜は、小さく息をつく。
(まただ。)
(誰かが困っていると、本当に自然に声をかける。)
(あれが演技じゃないって、もう分かる。)
翌朝。
一年生の女子が、友達と楽しそうに話している。
「昨日ね、先輩が駅まで送ってくれたの。」
「えー、優しい!」
「すごく安心した。」
その会話を聞きながら、陽菜は窓の外を見る。
(昨日の雨は、みんなにとって同じ雨だった。)
(でも、あの人がいたから、あの子にとっては少しだけ優しい雨になった。)
教室に入ってきた湊は、いつもと変わらない顔で友達に「おはよう」と笑いかける。
昨日のことなど、もう心の中には残っていないようだった。
陽菜はそんな姿を見て、ふっと笑う。
「……変な人。」
その言葉には、少しだけ温かさが混じっていた。




