第28話「同じ気持ち」
土曜日の午後。
リビングには、穏やかな時間が流れていた。
母は買い物へ出かけている。
父はソファで新聞を読んでいた。
湊はテーブルで図書館から借りてきた本を開いている。
ページをめくる音だけが静かに響く。
ふと、父が新聞を畳んだ。
「湊。」
「ん?」
「最近、学校はどうだ?」
「楽しいよ。」
「そうか。」
短い会話。
また静けさが戻る。
しばらくして、父が笑いながら言った。
「そういえば。」
「図書委員、一緒にやってる子がいるんだろ?」
「うん。」
「白石さん。」
湊は少し驚いた。
「なんで知ってるの?」
「この前、お母さんが聞いてたじゃないか。」
「ああ。」
少し照れくさい。
父は湯のみを持ちながら聞く。
「その子とは仲がいいのか?」
「うん。」
「一緒にいると楽なんだ。」
「気がつくし。」
「優しいし。」
「安心する。」
言いながら、自分でも同じことを前に言ったのを思い出す。
父は静かに頷いた。
「そうか。」
それだけだった。
少し間が空く。
父は窓の外を眺めながら、ぽつりと言う。
「人ってな。」
「毎日会っていると、それが当たり前になる。」
「でも。」
「ある日、その人がいないと。」
「急に寂しくなることがある。」
湊は何も言わずに聞いていた。
「そういう相手は、大事にした方がいい。」
「後から気づくと、遅いこともあるからな。」
新聞を持って立ち上がる。
「お父さんは買い物でも行ってくる。」
「あ、お母さん迎え?」
「そう。」
「じゃあな。」
それだけ言って出かけていった。
部屋に静けさが戻る。
湊は本を開いたまま、ぼんやり窓の外を見る。
(いないと、寂しい。)
その言葉が胸に残る。
思い出す。
陽菜が休んだ日。
図書室。
空いていた椅子。
静かすぎる帰り道。
届いた、
『明日は行けそう。』
というメッセージ。
あの時。
自分は笑っていた。
安心していた。
さらに思い出す。
雨の日。
「今日は私の番。」
とハンカチを差し出してくれたこと。
風船が取れた日の帰り道。
「今日、何かいいことあった?」
と聞いてくれたこと。
「おはよう。」
「また明日。」
「ありがとう。」
何気ない毎日。
でも。
その全部に、陽菜がいた。
湊は静かに笑う。
(そうか。)
その笑顔は、少し照れくさそうだった。
(俺。)
(白石さんが笑ってると。)
(嬉しいんだ。)
胸の奥が、ふっと軽くなる。
何か難しい問題が解けた時みたいに。
自然に答えが見えた。
(だから。)
(あの日、元気になって安心したんだ。)
(だから。)
(毎日会えると嬉しいんだ。)
その時、スマートフォンが震えた。
陽菜からだった。
『図書館で新刊見つけたよ。また貸すね。』
短いメッセージ。
湊は画面を見て、思わず笑ってしまう。
返信を打つ。
『ありがとう。楽しみにしてる。』
送信してから、小さくつぶやく。
「……会いたいな。」
言った瞬間、自分で照れてしまう。
でも否定はしなかった。
窓の外では、秋風が木々を揺らしていた。
その音を聞きながら、湊は静かに目を閉じる。
ようやく、自分の気持ちに名前がついた。
好き。
その一言は、誰に教わったわけでもない。
毎日の「ありがとう」と、「また明日」の積み重ねが、自然に教えてくれた答えだった。




