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今日、何かいいことあった?  作者: なごやかたろう


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26/31

第26話「今日、何かいいことあった?」

朝から、少しだけついていなかった。

一時間目。

小テストで見直した答えを、最後の最後で書き直した。

結果は間違い。

休み時間。

消しゴムを落として拾おうとしたら、机に頭をぶつけた。

昼休み。

楽しみにしていたメロンパンは売り切れ。


「今日はついてないな。」


思わず苦笑する。

大きな失敗じゃない。

でも、小さな「残念」が重なる日だった。



放課後。

図書室。

返却された本を棚へ戻していると、一冊を落としてしまう。


「あ。」


慌てて拾おうとした瞬間。

もう一つの手が、本をそっと持ち上げた。


「はい。」


陽菜だった。


「ありがとう。」

「今日はよく物を落とすね。」

「そうなんだ。」


湊は照れ笑いを浮かべる。


「なんか今日は、ちょっとだけ調子が悪い。」



作業が終わるころには、外は夕焼けに染まっていた。

二人はいつもの道を歩く。

でも今日は、会話が少ない。

陽菜は横顔をちらりと見る。

いつもより少しだけ元気がない。



駅へ向かう途中、小さな公園の前を通る。

ベンチでは、小さな女の子が泣いていた。

風船が木の枝に引っかかってしまったらしい。

母親が困った顔をしている。

湊は立ち止まる。

近くにいた背の高い高校生に声をかける。


「すみません。」

「あの風船、取れそうですか?」


高校生は笑って頷く。


「いいよ。」


枝を少し揺らすと、風船はふわりと落ちてきた。


「やった!」


女の子は満面の笑顔になる。


「ありがとう!」


高校生にも、湊にも、何度も頭を下げる。


「よかったね。」


湊も笑う。

二人はそのまま歩き出した。



しばらく沈黙が続く。

そして陽菜が、小さく口を開く。


「朝比奈くん。」

「ん?」

「今日、何かいいことあった?」


その言葉に、湊は足を止めた。

一瞬だけ驚いた顔をする。

それから、公園を振り返る。

さっきの女の子は、風船を大事そうに抱えて笑っていた。

湊もつられて笑う。


「……あった。」

「うん。」

「風船、取れてよかった。」


陽菜も笑う。


「うん。」

「私もそう思う。」



少し歩いてから、陽菜が続ける。


「朝比奈くんってさ。」

「自分のいいことは、後回しなんだね。」

「え?」

「今日の一番最初に思い浮かんだの、自分のことじゃなかった。」

「女の子が笑ったことだった。」


湊は少し考える。


「そうかも。」

「でも。」

「その方が、なんか嬉しい。」


照れたように笑う。



駅が見えてきた。

陽菜は小さく息を吸う。


「私ね。」

「朝比奈くんから、その質問を何回もしてもらったでしょ?」

「うん。」

「だから最近は。」

「嫌なことがあっても、一日に一つくらいは『いいこと』を探すようになったの。」


湊は静かに聞いている。


「そうすると、不思議と。」

「今日は悪い日だったな、じゃ終わらなくなる。」

「……ありがとう。」


その「ありがとう」は、今までとは少し違っていた。



別れ際。


「じゃあ、また明日。」

「うん。」

「また明日。」


陽菜は改札へ向かう。

振り返ると、湊がまだホームの方を見ていた。

その表情は、朝よりずっと柔らかかった。



帰り道。

湊は一人で歩く。

(今日、何かいいことあった?)

心の中で、もう一度つぶやく。

朝はついていなかった。

メロンパンも買えなかった。

小テストも失敗した。

でも。

風船を受け取った女の子の笑顔。

陽菜の言葉。

「ありがとう。」

思い返すと、自然と笑みがこぼれた。

(今日は。)

(ちゃんと、いい日だったな。)

夕焼けの空は、いつもより少しだけ優しく見えた。

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