第25話「ありがとうの数」
昼休み。
教室。
「朝比奈。」
健太が椅子をくるりと回して振り向く。
「今度の土曜日、暇?」
「午後なら。」
「じゃあ駅前の本屋行かない?」
「いいよ。」
「新刊見たいし。」
「決まり。」
そんな他愛ない約束をしていると、
教室のドアから陽菜が顔をのぞかせた。
「朝比奈くん。」
「先生が図書室に来てほしいって。」
「あ、ありがとう。」
「すぐ行く。」
陽菜は笑って手を振り、教室を出ていく。
健太が小さく笑う。
「また言った。」
「ん?」
「ありがとう。」
「だって伝えてくれたし。」
「いや。」
健太は首を振る。
「そこじゃない。」
「白石さんには、毎回言うよな。」
「そう?」
「うん。」
湊は首をかしげた。
そんなつもりはない。
図書室。
司書の先生が新しく届いた本を見せてくれる。
「このラベル、貼るの手伝ってくれる?」
「もちろんです。」
二人で黙々と作業を始める。
しばらくして。
「あ。」
陽菜の手が止まった。
「どうしたの?」
「ラベル、曲がっちゃった。」
「もう一枚もらってくるね。」
湊は立ち上がる。
職員室で新しいラベルを受け取り、戻ってくる。
「はい。」
「ありがとう。」
陽菜が笑う。
「ううん。」
「こっちこそ。」
湊も笑う。
「ありがとう。」
その瞬間。
ふと。
(あれ。)
頭の中に、小さな疑問が浮かんだ。
(今日だけで。)
(白石さんに何回『ありがとう』って言った?)
数えてみる。
教室で一回。
ラベルで一回。
その前も。
昨日も。
一昨日も。
(……多いな。)
帰り道。
「今日、何かいいことあった?」
陽菜が聞く。
「うーん。」
湊は考える。
「健太と土曜日の約束したこと。」
「うん。」
「あと。」
自然に言葉が続く。
「白石さんとラベル貼り終わったこと。」
陽菜は笑う。
「仕事終わると気持ちいいよね。」
「うん。」
「一人だったら、もっと時間かかってた。」
「それなら役に立てたかな。」
「すごく。」
湊は迷いなく答えた。
「助かった。」
別れ道。
「また明日。」
「また明日。」
陽菜は駅へ向かう。
湊も歩き出す。
数歩進んでから、
ふと立ち止まる。
(今日。)
(何回ありがとうって言ったっけ。)
思い返してみる。
自然と浮かぶのは、
陽菜の笑顔ばかりだった。
家に帰る。
夕食を食べながら、母が聞く。
「学校どう?」
「楽しいよ。」
「図書委員も?」
「うん。」
「白石さんって子と一緒なんだっけ?」
「そう。」
「いい子?」
「うん。」
湊は少し考えてから答える。
「一緒だと。」
「すごくやりやすい。」
「気がつくし。」
「話しやすいし。」
「安心する。」
そこまで言って、
自分で箸を止める。
(安心する?)
母は微笑みながら、
「そういう人って、大事にした方がいいわよ。」
と言った。
湊は少し照れくさそうに笑う。
「うん。」
でも。
その言葉が、なぜか胸に残った。
その夜。
ベッドに横になる。
眠る前に、今日のことを思い返す。
「ありがとう。」
今日、一番多く言った言葉。
そして、一番多く言った相手。
(白石さん……か。)
理由は分からない。
でも。
そのことを思い出すだけで、
少しだけ心が温かくなった。




