第24話「少しだけ、こちらへ」
放課後。
図書室を出た瞬間だった。
ぽつり。
頬に冷たいものが落ちる。
「あ。」
陽菜が空を見上げる。
次の瞬間。
ザーッという音とともに、雨が一気に降り始めた。
「結構降ってきたね。」
「天気予報、晴れだったのに。」
二人は昇降口の屋根の下へ駆け込む。
「困ったな。」
陽菜が空を見上げる。
「折りたたみ傘、持ってきてない?」
「うん。」
「朝は晴れてたし。」
湊は自分のカバンを開く。
黒い折りたたみ傘が一本。
「これ、使う?」
「朝比奈くんは?」
「俺は駅までだから。」
「走れば。」
陽菜は首を横に振る。
「風邪ひくよ。」
少し考えてから、小さく笑った。
「じゃあ。」
「途中まで、一緒に入れてもらってもいい?」
「もちろん。」
傘が開く。
思ったより小さい。
二人が入ると、肩が少し近い。
少しだけ気まずい沈黙。
雨音だけが聞こえる。
歩き始める。
湊は何も考えず、少しだけ左へ寄った。
そのせいで、自分の右肩が少し濡れる。
陽菜は気づかない。
しばらく歩いていると、風が吹いた。
雨粒が横から入り込む。
陽菜の制服の袖が少し濡れる。
その瞬間。
湊は自然に傘を少しだけ陽菜の方へ傾けた。
本当に少しだけ。
自分では気づいていない。
駅の近くまで来たところで、陽菜が立ち止まる。
「朝比奈くん。」
「ん?」
「肩。」
「え?」
見ると、制服の右肩だけ色が濃くなっていた。
「あ。」
そこで初めて気づく。
「ごめん。」
「全然気づかなかった。」
陽菜は思わず笑ってしまう。
「謝るところじゃないよ。」
「でも。」
「白石さんが濡れない方がいいかなって。」
さらっと答える。
自分では、それが特別なことだと思っていない。
駅の入口。
屋根の下へ入る。
陽菜はバッグからハンカチを取り出した。
「はい。」
「使って。」
「大丈夫だよ。」
「大丈夫じゃない。」
そう言って、少し笑う。
「今日は私の番。」
その言葉に、湊も笑った。
「ありがとう。」
ハンカチで肩を軽く拭く。
「助かった。」
電車が来る。
「じゃあ、また明日。」
「うん。」
電車のドアが閉まる。
陽菜は窓越しに、ホームに立つ湊を見る。
少しだけ濡れた肩。
さっきの何気ない言葉。
「白石さんが濡れない方がいいかなって。」
思い返すたびに、胸が温かくなる。
一方、ホームに残った湊は、肩を見て苦笑した。
「結構濡れてたな。」
でも、不思議と嫌な気はしなかった。
むしろ。
(風邪ひかなくてよかった。)
そんなことを考えている自分に、
少しだけ首をかしげた。
(……なんでだろう。)
雨はもう、小降りになっていた。




