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今日、何かいいことあった?  作者: なごやかたろう


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23/31

第23話「いつもの席」

朝。

教室へ入ると、窓が少しだけ開いていた。

九月の風が、教室の中をゆっくり通り抜けていく。


「おはよう。」


友達に挨拶を返しながら席に着く。

その時だった。

スマートフォンが小さく震えた。

陽菜からだった。

『ごめんね。今日は風邪気味で学校を休みます。図書委員もお願い。』

湊はすぐに返信する。

『分かった。無理しないでね。お大事に。』

送信ボタンを押して、スマートフォンをしまう。

それだけのこと。

なのに。

教室が少し静かに感じた。



昼休み。

図書室。

返却された本を棚へ戻す。

司書の先生が苦笑する。


「今日は一人だから大変ね。」

「大丈夫です。」


そう答えたものの、いつもの倍くらい時間がかかる。


「白石さんって。」


思わず口にしてしまう。


「仕事、早いんですね。」


先生は笑った。


「そうね。」

「二人とも、いい相棒だもの。」

「相棒。」


その言葉が少しだけ心に残った。



作業が終わる。

ふと見ると、窓際の椅子が一つ空いていた。

いつも陽菜が座る席。

何気なく視線が向く。

(……静かだな。)

図書室はいつも通り静かだ。

でも。

何かが違う。



放課後。

帰り道。

今日は一人。

駅までの道を歩く。

商店街では、八百屋のおじさんが元気に声を張り上げていた。

猫が塀の上で昼寝をしている。

夕焼けもきれいだった。

いつもと同じ景色。

それなのに。

(今日は。)

(何か足りないな。)

その理由が、自分でも分からない。



家に帰る。

カバンを置いて、宿題を始める。

数学の問題集を開く。

五分。

十分。

鉛筆が止まる。

(集中できない。)

珍しいことだった。

気分転換に本を読む。

でも、数ページ読んで閉じてしまう。



その時。

スマートフォンが鳴る。

陽菜からメッセージだった。

『熱も下がってきたよ。明日は行けそう。』

湊は自然と笑っていた。

『よかった。本当に無理だけはしないでね。』

送信してから気づく。

(……あれ。)

さっきまで感じていた胸の引っかかりが、なくなっている。

理由は分からない。

ただ。

安心した。

それだけだった。



翌日。

昇降口。


「朝比奈くん。」


振り向く。

制服姿の陽菜が立っていた。


「おはよう。」

「おはよう。」

「もう大丈夫?」

「うん。」

「心配かけちゃったね。」

「元気そうでよかった。」


その瞬間。

胸の奥にあった小さな違和感が、すっと消えた。

まるで、

足りなかった何かが戻ってきたようだった。



放課後。

図書室。

二人で本を並べる。


「昨日、大変だった?」


陽菜が聞く。


「ちょっとだけ。」

「ごめんね。」

「ううん。」


湊は笑う。


「昨日ね。」

「図書室、静かだった。」

「図書室だから?」


陽菜が笑う。


「そう。」


湊も笑う。


「図書室だから。」


でも。

心の中では違うことを思っていた。

(静かだったんじゃない。)

(何かが足りなかった。)

その答えは、まだ見つからない。



帰り道。


「今日、何かいいことあった?」


陽菜が聞く。

湊は迷わず答えた。


「白石さんが元気になったこと。」


陽菜は少し目を丸くする。


「ありがとう。」


その笑顔を見た瞬間。

湊も、つられて笑っていた。

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