第23話「いつもの席」
朝。
教室へ入ると、窓が少しだけ開いていた。
九月の風が、教室の中をゆっくり通り抜けていく。
「おはよう。」
友達に挨拶を返しながら席に着く。
その時だった。
スマートフォンが小さく震えた。
陽菜からだった。
『ごめんね。今日は風邪気味で学校を休みます。図書委員もお願い。』
湊はすぐに返信する。
『分かった。無理しないでね。お大事に。』
送信ボタンを押して、スマートフォンをしまう。
それだけのこと。
なのに。
教室が少し静かに感じた。
昼休み。
図書室。
返却された本を棚へ戻す。
司書の先生が苦笑する。
「今日は一人だから大変ね。」
「大丈夫です。」
そう答えたものの、いつもの倍くらい時間がかかる。
「白石さんって。」
思わず口にしてしまう。
「仕事、早いんですね。」
先生は笑った。
「そうね。」
「二人とも、いい相棒だもの。」
「相棒。」
その言葉が少しだけ心に残った。
作業が終わる。
ふと見ると、窓際の椅子が一つ空いていた。
いつも陽菜が座る席。
何気なく視線が向く。
(……静かだな。)
図書室はいつも通り静かだ。
でも。
何かが違う。
放課後。
帰り道。
今日は一人。
駅までの道を歩く。
商店街では、八百屋のおじさんが元気に声を張り上げていた。
猫が塀の上で昼寝をしている。
夕焼けもきれいだった。
いつもと同じ景色。
それなのに。
(今日は。)
(何か足りないな。)
その理由が、自分でも分からない。
家に帰る。
カバンを置いて、宿題を始める。
数学の問題集を開く。
五分。
十分。
鉛筆が止まる。
(集中できない。)
珍しいことだった。
気分転換に本を読む。
でも、数ページ読んで閉じてしまう。
その時。
スマートフォンが鳴る。
陽菜からメッセージだった。
『熱も下がってきたよ。明日は行けそう。』
湊は自然と笑っていた。
『よかった。本当に無理だけはしないでね。』
送信してから気づく。
(……あれ。)
さっきまで感じていた胸の引っかかりが、なくなっている。
理由は分からない。
ただ。
安心した。
それだけだった。
翌日。
昇降口。
「朝比奈くん。」
振り向く。
制服姿の陽菜が立っていた。
「おはよう。」
「おはよう。」
「もう大丈夫?」
「うん。」
「心配かけちゃったね。」
「元気そうでよかった。」
その瞬間。
胸の奥にあった小さな違和感が、すっと消えた。
まるで、
足りなかった何かが戻ってきたようだった。
放課後。
図書室。
二人で本を並べる。
「昨日、大変だった?」
陽菜が聞く。
「ちょっとだけ。」
「ごめんね。」
「ううん。」
湊は笑う。
「昨日ね。」
「図書室、静かだった。」
「図書室だから?」
陽菜が笑う。
「そう。」
湊も笑う。
「図書室だから。」
でも。
心の中では違うことを思っていた。
(静かだったんじゃない。)
(何かが足りなかった。)
その答えは、まだ見つからない。
帰り道。
「今日、何かいいことあった?」
陽菜が聞く。
湊は迷わず答えた。
「白石さんが元気になったこと。」
陽菜は少し目を丸くする。
「ありがとう。」
その笑顔を見た瞬間。
湊も、つられて笑っていた。




