第21話「夏のつづき」
長かった夏休みが終わり、二学期が始まった。
朝の空気はまだ暑い。
けれど、蝉の声は少しだけ静かになっていた。
校門へ向かう道を歩きながら、湊は空を見上げる。
「もう九月か。」
夏休みはあっという間だった。
宿題も終わった。
図書館へ行ったり、公園で近所の子どもたちと遊んだり、家で本を読んだり。
いつも通りの夏。
それでも、不思議と今日の朝は少しだけ楽しみだった。
理由は、自分でもよく分からない。
昇降口で上履きに履き替えようとした時だった。
「あ。」
聞き慣れた声。
振り向くと、陽菜が立っていた。
「おはよう。」
自然な笑顔。
自然な一言。
「おはよう。」
湊も笑って返す。
「久しぶり。」
「うん。」
「……って言っても、二週間くらいだけど。」
「そうだね。」
二人で笑う。
教室までの廊下を並んで歩く。
「夏休み、どうだった?」
陽菜が聞く。
「近所の子とキャッチボールしたり、本読んだり。」
「いつも通り。」
「白石さんは?」
「おばあちゃんの家に行ってきた。」
「自然がいっぱいでね。」
「夜、星がすごくきれいだった。」
「いいなあ。」
「今度、写真見せるね。」
「楽しみにしてる。」
それだけの会話。
でも、言葉が途切れても気まずくない。
そんな関係になっていた。
昼休み。
クラスは夏休みの思い出話で盛り上がっていた。
「海行った!」
「花火大会行った!」
「あの映画観た?」
湊は笑いながら聞いていた。
すると、後ろの席の友達が肩をつつく。
「朝比奈。」
「ん?」
「最近さ。」
「白石さんとよく一緒にいるよな。」
「図書委員だからね。」
「それだけ?」
「それだけ。」
湊は何の迷いもなく答えた。
友達は意味ありげに笑う。
「ふーん。」
「何?」
「いや、別に。」
それ以上は何も言わなかった。
放課後。
図書室。
「久しぶりだね。」
司書の先生が笑う。
「二人とも、夏休みは元気だった?」
「はい。」
「おかげさまで。」
棚を整え、本を返し、新刊を並べる。
いつもの作業。
なのに、どこか懐かしい。
陽菜も同じことを思っていた。
「やっぱり。」
「図書室、落ち着くね。」
「うん。」
湊も頷く。
「なんか、帰ってきた感じ。」
その言葉に、陽菜は小さく笑った。
「私も。」
帰り道。
夕焼けが少しだけ早くなっていた。
夏の終わりを感じる風が吹く。
駅までの道。
二人はゆっくり歩く。
「今日、何かいいことあった?」
湊がいつものように聞く。
陽菜は少し考える。
それから笑った。
「うん。」
「図書室。」
「久しぶりだったから?」
「うん。」
少し間を置いて続ける。
「あと。」
「朝比奈くんに会えたこと。」
湊は少し照れたように笑う。
「俺も。」
その返事は、とても自然だった。
深い意味なんて、何もない。
少なくとも湊はそう思っていた。
でも陽菜の胸は、その二文字だけで少し温かくなる。
別れ道。
「また明日。」
「また明日。」
手を振って、それぞれの帰り道へ。
陽菜は何度か振り返りそうになって、やめた。
その代わり、少しだけ歩く速度を緩める。
さっきの「俺も」が、頭の中で何度も繰り返される。
(……うれしいな。)
たったそれだけの言葉なのに。
その一日が、少しだけ特別に感じられた。
一方、湊も家へ向かって歩いていた。
夕焼けに染まる街を眺めながら、ふと笑う。
(今日は、いい日だったな。)
夏休みが終わって。
学校が始まって。
図書室で本を並べて。
「おはよう」と言って。
「また明日」と言って。
本当に、それだけ。
それなのに、不思議なくらい心が軽かった。
その理由を、湊はまだ知らない。




