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今日、何かいいことあった?  作者: なごやかたろう


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20/31

第20話「その人の今日」

夏休み。

昼下がり。

陽菜は近所の書店へ来ていた。

夏休みの課題用の参考書を買うつもりだった。

冷房の効いた店内を歩いていると、

見覚えのある後ろ姿が目に入る。

朝比奈湊だった。

(偶然。)

声をかけようとして、足が止まる。

湊は児童書のコーナーにいた。

真剣な顔で本を選んでいる。

しばらくして一冊の本を手に取ると、そのままレジへ向かった。

(弟さんでもいるのかな。)

少し不思議に思いながら、陽菜も買い物を済ませる。



店を出ると、湊は近くの公園へ向かっていた。

少し距離を空けたまま歩いていると、

ベンチに座っていた小学生の女の子に声をかける。


「はい。」


紙袋からさっき買った本を取り出す。


「約束してた本。」


女の子の顔がぱっと明るくなる。


「ありがとう!」

「夏休み、いっぱい読んでね。」

「うん!」


湊は少し話をして、笑顔で手を振る。

そのまま帰っていった。



陽菜はベンチの近くまで歩く。

女の子は嬉しそうに本を抱えていた。


「お兄ちゃん?」

「ううん。」

「図書館で仲良くなったお兄さん。」

「前に読みたいって言ったら、探してくれるって約束してくれたの。」

「本屋さん、何軒も回ってくれたんだって!」


女の子は宝物みたいに本を抱きしめる。


「優しいお兄さんなの!」


そう言って笑った。



帰り道。

陽菜は一人で歩く。

夏の空は高く、入道雲がゆっくり流れていた。

(朝比奈くんは。)

(誰かに好かれたいから優しいんじゃない。)

(ありがとうって言われたいからでもない。)

(その人が笑ってくれたら。)

(それだけで嬉しい人なんだ。)

自然と笑みがこぼれる。

(だから。)

(私も。)

(朝比奈くんが笑ってくれたら嬉しい。)

歩みが少し止まる。

胸の奥が、静かに熱くなる。

その気持ちは、もうごまかせなかった。



夜。

机に向かう。

夏休みの宿題を開く。

でも、鉛筆は進まない。

代わりにノートの端へ、小さく文字を書く。


「今日、何かいいことあった?」


その下に、自分で答える。


「朝比奈くんが笑っていた。」


それを見て、少しだけ照れてしまう。

そして、ノートを閉じる。



数日後。

友達とカフェ。

他愛ない話で盛り上がっていると、

美咲が突然聞いた。


「そういえば陽菜。」

「好きな人とかいるの?」

「え?」

「ほら、夏休みだし。」

「そういう話になるじゃん。」


みんなが笑う。

陽菜はストローをくるくる回しながら考える。

好きな人。

その言葉を頭の中で繰り返す。

思い浮かぶのは、一人だけ。

困っている人を助ける姿。

「ありがとう」と笑う顔。

「今日、何かいいことあった?」と聞く声。

そして、自分より誰かの笑顔を喜ぶ人。

自然と口元が緩む。


「……いる。」


友達が身を乗り出す。


「えっ、本当に!?」


陽菜は照れくさそうに笑う。


「うん。」

「その人が今日、笑っていてくれたら。」

「それだけで私も嬉しい人。」


そこまで言って、自分で気づく。

(ああ。)

(これが恋なんだ。)



帰り道。

夕焼けの空を見上げる。

スマートフォンを取り出す。

メッセージ画面を開く。

送ろうとして、やめる。

今日は用事はない。

だから送らない。

でも。

画面に映る名前を見ただけで、少し笑ってしまう。

「また学校が始まるの、楽しみだな。」

その小さな独り言とともに。

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