第19話「はぐれないように」
夏休み。
商店街の夏祭り。
提灯が並び、屋台からは焼きそばやたこ焼きの香りが漂っている。
「こっちこっち!」
クラスメイト数人で待ち合わせをし、みんなで祭りを歩く。
陽菜も、湊も、その輪の中にいた。
「まず何食べる?」
「かき氷!」
「いや、焼きそば!」
笑い声が夜に溶けていく。
しばらく歩いていると、人の流れが急に増えた。
「すごい人……。」
陽菜が小さくつぶやく。
その瞬間。
後ろから人が押し寄せ、少しよろけた。
「あ……。」
転びそうになった、その時。
「大丈夫?」
振り返ると、湊がいた。
腕をつかんだわけでもない。
支えたわけでもない。
ただ、人とぶつからない位置に立っていただけだった。
「ありがとう。」
「人、多いね。」
「うん。」
それだけの会話。
少し歩くと、クラスのみんなが見えなくなっていた。
「みんな、どっち行った?」
「たぶん金魚すくいの方かな。」
「行こう。」
湊が歩き出す。
でも、少しだけ歩幅をゆっくりにした。
陽菜も自然とその横を歩く。
急ぐでもなく、離れるでもなく。
ちょうど歩きやすい速さだった。
金魚すくいの屋台。
「あ、いたいた!」
友達が手を振る。
「二人ともどこ行ってたの?」
「ちょっと人が多くて。」
湊が笑って答える。
誰も気にしない。
祭りはまた賑やかさを取り戻した。
花火が始まる。
夜空いっぱいに、大きな花が咲く。
「きれい……。」
みんなが空を見上げる。
陽菜も見上げる。
でも。
ほんの一瞬だけ隣を見る。
湊も花火を見ていた。
楽しそうに笑っている。
その横顔を見て、胸が少しだけ温かくなる。
(この人が楽しそうだと。)
(私も嬉しい。)
その気持ちに、もう名前をつけなくても分かっていた。
帰り道。
駅へ向かう途中。
湊が笑って聞く。
「今日、何かいいことあった?」
陽菜も笑う。
「うん。」
「いっぱい。」
「例えば?」
少し考える。
焼きそばも、お化け屋敷も、花火も楽しかった。
でも。
一番最初に浮かんだのは。
人混みの中で、
「大丈夫?」
と声をかけてくれたことだった。
もちろん、それは言わない。
「秘密。」
そう言って笑う。
湊も笑う。
「そっか。」
「秘密なら仕方ない。」
その夜。
浴衣を脱ぎながら、鏡の前で立ち止まる。
今日を思い返す。
(今日、一番嬉しかったこと。)
もう迷わない。
(朝比奈くんと、一緒に歩けたこと。)
その瞬間、胸の奥がふわっと熱くなった。
「……好きなんだ。」
静かな部屋で、小さくつぶやく。
驚きはなかった。
むしろ、
「ああ、やっぱり。」
そんな気持ちだった。
窓の外では、遠くで花火の最後の音が聞こえていた。




