第18話「名前を呼ぶ人」
夏休み直前。
終業式の日。
午前中で学校は終わり、生徒たちは開放感に包まれていた。
「じゃあ、よい夏休みを!」
先生の声に教室が沸く。
友達同士で予定を話しながら、みんな帰っていく。
図書室の片付けも終わり、陽菜は駅まで歩いていた。
商店街を抜けようとした、その時。
「湊くん!」
元気な声が聞こえる。
振り向くと、小学一年生くらいの男の子が駆け寄ってきた。
その先には、湊がいた。
「あれ、そうた。」
湊は自然にしゃがみ込む。
「こんにちは。」
「こんにちは!」
男の子は満面の笑みだ。
「この前、公園でキャッチボールしてくれた!」
「うん。楽しかったね。」
「またやろうね!」
「もちろん。」
お母さんらしき女性が少し申し訳なさそうに頭を下げる。
「いつもありがとうございます。」
「いえ。」
「僕も楽しかったので。」
その様子を、陽菜は少し離れた場所から見ていた。
(知り合いだったんだ。)
でも、不思議だった。
湊はその親子と別れたあとも、しばらく笑顔のままだった。
「白石さん?」
「あ……。」
気づかれてしまった。
「偶然。」
「帰り道?」
「うん。」
二人で歩き始める。
「さっきの子。」
陽菜が聞く。
「近所の子?」
「うん。」
「公園で何回か会ってね。」
「野球好きなんだ。」
「だから、ときどき遊ぶ。」
「そうなんだ。」
少し間が空く。
「子ども、好きなの?」
湊は少しだけ考えた。
「好き。」
「でも。」
少し照れたように笑う。
「俺のこと覚えててくれるからかな。」
「え?」
「『湊くん!』って呼んでくれるでしょ。」
「それが嬉しい。」
陽菜は少し驚く。
「そんな理由?」
「うん。」
湊は笑う。
「人ってさ。」
「名前を呼んでもらえるだけで、なんだか嬉しくならない?」
商店街を歩きながら、陽菜は考える。
(この人は。)
(人を喜ばせるのが好きなんじゃない。)
(人とつながることが好きなんだ。)
駅で別れる。
「じゃあ、また夏休み明け。」
「うん。」
「よい夏休み。」
「朝比奈くんも。」
電車の窓に映る自分を見ながら、陽菜は小さく笑う。
(私は。)
(最近、ちゃんと『朝比奈くん』って呼んでる。)
そういえば。
最初は「朝比奈さん」だった。
その変化に、今さら気づく。
そして、ふと思う。
(もし。)
(名前を呼ぶだけで嬉しいなら。)
(私はもっと、呼びたくなる。)
窓の外には、夏の青空が広がっていた。




