第15話「お返し」
放課後。
図書室。
本棚の整理も終わり、閉館まであと十分。
「白石さん。」
本を並べていた湊が、小さな紙袋を差し出した。
「これ。」
「え?」
中をのぞくと、小さなクッキーが入っていた。
学校近くの商店街で売っている、素朴な焼き菓子だ。
「この前のお返し。」
陽菜は思わず笑う。
「まだ覚えてたの?」
「うん。」
「お返しするって言ったし。」
「でも、気にしなくてよかったのに。」
湊は首を横に振る。
「気にしてないよ。」
「ただ。」
少し照れくさそうに笑う。
「白石さんが喜ぶかなって思って。」
陽菜は袋を受け取りながら、小さく息をのむ。
("借りを返す"じゃない。)
(私が喜ぶかどうかを考んだんだ。)
そのことが、なんだか嬉しかった。
帰り道。
商店街を歩く。
「このクッキー、好きなの?」
陽菜が聞く。
「うん。」
「でも。」
「前に白石さんが、『甘すぎないお菓子が好き』って言ってたから。」
「だからこれにした。」
陽菜は立ち止まる。
「……覚えてたの?」
「うん。」
「この前話してたでしょ。」
まるで当たり前のような返事。
でも、その"当たり前"が陽菜には特別だった。
少し歩いてから、陽菜が笑う。
「これじゃ、お返しになってないよ。」
「え?」
「私の方が、もっと嬉しくなっちゃった。」
湊は困ったように笑う。
「それなら。」
「成功かな。」
二人は顔を見合わせて笑った。
駅で別れる。
電車の中。
陽菜は紙袋を開ける。
クッキーが二枚。
その下に、小さなメモが一枚入っていた。
『勉強の合間にどうぞ。』
それだけ。
名前もない。
飾った言葉もない。
でも、その一言に、陽菜は思わず笑ってしまう。
(こういうところなんだよな……。)
その夜。
勉強を始める前に、一枚だけクッキーを食べる。
甘すぎず、少しだけバターの香りがする。
思わず、
「おいしい。」
と声が漏れた。
勉強を始める前に、スマートフォンを手に取る。
少し迷ってから、メッセージを送る。
『クッキー、おいしかったよ。ありがとう。』
数分後。
返信が届く。
『よかった。じゃあ今日は成功。』
それだけ。
スタンプもない。
長文でもない。
なのに。
陽菜は何度もその一文を読み返してしまう。
ベッドに入る。
今日、何が一番嬉しかっただろう。
クッキー?
メモ?
「成功かな。」という笑顔?
どれも違う気がした。
一番嬉しかったのは、
「自分のことを覚えていてくれた」
その事実だった。
(……今日も。)
(朝比奈くんのおかげで、いい日だった。)
そう思いながら、静かに目を閉じた。




