第14話「大丈夫」
放課後。
図書室。
新しく入った本を運ぶため、湊は段ボール箱を持ち上げていた。
「重そう。」
陽菜が声をかける。
「意外と平気。」
そう笑って歩き出した、その時だった。
コツッ。
机の脚に段ボールが当たる。
バランスを崩し、本が一冊だけ床へ落ちた。
「しまっ……!」
急いで拾い上げる。
表紙の角が少しだけ折れていた。
ほんの数ミリ。
でも、新品の本だった。
湊の表情が曇る。
「ごめんなさい……。」
司書の先生は本を受け取り、折れた角を見つめる。
「これくらいなら大丈夫よ。」
「テープで補修できるから。」
「でも……。」
「私もよくやるもの。」
先生は笑った。
「そんな顔しないで。」
補修はすぐに終わった。
けれど、湊はそのあとも少し元気がない。
本を棚へ戻す手も、いつもより静かだった。
帰り道。
二人で歩く。
会話は少ない。
陽菜は何度か話しかけようとして、やめた。
(朝比奈くんでも、落ち込むことあるんだ。)
しばらく歩いたあと、湊がぽつりと話し始める。
「新品だったからさ。」
「楽しみに借りる人もいるだろうし。」
「ちょっとでもきれいなまま読んでほしかった。」
その言葉を聞いて、陽菜は立ち止まる。
「朝比奈くん。」
湊も足を止める。
「大丈夫。」
その一言だった。
「え?」
「朝比奈くん。」
「もし私が同じことをしてたら。」
「責める?」
湊は首を横に振る。
「責めない。」
「どうして?」
「わざとじゃないし。」
「それに。」
「次から気をつければいい。」
陽菜は優しく笑う。
「だったら。」
「自分にも同じこと、言ってあげないと。」
湊は何も言えなかった。
ただ、少し驚いたように陽菜を見る。
「いつも朝比奈くんが、みんなに言ってることでしょ?」
『次があるよ。』
『見つかってよかった。』
『大丈夫。』
「今日は、その言葉。」
「朝比奈くんが受け取る番。」
少しの沈黙。
やがて湊は、照れくさそうに笑った。
「……ありがとう。」
その笑顔は、今日初めて見る笑顔だった。
歩き出す。
さっきまで重たかった空気が、少し軽くなっていた。
「ねえ。」
陽菜が笑う。
「今日、何かいいことあった?」
湊は少し考えてから答える。
「うん。」
「白石さんに助けてもらった。」
陽菜は少し照れて笑う。
「それなら、よかった。」
その夜。
部屋のベッドに寝転びながら、陽菜は今日のことを思い返していた。
朝比奈くんは、誰かを励ますのが上手だ。
でも今日は、自分がその役目だった。
胸の奥が、じんわり温かい。
(少しだけ。)
(朝比奈くんの今日を、いい日にできたかな。)
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
眠る前、ふと窓の外を見上げる。
明日もまた、「おはよう」と言えたらいい。
そんなことを考えながら、静かに目を閉じた。




